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カテゴリ「主張・意見・コメント(opinions)」のリスト

「外交哲学の貧困と御用学者の責任2」 山脇直司(東京大学)

火曜日, 3月 25th, 2003

皆様
山脇直司です。
先の小林さんを通してMLで紹介された岡崎久彦氏の「勇気ある小泉発言」(読売新聞3月30日付朝刊1,2面)という小論ほど、日本の外務省を取り巻 く御用学者の知的貧困を露呈したものはないように思います。すでに3月21日のMLで、私は、あまりにお粗末な川口外相・小泉首相の背後でアドバイスする 外務省とその周辺にいる御用学者の責任を指摘し、その代表者として真っ先に岡崎氏の実名を挙げましたが、まさにそれを見事に裏書きする記事が堂々と大新聞 の一面に載ったという感じです。彼の小論は、日本の代表的外交エリートがどれほど「民衆軽視の国際政治観」に則って国策というものを考えているかを、換言 すれば「公共性を欠いた外交の私物化」のお手本を示しており、その意味で永久保存版と言ってよいでしょう。
この記事にみられる戦争で被害をうける一般民衆に対する全くの無関心、都合のよい東大の政治学者の援用(ちなみに、岡崎氏が決定的発言をしたと賞賛す るT教授とK教授は残念ながら御用学者と呼ばれてもしかたのない方々ですが、他方、違う見解を持つ東大の国際政治学者F教授の見解は無視されています)、 安保理決議なしのイラク攻撃は正当かという議論までワイドショー的議論と切り捨ててしまう粗暴さ、人種という言葉を平気で使う言語感覚、アラブ諸国との国 益を無視し、一方的にアングロ・アメリカとの協調(というより盲従)だけを国益と決めつける偏った国益観、そして、ヨーロッパでは最近のアメリカ合衆国史 上最低の知的水準とみなされている悪名高いブッシュ政権に知日派が多いことを自慢し、今が他のアメリカの政権では期待できない日本外交のチャンス到来など と言い切るに当たっては、もうあきれてため息がでる位です。それにしても、このような主張を堂々と一面に載せる読売新聞編集部は、日本を一体何処に引っ 張っていこうという魂胆なのか、改めて考えなければならないと痛感した次第です。
私のこの批判は言い過ぎでしょうか。もしご批判があったらお聞かせ下さい。

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「外交哲学の貧困と御用学者の責任1」 山脇直司(東京大学)

金曜日, 3月 21st, 2003

皆様、東京大学の山脇直司です。
いよいよ安保理決議なしのブッシュ政権主導による不当なイラク侵略戦争が始まりましたが、今回は一人のアカデミシャンとして、ここ一連の日本政府の動きに関して発言したいと思います。
アカデミシャンとしての私が今一番懸念していることは、アメリカを無邪気に支持し、フランスなどを非協力と言って批判する小泉首相や川口外相のお粗末きわまりない答弁の背後にいる「外務省お抱えの御用学者」の存在です。それは、「日本の外交哲学は日米同盟しかない」と公言してはばからない岡崎久彦氏のみならず、理念的思考ができずに冷戦のパラダイムでしか国際関係論をとらえられない「外務省と深いパイプを持つ学者」たちを意味します。アメリカべったりのまま、独仏の冷戦後の新しい外交理念や市民文化(英を含む)について全く無知で勉強しようともしない彼らが、間違った分析をした上で、川口さんなどに進言し、判断力のない彼女がその尻馬に乗って、平和憲法はもとより、広島、長崎などなかったようなお恥ずかしい答弁をしているようにしか私には思えません。ここまでお粗末な日本外交をもたらした責任の一つとして、外交哲学(理念)などに全く無関心で、矮小なパワーと利害関係だけでしか国際政治をみることの出来ない「外務官僚の精神構造」と共に、外務省お抱えの「御用学者の知的退廃」を暴く必要を今痛感しています。
ところで、これと関連して、今日(21日)の朝日新聞の12-13面に載った「3氏座談会」をみて唖然としました。基本的に米英の攻撃に反対のスタンスを採っている朝日の社説とは裏腹に、この座談会に出ている藤原帰一氏以外の2名は、はじめから米英攻撃支持の立場を鮮明にしている論者で、そのうちの一人岡本行夫氏にいたっては小泉首相のブレーンです。一体なぜ、このような社説と矛盾する立場の二人を朝日が選んだのか、編集部の見識と首尾一貫性が疑われますが、それはおそらく書評委員をはじめはじめとするここ20年来の朝日の「理念なき人脈主義」と無関係ではないでしょう。ともかく、今日掲載の座談会は、はじめから非常に偏った人選で行われたもので、朝日の社説に水をさす読売新聞向きの座談会であると思い、その旨をメールで朝日新聞編集部にも伝えた次第です。
以上、今回はとりあえず、アカデミシャンとして懸念している事柄を述べさせて頂きました。

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時論「対『テロ』世界戦争の恐怖――アフガニスタン、イラク、パレスチナ」 小林正弥(千葉大学)

火曜日, 12月 3rd, 2002

※     12月3日(現地時間)のイスラエルの攻撃により、以下の論稿が恐れていた通りの事態が既に起こり始めてしまいましたが、これについては、続けて論じたいと思います。

