※ 12月3日(現地時間)のイスラエルの攻撃により、以下の論稿が恐れていた通りの事態が既に起こり始めてしまいましたが、これについては、続けて論じたいと思います。
1.対テロ戦争の世界的拡大という恐怖――アフガニスタン戦争から中東戦争へ
戦況は大きく変化し、マザーリ・シャリーフ(11月11日)・カブール陥落(13日)・クンドゥス投降(25日) などにより、北部同盟が北部を占拠し、ベール(ブルカ)を脱いで喜ぶ女性達の映像が流れています。ボンでは、現在、政権構成の協議が4派で行なわれてお り、皇太子妃の出産で湧く日本では、あたかも戦争は――南部で抵抗するタリバーンの残党を除けば――終わったかのようです。アメリカでは、「最も偉大な国 の力」を自賛する声が、あちこちで聞かれます。
しかし、私の心は晴れま せん。アフガン国内は、北部といえども無政府状態で、マザーリ・シャリーフ近郊でのタリバーン投降兵の反乱と全員射殺という(アムネスティー・インターナ ショナルなどが調査を要求した)残酷な事件や、メディア関係者の死などが報じられています。そして、何よりも、南部では、まだカンダハル周辺で抵抗を続け るタリバーン軍に対し、アメリカの爆撃が最大規模で激しく続いています。
報道量が減っているだけで、一般市民の死も勿論続いています。クエッタの病院には、連日民間人の犠牲者が運び込まれているようです(11月27日、朝日)。また、東部のジャララバード近辺では、ビンラディン氏らが潜伏していると見て、連日集中的に爆撃を続けており、この文章の執筆中にも、2つの村で住民50人が死亡したと伝えられました(12月1日)。
アメリカは、遂に本格的な地上作戦を開始してしまいました。「迅速な自由作戦」と命名したそうです。カンダハル近郊の空港を制圧して前線基地を作り、特殊部隊約400人だけではなく、海兵隊約1000人まで投入して、計1500人で、カンダハルを死守しようとするタリバーンとの地上戦に突入しようという構えを見せています。
それどころか、ブッシュ大統領は、26日に、宿敵・イラクと、テロ組織の存在する諸国へと対テロ戦争の拡大を示唆しました。湾岸戦争が繰り返される危機、いわば第2次湾岸戦争が起こる危険が現実化してきました。
さらに、イスラエルで、エルサレム繁華街(1日)・北部のハイファの路線バス(2日)で連続自爆テロが起こり、計27人死亡、200人 以上が負傷という恐るべき衝撃的なニュースが飛び込んできました。昨年来の衝突の中で最大級の事件で、アメリカが特使を派遣して進めていた停戦仲介はこの ため崩壊寸前となり、パレスチナ自治区では全域に非常事態宣言が出されました。イスラエルは、既に同等以上の報復を宣言しています。
ブッシュ大統領は「正当化できない殺人行為」と非難し、訪米中のシャロン首相と予定を繰り上げて会談し、シャロン首相はすぐ帰国しました。今回は、アメリカは自制を公式にはイスラエルに求めず、ただ7日間の猶予期間を自治政府に与えるように求めました。この間に自治政府が、犯人の逮捕や支援組織の壊滅をしなければ、あたかも報復を容認するかの如き態度です。
ブッ シュ大統領が「正義をもたらす」という文句、アフガニスタンについては聞きなれた句を使ったのが、非常に気になります。前観光省暗殺時にイスラエル首相が 主張したような、対テロ戦争の論理を、ブッシュ大統領が用いているように見えるからです。その時には、アメリカは――自分自身はアフガニスタンに対して用 いた――対テロ戦争の論理に反対して、イスラエルに自制を求めました。そして「パレスチナ国家」案への支持を表明して、和平の仲介を試みていました。これ は、戦争開始後の、最も賛成出来るアメリカの外交的変化でした。然るに、自治政府がテロに責任があるとしてしまえば、自治政府は和平の当事者からテロ擁護 政府という事になってしまい、議長や自治政府は、オマル師やタリバーンと同列の存在と見做す事になりかねません。