1.対テロ戦争の世界的拡大という恐怖――アフガニスタン戦争から中東戦争へ
 戦況は大きく変化し、マザーリ・シャリーフ(11月11日)・カブール陥落(13日)・クンドゥス投降(25日) などにより、北部同盟が北部を占拠し、ベール(ブルカ)を脱いで喜ぶ女性達の映像が流れています。ボンでは、現在、政権構成の協議が4派で行なわれてお り、皇太子妃の出産で湧く日本では、あたかも戦争は――南部で抵抗するタリバーンの残党を除けば――終わったかのようです。アメリカでは、「最も偉大な国 の力」を自賛する声が、あちこちで聞かれます。
 しかし、私の心は晴れま せん。アフガン国内は、北部といえども無政府状態で、マザーリ・シャリーフ近郊でのタリバーン投降兵の反乱と全員射殺という(アムネスティー・インターナ ショナルなどが調査を要求した)残酷な事件や、メディア関係者の死などが報じられています。そして、何よりも、南部では、まだカンダハル周辺で抵抗を続け るタリバーン軍に対し、アメリカの爆撃が最大規模で激しく続いています。
報道量が減っているだけで、一般市民の死も勿論続いています。クエッタの病院には、連日民間人の犠牲者が運び込まれているようです(11月27日、朝日)。また、東部のジャララバード近辺では、ビンラディン氏らが潜伏していると見て、連日集中的に爆撃を続けており、この文章の執筆中にも、2つの村で住民50人が死亡したと伝えられました(12月1日)。
アメリカは、遂に本格的な地上作戦を開始してしまいました。「迅速な自由作戦」と命名したそうです。カンダハル近郊の空港を制圧して前線基地を作り、特殊部隊約400人だけではなく、海兵隊約1000人まで投入して、計1500人で、カンダハルを死守しようとするタリバーンとの地上戦に突入しようという構えを見せています。
それどころか、ブッシュ大統領は、26日に、宿敵・イラクと、テロ組織の存在する諸国へと対テロ戦争の拡大を示唆しました。湾岸戦争が繰り返される危機、いわば第2次湾岸戦争が起こる危険が現実化してきました。
さらに、イスラエルで、エルサレム繁華街(1日)・北部のハイファの路線バス(2日)で連続自爆テロが起こり、計27人死亡、200人 以上が負傷という恐るべき衝撃的なニュースが飛び込んできました。昨年来の衝突の中で最大級の事件で、アメリカが特使を派遣して進めていた停戦仲介はこの ため崩壊寸前となり、パレスチナ自治区では全域に非常事態宣言が出されました。イスラエルは、既に同等以上の報復を宣言しています。
ブッシュ大統領は「正当化できない殺人行為」と非難し、訪米中のシャロン首相と予定を繰り上げて会談し、シャロン首相はすぐ帰国しました。今回は、アメリカは自制を公式にはイスラエルに求めず、ただ7日間の猶予期間を自治政府に与えるように求めました。この間に自治政府が、犯人の逮捕や支援組織の壊滅をしなければ、あたかも報復を容認するかの如き態度です。
ブッ シュ大統領が「正義をもたらす」という文句、アフガニスタンについては聞きなれた句を使ったのが、非常に気になります。前観光省暗殺時にイスラエル首相が 主張したような、対テロ戦争の論理を、ブッシュ大統領が用いているように見えるからです。その時には、アメリカは――自分自身はアフガニスタンに対して用 いた――対テロ戦争の論理に反対して、イスラエルに自制を求めました。そして「パレスチナ国家」案への支持を表明して、和平の仲介を試みていました。これ は、戦争開始後の、最も賛成出来るアメリカの外交的変化でした。然るに、自治政府がテロに責任があるとしてしまえば、自治政府は和平の当事者からテロ擁護 政府という事になってしまい、議長や自治政府は、オマル師やタリバーンと同列の存在と見做す事になりかねません。
こ うなれば、むしろ自治政府自体が攻撃の対象となってしまいます。現に、イスラエル内部では、最早アラファト議長には期待できないとして、議長や自治政府を も攻撃の対象とするべきである、という議論がなされています。既にハマスら強硬派は攻撃の対象としており、今回の自爆テロは、ハマス幹部ら3人の暗殺(11月23日)の報復です。この攻撃をを自治政府にまで拡大してしまえば、後に残るのは、アフガニスタン同様の戦争しかないでしょう。北部アフガニスタンで戦火が収まった途端に、パレスチナで戦争が始るわけです。これこそ、私の恐れていた事態に他なりません。
時評で、「米、地上作戦開始」と「イスラエル軍のベツレヘム侵攻」という記事が並んだ日(10月20日)の衝撃を述べましたが、ここ数日に、この双方が共に拡大された形で再現されているわけです。10月 の段階では、地上作戦といっても特殊部隊に限定されていましたが、今回は海兵隊です。ベツレヘムなどパレスチナ自治区に侵攻した戦車は、その後アメリカの 圧力で撤退しましたが、今度もこのようになる保証はありません。最悪の場合は、和平が破綻し、戦争がパレスチナで始まる危険も無視できません。
つまり、現在は、既に起こってしまった「アフガニスタン戦争」が、――ブッシュ大統領の意思により――イラクとの「第2次湾岸戦争」に、あるいは「対テロ世界戦争」に、そして――アメリカの意向さえ超えて――「パレスチナ戦争」へと拡大する危険を迎えている訳です。第2次 湾岸戦争とパレスチナ戦争が同時に始まってしまえば、これは「中東戦争」になりかねません。「第5次中東戦争」ということになるでしょうか。こうなってし まえば、「文明の衝突」ないし「文明間戦争」へと発展してしまう危険が現実化してきます。これは、本当に「世界戦争」へと繋がりかねない危険であり、戦慄 の恐怖としか言いようがないでしょう。この状態で、どうしてお祝い気分になれましょうか。
  これまで、この戦争について、まだ国際的な呼称は定まっていません。「アフガニスタン戦争」という呼び方もありますが、ソ連が侵略して始まった戦争(ソ連の軍事的侵攻は1979―89年)と混乱し易いという問題があったからです。もう一つの呼称は、「対テロ戦争」です。この呼称は、アメリカの掲げている戦争目的をそのまま用いているという点で、アメリカから見た表現であるという問題点がありました。
し かし、どうやらアメリカは、アフガニスタンだけではなく、本当に、アメリカがテロ支援国家と認定した国に対して次々と攻撃を拡大していくつもりのようで す。そうだとすれば、やはり「アフガニスタン戦争」という地理的な表現よりも「対テロ戦争」という表現の方が適切だろうと思われます。先のアメリカ寄りと いう「偏向(バイアス)」を避けるべく括弧を付して「対『テロ』戦争」と呼ぶ事にしましょう。
ブッ シュ大統領の言明をそのまま信じれば、アフガニスタンだけではなく、どこまでも戦線が広がる可能性があるのですから、この戦争は「対『テロ』世界戦争」と 見做す事が出来るでしょう。この全体から見れば、アフガニスタンの戦争は、この世界戦争の「始まり」に過ぎないので、「第1戦線」という事になります。そして、イラクやパレスチナが「第2戦線」「第3戦線」という事になるわけです。勿論、第2戦線以下は、まだ現実のものではなく、潜在的な危険性に注意を喚起するための表現です。以下では、このような展望の下に、これらの危険を順に見ていく事にしましょう。第2戦線以下が現実のものとならない事を祈りつつ。
2.アフガン戦線:戦局転換における既視感(デジャ・ビュ)――タリバーン「敗走」と湾岸戦争の「勝利」
 振り返って見れば、現在 のように、アメリカ軍が圧勝し、反米側がたわいもなく敗れ去ったように見えたことが、かつてもありました。そう、湾岸戦争におけるイラクの「敗北」です。 その時、父ブッシュ大統領は、勝ち誇って勝利宣言をし、「新世界秩序」の到来を力説したのでした。あの時、皆様は、それを信じ、そこに希望を託したでしょ うか。
 私は、信じませんでし た。当初は、「独裁者」のフセイン政権も、アメリカの力により終止符が打たれるように見えましたが、結局は生き残り、先に政権を去ったのは、ブッシュ大統 領の方でした。そして、(湾岸戦争後にアメリカ軍が「聖地」・サウジアラビアに駐留を継続している事に憤った)イスラム過激派が、9月11日に同時多発テ ロを起こし、全世界は、湾岸戦争の深刻な帰結に漸く気付いたのでした。湾岸戦争でアメリカは、本当に勝ったのでしょうか?
 