こ うなれば、むしろ自治政府自体が攻撃の対象となってしまいます。現に、イスラエル内部では、最早アラファト議長には期待できないとして、議長や自治政府を も攻撃の対象とするべきである、という議論がなされています。既にハマスら強硬派は攻撃の対象としており、今回の自爆テロは、ハマス幹部ら3人の暗殺(11月23日)の報復です。この攻撃をを自治政府にまで拡大してしまえば、後に残るのは、アフガニスタン同様の戦争しかないでしょう。北部アフガニスタンで戦火が収まった途端に、パレスチナで戦争が始るわけです。これこそ、私の恐れていた事態に他なりません。
時評で、「米、地上作戦開始」と「イスラエル軍のベツレヘム侵攻」という記事が並んだ日(10月20日)の衝撃を述べましたが、ここ数日に、この双方が共に拡大された形で再現されているわけです。10月 の段階では、地上作戦といっても特殊部隊に限定されていましたが、今回は海兵隊です。ベツレヘムなどパレスチナ自治区に侵攻した戦車は、その後アメリカの 圧力で撤退しましたが、今度もこのようになる保証はありません。最悪の場合は、和平が破綻し、戦争がパレスチナで始まる危険も無視できません。
つまり、現在は、既に起こってしまった「アフガニスタン戦争」が、――ブッシュ大統領の意思により――イラクとの「第2次湾岸戦争」に、あるいは「対テロ世界戦争」に、そして――アメリカの意向さえ超えて――「パレスチナ戦争」へと拡大する危険を迎えている訳です。第2次 湾岸戦争とパレスチナ戦争が同時に始まってしまえば、これは「中東戦争」になりかねません。「第5次中東戦争」ということになるでしょうか。こうなってし まえば、「文明の衝突」ないし「文明間戦争」へと発展してしまう危険が現実化してきます。これは、本当に「世界戦争」へと繋がりかねない危険であり、戦慄 の恐怖としか言いようがないでしょう。この状態で、どうしてお祝い気分になれましょうか。
これまで、この戦争について、まだ国際的な呼称は定まっていません。「アフガニスタン戦争」という呼び方もありますが、ソ連が侵略して始まった戦争(ソ連の軍事的侵攻は1979―89年)と混乱し易いという問題があったからです。もう一つの呼称は、「対テロ戦争」です。この呼称は、アメリカの掲げている戦争目的をそのまま用いているという点で、アメリカから見た表現であるという問題点がありました。
し かし、どうやらアメリカは、アフガニスタンだけではなく、本当に、アメリカがテロ支援国家と認定した国に対して次々と攻撃を拡大していくつもりのようで す。そうだとすれば、やはり「アフガニスタン戦争」という地理的な表現よりも「対テロ戦争」という表現の方が適切だろうと思われます。先のアメリカ寄りと いう「偏向(バイアス)」を避けるべく括弧を付して「対『テロ』戦争」と呼ぶ事にしましょう。
ブッ シュ大統領の言明をそのまま信じれば、アフガニスタンだけではなく、どこまでも戦線が広がる可能性があるのですから、この戦争は「対『テロ』世界戦争」と 見做す事が出来るでしょう。この全体から見れば、アフガニスタンの戦争は、この世界戦争の「始まり」に過ぎないので、「第1戦線」という事になります。そして、イラクやパレスチナが「第2戦線」「第3戦線」という事になるわけです。勿論、第2戦線以下は、まだ現実のものではなく、潜在的な危険性に注意を喚起するための表現です。以下では、このような展望の下に、これらの危険を順に見ていく事にしましょう。第2戦線以下が現実のものとならない事を祈りつつ。
2.アフガン戦線:戦局転換における既視感(デジャ・ビュ)――タリバーン「敗走」と湾岸戦争の「勝利」
振り返って見れば、現在 のように、アメリカ軍が圧勝し、反米側がたわいもなく敗れ去ったように見えたことが、かつてもありました。そう、湾岸戦争におけるイラクの「敗北」です。 その時、父ブッシュ大統領は、勝ち誇って勝利宣言をし、「新世界秩序」の到来を力説したのでした。あの時、皆様は、それを信じ、そこに希望を託したでしょ うか。
私は、信じませんでし た。当初は、「独裁者」のフセイン政権も、アメリカの力により終止符が打たれるように見えましたが、結局は生き残り、先に政権を去ったのは、ブッシュ大統 領の方でした。そして、(湾岸戦争後にアメリカ軍が「聖地」・サウジアラビアに駐留を継続している事に憤った)イスラム過激派が、9月11日に同時多発テ ロを起こし、全世界は、湾岸戦争の深刻な帰結に漸く気付いたのでした。湾岸戦争でアメリカは、本当に勝ったのでしょうか?