 ブッシュ親子は、そして アメリカは「勝利」を信じたいのでしょう。ですから、その帰結として生じた今回の事件でも、タリバーン政権を打倒し、アルカイーダを始めとして、テロ組織 を根絶する「戦争」に勝利して、その「勝利」を不動のものとしたいのでしょう。しかし、歴史は、そのように展開するでしょうか。私には、むしろ、現在のア メリカの歓喜は、10年前の勝利宣言と重なって見えるのです。湾岸戦争の時と同じように、いずれアメリカは、その帰結に直面せざるを得なくなると思えるの です。
  以前、次のような点について、これらをアメリカが犯すと、アメリカにとっても危険だと警告しました(公共民9 時評など)。

①本格的地上戦突入
②イラクなどアフガニスタン以外の国への攻撃
③パレスチナ問題の発火
④無辜の民の犠牲者数
 心情倫理からすれば、そもそもアメリカの攻撃は首肯し難いものです。結果倫理からすると、極めて限定的な攻撃の場合は別にして、大規模報復攻撃は、アメリカにとってすら危険な帰結を招くが故に、愚かなのです(拙論第2部参照)。そして、この4点を犯せば犯すほど、それは大規模報復の発想に近づき、従って結果倫理からみても誤りです。
  空爆開始後4週間に及ぶ、タリバーンの予想外の抵抗によって、アメリカのメディアにおいてすら、一時、ベトナム戦争のような泥沼化が懸念されました(時評11月8日[i]参照)。戦局が好転したので、一転して楽観論が圧倒的になっていますが、アメリカの友として、敢えてこの時点で上の警告を再度繰り返したいと思うのです。
3.地上戦の罠――ベトナム戦争化の危険は未だ去らず
空 爆に限定している限り、――倫理的には非道であっても――アメリカ軍に大量の死者が出て、敗北することはありえません。逆に言えば、当初北部でもタリバー ンが抵抗をした点については、戦術的には疑問の余地があります。一方的に空爆を受けていれば、戦力の消耗が激しいのは、理の当然だからです。4週間の間持ちこたえたのを見て「一寸の虫にも五分の魂」という言葉を思い出しましたが、――戦前の日本と同様に――精神力にも限界があるというものでしょう。タリバーン側の撤退は、人的・物理的損害のために、軍事的に北部の拠点を支えきれなくなったことを意味します。
 従って、戦術的後退とか 民間人の犠牲を避けるための撤退という、タリバーン側の説明を鵜呑みにする事は出来ないでしょう。しかし、問題は、この先にあります。軍事的撤退の結果、 戦勝気分に酔ってアメリカ側が地上に降りれば、アメリカ軍にも生命の危険が生じるからです。もしタリバーンが現在の難局を軍事的に凌ぐ事が出来れば、地上 戦の可能性が生まれ、逆にタリバーン側にも反撃の機会が生まれてきます。つまり、タリバーン側が主張しているように、結果として「戦術的後退」をしたこと になるのです。
 純戦術的に考えれば、タ リバーン側は、初めからゲリラ戦を中心にした方がよかったかもしれません。現に、このような判断が指導部にあるから、マザーリ・シャリーフ陥落直前に、カ ブール始め北部からの撤退を決め、一時はカンダハルの放棄までオマル師が宣言しました。パキスタンからの義勇兵に対して、カブール陥落直前に、「今は地上 に米軍はいないから、いったん帰国しろ。地上に来たらまだ応援を頼む」という指令がオマル師から届いた、という報道がなされています[ii]。
  16日 には、カンダハルの後継支配体制(イスラム党ハリス派のバシェル司令官とイスラム協会のナキブラ司令官)まで決めて、オマル師らはカンダハルを放棄し山間 部に立て篭もってゲリラ戦を行なうつもりだったようです。ところが、「カンダハルを死守せよ」という預言者の夢をオマル師が見たので、翌日一転して「カン ダハルを放棄するつもりはない。死ぬまで戦う」と方針転換した、という報道がありました(未確認)[iii]。その真偽はともかくとして、もしカンダハルが陥落しても、タリバーン側が山岳地帯に立てこもって、執拗なゲリラ戦を続け、戦闘が泥沼化することは十分に考えられます。
 アメリカは、既に戦争に勝利し、「これは、やはりベトナム戦争型ではなく、湾岸戦争型だった」と凱歌を上げているようです。湾岸戦争も、本当の勝利かどうか疑わしいと書きましたが、「ベトナム戦争化しなかった」と速断できるかどうかも、実は疑問の余地があると思います。
そもそも、ベトナム戦争の場合は、まずホー・チ・ミンの下でベトナム民主共和国(北ベトナム)がフランスから独立を宣言し(1945年)、これに対して、米仏が支援して南ベトナム(当初はゴ・ジン・ジエム政権)が樹立されました(1954年)。この南ベトナム政権と、それに対する南べトナム民族解放戦線(ベトコン、1960年結成)との間の戦闘という形で始まり、政権を支援するアメリカ(南ベトナム援助軍司令部設置、1962年)が徐々に介入を拡大し、ベトコンを支援する北ベトナムの爆撃(北爆、1965年開始)などを行ったのです。これは、反米デモやベトナム反戦運動を激化させました。ベトコンの執拗な悩まされて、戦局は悪化し、最後にはアメリカ撤退と南ベトナム政権の降伏で戦争が終結した訳です(1975年)。
この過程を思い出してみれば明らかなように、アメリカが本格的に介入してから10年以上がかかっており、この間には様々な戦局がありました。それ故、「第1次 の目標は達成できた」(ブッシュ大統領)と言っても、予断は禁物です。例えば、現在行なわれている暫定政権設立を南ベトナム政権樹立に喩えれば、カンダハ ル周辺の爆撃は北爆に似てきます。南北は転倒しますが、南北が分断されてアメリカが片方を軍事的に支援する構図は同じです。ですから、タリバーンが南部の 支配を維持できれば、この戦争の構図は、むしろベトナム戦争に似てきてしまうのです。また、仮にカンダハルが陥落しても、山岳地帯でゲリラ戦化した場合に も、やはりベトナム戦のような泥沼化の危険は存在するでしょう。 
 しかも、北部も決して安 定してはいません。東部のナンガルハル州では、地元の反タリバーン勢力がタリバーン軍を追放したものの、北部同盟にも対立しているなどという状態です。つ まり、北部同盟は、北部の拠点は抑えたものの、その全域を統制する力は持たず、全国が様々な部族の群雄割拠状態になってしまっているようです。さらに、寄 [...]

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戦争宣言予告編:悪夢のシナリオ 小林正弥(千葉大学)

金曜日, 11月 15th, 2002

1.戦争宣言予告編:悪夢のシナリオ
昨日(8日)、対イラク国連安保理決議が採択されました。これで、米議会武力行使容認決議、ブッシュ政権中間選挙勝利(5日)というように、議会・世論・国際社会という「3種の神器」(朝日、朝刊)が揃い、イラク戦の準備態勢が整いました。とりあえず、イラクは決議を受諾するでしょうが、査察の過程で問題が生じ、アメリカは開戦へと向かうことが予想できます。ブッシュ大統領は、イラクが無条件受諾をしない場合は「最も厳しい結果」を招くと警告しましたが、これは「戦争宣言」の予告のようなものでしょう。
このMLでも、早い時期にはイラク戦に至る危険を警告していましたが、最近は誰の眼にも明確な事実になっているので、敢えて書く気が起こりませんでした。それでも、今日書く気になったのは、さらに危険な兆候が、他に同時並行的に現れているからです。
バリ島・イエメン・フィリピンなどのテロやロシアのチェチェン・テロは、テロが世界的に拡大したことを示しています。アル・カーイダなどが関与を認め、その背後にビン・ラーディンの計画が存在することがインターポールから示唆されています(資料1,2)。これは、世界の「パレスチナ」化、戦争の「世界戦争」化と言うことができるでしょう。
さらに私が戦慄したのは、イスラエルで労働党が政権から離脱し、右派政権がさらに右傾化することが確実になったことです。タカ派のモファズ元参謀長官が新国防相に、またネタニヤフ氏が外相に就任し、1月の総選挙に向けて、外相とシャロン首相との角逐が始まりました(資料4,9)。いずれが党首選で勝つにしても、総選挙でリクードが勝利することは避けられそうもありません。その上に、ネタニヤフが首相になれば、アラファト追放などの強硬策を加速するでしょう。シャロン氏が勝ったとしても、ネタニヤフとの対抗上、さらに右傾することは間違いないでしょう。もはや、閣内の労働党の牽制が存在しなくなるのですから。
さて、イラクが査察を受け入れてから、トラブルが生じてアメリカが開戦を行うまでに若干の時間がかかるでしょう。年内のクリスマス前に始まるという観測が強くなっていますが、新年になってから、1月か2月以降になるかもしれません。今回の決議では、7日以内にイラクが決議受諾を表明し査察が行われるとすれば、約10日後(11月18日ごろ)に先遣隊、45日以内(12月23日まで)に本隊が査察開始、査察開始後60日以内に安保理に報告(来年2月21日まで)というスケジュールになっています。従って、本隊の査察が何らかの形で妨害されたということになれば、年内の開戦が行われる可能性がありますし、査察の報告の結果攻撃するのであれば、2月頃ということになりましょう。
もし2月になれば、その前にイスラエルではリクード超タカ派内閣が成立することになるでしょう。アメリカはイラク戦前後にこのような事態が生じることを避けたかったのですが、イスラエル内政上の事情でこのような時期に選挙が行われることになってしまいました(資料8)。イラク戦の最中には選挙を延期する可能性もあるようですし、選挙前にイラク戦が行われる可能性もありますが、暫定的選挙管理内閣自体が超タカ派内閣ですから、危険性に変わりありません。
もしイラク戦の開始が遅れた場合には、ブッシュ政権が中間選挙で勝利した直後に、国連安保理決議が出たように、新年の1月か2月には、イスラエルでリクード政権が勝利した後に、アメリカが開戦するという流れになる可能性があるような気がします。アメリカやイスラエルで選挙によって「民主的」に世論による信任を得て、イラク戦やアラファト追放へと展開させるわけです。これほど、一国民主主義の限界を明確に示す出来事はありません。後世からは、「衆愚政」と批判されることを信じて疑いません。
世界各地でテロが起こるだけではなく、アフガニスタン戦に加えてイラク戦が開始されれば、「反テロ」戦争は、間違いなく「反テロ」世界戦争へと展開したことになるでしょう。以前は反「テロ」世界戦争と書いていたのですが、最近「反テロ」世界戦争という表記に変更しました。なぜなら、イラク戦は、「大量破壊兵器開発」を口実としており、実は「テロ」ないし「反テロ」と論理的な関係はないからです。
リクード超タカ派政権はアラファトら自治政府に強硬策を取るだけではなく、イラク戦でも過激な反応を行うことが懸念されます。万一、アメリカの開戦後にイラクがスカッド・ミサイルなどをイスラエルに打ち込むと、本格的反撃を企てる危険を感じます。今回のイラク戦においては、湾岸戦争時のようなイスラエルの自制は全く期待できません。既に、イスラエルはアメリカと迎撃ミサイルの発射演習を行ったり、公開したりしています(資料10,11)。
勿論、アメリカの攻撃やイスラエルの反撃によって、莫大な人命の犠牲を出してフセイン政権は崩壊するでしょう。ここまでで悪夢のシナリオは十分すぎるほどですが、「反テロ」世界戦争はまだ終わらないだろうと憂慮します。
資料6,7にあるようなイスラエルの姿勢は、アメリカの外交政策とも関連します。シャロン首相らは、イラクが終われば、次なる標的として、イランを対象とすべきだと主張しています。これは、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言と連動しています。現時点ではブッシュ大統領もイラクと北朝鮮とを区別する姿勢を示していますが、政権内部には北朝鮮武力攻撃を主張する超タカ派もいます。そこで、フセイン政権を打倒した後では、さらに「大量破壊兵器」を保持している北朝鮮が打倒の対象として浮上する可能性も存在するでしょう。
ブッシュ大統領は、2004年大統領選での再選へ意欲を露わにして、しかもタカ派のチェイニー副大統領を維持するという方針を明確に打ち出しました(資料3)。これは、現在のような戦争政策を、2004年までだけではなく、2004-2008年までも続けることを意味するでしょう。しかも、2008年の自らの後継者として、内心では(今回再選した)弟のフロリダ州ジェブ・ブッシュ知事を考えているようです。前回の大統領選における集計混乱で弟が兄の当選を助け、今回は兄が弟の再選を助けて、将来大統領職を引き継がせるようなことになれば、政治の私物化ないしネポティズムも甚だしいでしょう。父・兄・弟と続けば、正しくブッシュ王朝のアメリカ世界帝国(!)ということになりかねません。