ブッシュ親子は、そして アメリカは「勝利」を信じたいのでしょう。ですから、その帰結として生じた今回の事件でも、タリバーン政権を打倒し、アルカイーダを始めとして、テロ組織 を根絶する「戦争」に勝利して、その「勝利」を不動のものとしたいのでしょう。しかし、歴史は、そのように展開するでしょうか。私には、むしろ、現在のア メリカの歓喜は、10年前の勝利宣言と重なって見えるのです。湾岸戦争の時と同じように、いずれアメリカは、その帰結に直面せざるを得なくなると思えるの です。
以前、次のような点について、これらをアメリカが犯すと、アメリカにとっても危険だと警告しました(公共民9 時評など)。
①本格的地上戦突入
②イラクなどアフガニスタン以外の国への攻撃
③パレスチナ問題の発火
④無辜の民の犠牲者数
心情倫理からすれば、そもそもアメリカの攻撃は首肯し難いものです。結果倫理からすると、極めて限定的な攻撃の場合は別にして、大規模報復攻撃は、アメリカにとってすら危険な帰結を招くが故に、愚かなのです(拙論第2部参照)。そして、この4点を犯せば犯すほど、それは大規模報復の発想に近づき、従って結果倫理からみても誤りです。
空爆開始後4週間に及ぶ、タリバーンの予想外の抵抗によって、アメリカのメディアにおいてすら、一時、ベトナム戦争のような泥沼化が懸念されました(時評11月8日[i]参照)。戦局が好転したので、一転して楽観論が圧倒的になっていますが、アメリカの友として、敢えてこの時点で上の警告を再度繰り返したいと思うのです。
3.地上戦の罠――ベトナム戦争化の危険は未だ去らず
空 爆に限定している限り、――倫理的には非道であっても――アメリカ軍に大量の死者が出て、敗北することはありえません。逆に言えば、当初北部でもタリバー ンが抵抗をした点については、戦術的には疑問の余地があります。一方的に空爆を受けていれば、戦力の消耗が激しいのは、理の当然だからです。4週間の間持ちこたえたのを見て「一寸の虫にも五分の魂」という言葉を思い出しましたが、――戦前の日本と同様に――精神力にも限界があるというものでしょう。タリバーン側の撤退は、人的・物理的損害のために、軍事的に北部の拠点を支えきれなくなったことを意味します。
従って、戦術的後退とか 民間人の犠牲を避けるための撤退という、タリバーン側の説明を鵜呑みにする事は出来ないでしょう。しかし、問題は、この先にあります。軍事的撤退の結果、 戦勝気分に酔ってアメリカ側が地上に降りれば、アメリカ軍にも生命の危険が生じるからです。もしタリバーンが現在の難局を軍事的に凌ぐ事が出来れば、地上 戦の可能性が生まれ、逆にタリバーン側にも反撃の機会が生まれてきます。つまり、タリバーン側が主張しているように、結果として「戦術的後退」をしたこと になるのです。
純戦術的に考えれば、タ リバーン側は、初めからゲリラ戦を中心にした方がよかったかもしれません。現に、このような判断が指導部にあるから、マザーリ・シャリーフ陥落直前に、カ ブール始め北部からの撤退を決め、一時はカンダハルの放棄までオマル師が宣言しました。パキスタンからの義勇兵に対して、カブール陥落直前に、「今は地上 に米軍はいないから、いったん帰国しろ。地上に来たらまだ応援を頼む」という指令がオマル師から届いた、という報道がなされています[ii]。
16日 には、カンダハルの後継支配体制(イスラム党ハリス派のバシェル司令官とイスラム協会のナキブラ司令官)まで決めて、オマル師らはカンダハルを放棄し山間 部に立て篭もってゲリラ戦を行なうつもりだったようです。ところが、「カンダハルを死守せよ」という預言者の夢をオマル師が見たので、翌日一転して「カン ダハルを放棄するつもりはない。死ぬまで戦う」と方針転換した、という報道がありました(未確認)[iii]。その真偽はともかくとして、もしカンダハルが陥落しても、タリバーン側が山岳地帯に立てこもって、執拗なゲリラ戦を続け、戦闘が泥沼化することは十分に考えられます。
アメリカは、既に戦争に勝利し、「これは、やはりベトナム戦争型ではなく、湾岸戦争型だった」と凱歌を上げているようです。湾岸戦争も、本当の勝利かどうか疑わしいと書きましたが、「ベトナム戦争化しなかった」と速断できるかどうかも、実は疑問の余地があると思います。
そもそも、ベトナム戦争の場合は、まずホー・チ・ミンの下でベトナム民主共和国(北ベトナム)がフランスから独立を宣言し(1945年)、これに対して、米仏が支援して南ベトナム(当初はゴ・ジン・ジエム政権)が樹立されました(1954年)。この南ベトナム政権と、それに対する南べトナム民族解放戦線(ベトコン、1960年結成)との間の戦闘という形で始まり、政権を支援するアメリカ(南ベトナム援助軍司令部設置、1962年)が徐々に介入を拡大し、ベトコンを支援する北ベトナムの爆撃(北爆、1965年開始)などを行ったのです。これは、反米デモやベトナム反戦運動を激化させました。ベトコンの執拗な悩まされて、戦局は悪化し、最後にはアメリカ撤退と南ベトナム政権の降伏で戦争が終結した訳です(1975年)。
この過程を思い出してみれば明らかなように、アメリカが本格的に介入してから10年以上がかかっており、この間には様々な戦局がありました。それ故、「第1次 の目標は達成できた」(ブッシュ大統領)と言っても、予断は禁物です。例えば、現在行なわれている暫定政権設立を南ベトナム政権樹立に喩えれば、カンダハ ル周辺の爆撃は北爆に似てきます。南北は転倒しますが、南北が分断されてアメリカが片方を軍事的に支援する構図は同じです。ですから、タリバーンが南部の 支配を維持できれば、この戦争の構図は、むしろベトナム戦争に似てきてしまうのです。また、仮にカンダハルが陥落しても、山岳地帯でゲリラ戦化した場合に も、やはりベトナム戦のような泥沼化の危険は存在するでしょう。
しかも、北部も決して安 定してはいません。東部のナンガルハル州では、地元の反タリバーン勢力がタリバーン軍を追放したものの、北部同盟にも対立しているなどという状態です。つ まり、北部同盟は、北部の拠点は抑えたものの、その全域を統制する力は持たず、全国が様々な部族の群雄割拠状態になってしまっているようです。さらに、寄 [...]
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