このようなことが目論見通りに実現するとは決して思いませんが、この種の野望を実現するために、ブッシュ政権は、持続する限り、戦争を世界各地で続けようとするでしょう。経済などの内政に争点が移行した途端に、民主党へと支持が移行する可能性が高いからです。「民主主義の帝国」であるが故に、帝国創設を企てる大統領は、民衆の支持を持続させるために、継続的に危機を引き起こし「帝国」の確立を進めようとするでしょう。
他方、パキスタンやトルコの総選挙でイスラーム系ないし原理主義的な政党が伸長したのは、当然予測されることとは言え、やはり不気味です。トルコは、政教分離が進みEU加盟が問題になっているなど、イスラーム圏ではもっとも「近代化」ないし西洋化を進めていた国家なので(スカーフ禁止政令)、その意味でも逆行する動きは懸念の材料です(資料11,12)。まだ本格的な兆候は現れていませんが、イスラーム地域の穏健派政権が打倒されて原理主義的政権が成立する危険も看過できないと思います。もしこのようなことが生じると、本格的な「文明の衝突」と「文明間世界戦争」へと事態が昂進する危険が現れます。
2.新しい平和運動のために――最悪シナリオを避けるために
現在、印刷に回す直前の平和論(ちくま新書)の草稿では、資料13のような最悪シナリオを書きました。これは、あくまでも「最悪シナリオ」なので、現実化する可能性は高いわけではありません。むしろ、これは危険性を提示して戦争に反対する反戦の論理なので、仮にイラク戦を強行してもここまで事態が悪化する可能性は低いでしょう。そこで、枚数の関係もあって、短縮ないし削除することを考えています。しかし、以上のような情勢を考えると、少なくともイラク戦やイスラエルの反撃までの危険は相当高く、悪夢のシナリオを荒唐無稽と片づけられないところが悩ましい点です。「最悪」ならずとも、「次悪シナリオ」ぐらいは実現してしまうかもしれません。
中間選挙における共和党の勝利は予想通りであり、2004年まで現在の戦争政策が続くことは覚悟せざるを得ません。そこで、私は2004年大統領選挙でブッシュ大統領が敗北することに希望を託しています。この場合は、戦争政策が中止されて、「最悪シナリオ」までは行かず、「次悪シナリオ」ぐらいで止まるかもしれないからです。それによってブッシュ王朝の世界帝国確立の野望が阻止され、イスラームとの対立も徐々に緩和に向かうことを念願します。
アメリカ国内で漸く大規模な反戦デモが行われたことが伝えられています(資料14)。民主党からも、カーター元大統領などのイラク戦への批判など、徐々に反戦の議論が提起され始めています。ここに未来の希望があります。アメリカの良い意味での共和主義的伝統が甦り、ベトナム反戦時のように政府を追い込んで、2004年に政権交代を実現させることを祈りたいと思います。
勿論、日本でもこのようなアメリカ国内の動きに海外から声援を送り、反戦運動を行って、このような批判を加速させるべきでしょう。私達も、イラク戦に際して、いかなる実践的発言を行うことができるのか、真剣に議論すべき時だろうと思います。ご意見などがあれば、お寄せください。
まずは、アフガニスタン戦の場合と同様に、HPなどで意見や見解の表明をすることが考えられます。
そして昨年の年末には、地球的平和問題会議を開催しました。現在はその刊行のために努力しています。そこで、イラク戦に際しても同様の会議を開催することが考えられます。
また、地球的平和問題会議の際にも、声明や署名などを行うという案もありました。結局、それは見送りましたが、これも検討の対象となるでしょう。また、他のグループで行っているこの種の活動を積極的に紹介したり、協力したりすることも考えられます。
私自身は、このような事態になっても、さほど平和運動が盛り上がらない事態を考えると、平和論や平和運動そのものに対しても問題提起する必要性を感じています。ちくま新書では、そのような議論を思想的に提起しています。
勿論、議論だけでは不十分で、実践的な展開が重要でしょう。とりあえず、鎌田氏らの平和運動「足の裏で憲法第9条を考える会」では、それを実践的に発展させようという動きが現れているので、私はそれに個人的に協力しています。前回の会の後に先方のMLに送ったメイルを資料15に付しておきます。「楽しい平和運動」を求める若者の希望が強いので、それに合わせて意見を述べたものです。これだけでは何のことかわからないでしょうが、ご参考までに。
●資料1:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=269510
ビンラディン氏は生存し世界中でテロを計画中=インターポールのトップが語る
2002 年 11月 9日
●資料2:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=268359
バリ島テロでアル・カーイダ犯行声明…CNN報道
2002 年 11月 8日
●資料3:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=268388
2004年の再選に狙い定めるブッシュ米大統領
2002 年 11月 8日
——————————————————————————–
●資料4:
イスラエルで早くも新外相と首相の対立高まる=両者とも党首選に照準
2002 年 11月 8日
——————————————————————————–
資料5:
●http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=269354
◎対イラク武力行使も辞さず=安保理決議の完全履行要求-米大統領
2002 年 11月 9日
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●資料6:http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=268202
アラファトもフセインも1年後には過去の人=イランで政変あり得る――イスラエル元対外情報機関長官
2002 年 11月 8日
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●資料7:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=265823
イランを標的にするのは最大の誤り=英外相がイスラエル首相を痛烈批判
2002 年 11月 6日
——————————————————————————–
●資料8:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=266567
◎イスラエル、戦争なら選挙延期も=米はイラク絡みで政局注視
2002 年 11月 6日
●資料9:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=265013
イスラエルのモファズ新国防相が正式就任
2002 年 11月 5日
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●資料10:http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=268431
◎弾道弾迎撃ミサイルを公開=イラクの攻撃けん制-イスラエル
2002 年 11月 8日
———————————————————————-
●資料11:http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=267808
◎米とパトリオット発射演習=イスラエル
2002 年 11月 7日
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資料11:http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=266742
スカーフの上に「融和」の装い
2002 年 11月 7日
資料12:http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=264335
イスラム系野党が圧勝 政局不安定化も
2002 年 11月 5日
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資料13:
それ故、先述した自制心をアメリカが失って、イラク攻撃などのように、当初考えられたような大量報復作戦ないし大軍事作戦を行なった時には、――湾岸戦争の時と違って――イスラームの信仰心と同胞感情が煽り立てられる。アラブ側が長期的に文明の旗の下に結集してゆく、という危険な状態が生まれかねないのである。
敢えて最悪の展開を考えてみよう。ここに現れてくる危険があるのは、次のような悪夢のシナリオである。勿論、当初は、アメリカ始め西側が人的・物理的に大きな損害を与え、アメリカ国民は喝采を送るだろう。既にタリバーン政権の転覆には成功したし、アル・カーイダなどの過激派組織を壊滅させることもできるかもしれない。フセイン政権についても同様であろう。
しかし、アフガニスタン、パレスチナ、さらにイラクといった民衆の犠牲の大きさと攻撃の残酷さを見て、イスラームの同朋意識やアラブ民族主義と、アメリカら西側への敵愾心は、ますます高まるだろう。いずれ別の原理主義的組織がテロ攻撃を再び企図し、テロと報復という悪循環が繰り返される内に、文明間の衝突の図式はますます深刻になっていく。前述の2002年10月の連続テロは、その不気味な前兆のようにすら思われる。
これは、ある意味では、正に21世紀の「新しい戦争」である。アメリカが軍事力で何回打撃を加えても、相手は国家ではないから、完全な終戦とはならない。断続的にテロと報復が繰り返されるのであり、日常生活が常に戦場化する危険が生じてくる。テロを防止するために、アメリカ自身も戦争国家化・兵営国家化する危険が存在しよう。
戦争直後に既に、‘CIAを強化し、外国人暗殺への加担を容認する’という恐るべき方向が、パウエル国務長官から示唆され、その後、予算や秘密工作活動は大幅に拡大された。同時多発テロ後、僅か数日で「反テロ愛国法」が施行され、テロリストの疑いのある外国人を司法手続きなしに7日間拘束できることになった。そして、超保守派のアッシュクロフト司法長官の下で、容疑の不明確なムスリムやアラブ系住民を秘密に長期間予防拘禁したり、事情聴取を行ったりしている(矢部武『テロ後のアメリカいま「自由」が崩壊する!』KKベストセラーズ、2002年)。ここには、明らかに人権侵害が存在し、マッカーシズムの再現の危険が存在する。
ビン=ラーディンの「アル・カーイダ(基地)」の活動家は約55カ国にわたっている上に、テロ組織のネットワーク「ユダヤ人と十字軍に対する聖戦のための国際イスラーム戦線」は、15カ国以上の国・地域31グループと提携しているという。このように、イスラーム過激派は一国だけに存在するのではなく、アラブの多くの地域に存在するから、数年以上に及ぶこの戦いは、規模においては、もはや西洋文明とイスラーム文明との「小さな世界戦争」と呼んでよいのではなかろうか。
これは、確かに両次の世界大戦のように、数カ国の間で明確な宣戦布告を行なって国家全体で突入する世界大戦ではない。しかし、国家間ではなく、テロ組織との間で開始される「世界戦争」なのかもしれない。
両次の世界大戦のように、この世界戦争も、多数の戦線を持つ。まず初めがアフガニスタン戦線であり、次いでフィリピン戦線、イエメン戦線などの小さな戦線が既に開かれている。そして、今やイラク戦線が準備されているのである。当初は、アフガニスタンだけの戦争かと思われていたが、実はアメリカ当局の真意は、このような世界規模の戦争を遂行することにあったのであり、アフガニスタン戦争は第1戦線に過ぎなかったのである。
アメリカ自身が、テロ直後から、この報復作戦には数年ないし数十年かかると言っているのだから、この戦いは何年かかるかわからない。そして、何よりも恐ろしいのは、今まではテロには批判的だったイスラーム教徒の多くが、アメリカやイスラエルの暴力行為を眼前にして、「聖戦」の論理に共感してゆくようになってしまうことである。少数の過激派を根絶しようとして始めた戦いが、逆に原理主義者や過激派を増やしてしまうかもしれないのである。
12億人というイスラーム人口を考えると、この結果が最も恐ろしい。無辜の民を虐殺すればするほど、敵の兵士が増えていくかもしれない――これが、この新しい「世界戦争」に潜む危険な動力学なのである。
しかも、これがさらに国家をも巻き込んだ大戦争に発展しない、という保証もない。アメリカのイラク先制攻撃は、この危険を孕む。先述したように、湾岸戦争は、当初イラクのクウェート侵略から始まったものであり、イラクはそもそも必ずしもイスラーム的な国家ではなく、むしろ世俗的なバース党のフセイン強権支配の国だから、イラクは広くイスラーム世界の支援を受ける事にはならなかった。
しかし、途中から戦争目的の再定義を行い、クウェートからの撤退をソ連などに仄めかす一方で、イスラーム教的な論理を用いてイスラエルとの「聖戦」を謳い、イスラエルに向けてスカッド・ミサイルを発射した。幸い、当時のイスラエル政権は自制的な対応を行い、他のアラブ諸国もイラクの意図を信用しなかったので、このイラクの挑発が本格的な文明間の衝突に発展する事は避けられたのである。
しかし、もしアメリカがアフガニスタン攻撃に止まらずイラクまで攻撃するようなら、今度はイラクが侵略したのではなく、アメリカが先制攻撃を行うのだから、イラクの「聖戦」という論理は信憑性を帯びてくる。そして、イラクは再び同じように――今度は初めからイスラエルに向けて――ミサイルを発射し「聖戦」を呼号しかねない。
イスラエルの現政権は、ただでさえ好戦的でパレスチナとの紛争を激化させているシャロン政権である。その時、イスラエルは抑制的な対応を為しえようか? いや、おそらく猛反撃を企てるであろう。既に、その場合には反撃することをイスラエル政府は決定し公表しており、アメリカまでが自制を求めずに事実上追認しているのである(2002年10月16日)。
しかし、今回の火種は、領土目的のクウェート侵略ではない。イスラーム過激派による「聖戦」である。とすると、その時、イスラームの人心はいかなる方向に動くだろうか? 穏健派政府といえども、アメリカやイスラエルの支持は躊躇うであろう。
ブッシュ親子とフセイン大統領との因縁を思うと、いわば「第2次湾岸戦争」が起こることになろう。これは、フセイン打倒のためのブッシュ家の「私戦」とすら言えよう。これに対して、今度はイラクが戦争目的を「聖戦=防衛的ジハード」とする事に成功してしまう可能性も、否定できない。
もし、上記のような論理で、イスラーム原理主義者が増えてしまうと、今後、アラブ穏健派諸国が転覆し、イスラーム原理主義政権ないし「原理主義国家」の樹立に繋がってしまうようなことが起こりかねない。パキスタンの総選挙で原理主義政党の連合体「統一協議会連盟」が伸長した(2002年10月12日)のは、このような傾向を表し不気味である。
実際、原理主義者が批判するように、いわゆる穏健派諸国の政治は腐敗しており、貧富の差や専制などを見れば、民主主義的観点からも政体の変革が望ましい場合が少なくない。しかし、その結果が原理主義政権にならない保証はない。むしろ、かつてのアルジェリアで危険が存在したように、民主主義的過程によって原理主義政権が成立する危険すら存在するのである。
さらに、もし原理主義的政権が多数成立すると、それらが連携ないし合体して西洋文明に挑戦する危険すら、完全に起こりえないとも断言できないだろう。スンナ派のイスラーム政治思想においては、イスラーム共同体(ウンマ)全体が選んだ一人の元首(カリフ)の下で、全ウンマが結束し、シャリーアを法源とする単一の「カリフ」国家を再興することが、理念型的な理想とされるからである(中田考『イスラームのロジック』講談社、2001年、244頁)。
ビン=ラーディンの右腕アイマン・アル=ザワーヒリーが属するエジプトのジハード団などは、西洋実定法を施行するイスラーム政権に対して、その政権打倒を企てる「革命のジハード」論を採用しているという。このような「対内ジハード」の論理は、カリフ国家再興を目指す論理(漸進主義―ムスリム同胞団、カリフ革命論―イスラーム解放党)と容易に結びつくであろう(中田考『ビンラディンの論理』小学館文庫、2002年)。
もし、このようなイスラーム原理主義が勝利することがあれば、その暁に成立する政治体は、通常の「国家」ですらなく、西洋的な「国家」観念を超えて、イスラームの理念に基づいた文明的国家ないし超国家となるかもしれないのである。
勿論、このようなことは簡単には起こりえない。しかし、このような大混乱ないし大変動の可能性も全く存在しないとは断言できず、イスラーム原理主義者達の目標はむしろこのような事態を引き起こすことにある。そのような混乱の結果として、10年・20年先には昨日の勝者と敗者が入れ替わってしまう可能性もまた、完全には否定し切れない。特に、アメリカが大不況や恐慌に突入して軍事的に退却するようなことがあれば、このような危険は現実味を帯びるであろう。
既に、アフガニスタン戦争は、パレスチナ問題に飛び火してしまった。死者は既に 人を超し、既に「パレスチナ戦争」と呼ぶべき水準に達している。これがさらにイラク戦へと拡大するような事になれば、これは正真正銘の「文明の衝突」、さらには「第3次世界戦争」へと拡大しかねない。これぞ正しく、ハンチントンが警告した通りの悪夢のシナリオであり、聖書のハルマゲドンすら思わせる黙示録的戦争になりかねないであろう。
果たして、アメリカは、このような危険を直視しているだろうか? 摩天楼倒壊事件が、第2次世界大戦におけるサラエボ事件にならない保証は、どこにあるのだろうか?
この最悪シナリオは、あろう事か、劇画やSFないし巷間の「破滅予言」に似てしまっている。しかし、それも止むを得ない。そもそも飛行機による摩天楼倒壊という事件自体が、それ以前には、SFやアクション映画としか思えないようなものだし、ビン=ラーディンが持つと伝えられた地下47メートルの隠れ家も、007シリーズに登場するような悪人の秘密基地に似ている。硬派の雑誌すら、同時多発テロ事件直後には「世界戦争」とか「世界恐慌」などというタイトルの特集や記事を載せる状態だったのである(例えば、『AERA』緊急増刊、no.42,9月30日号、「新『世界戦争』が始まった」。)
「1999年7の月」には大した事件は起こらなかったので、世間を騒がせた『ノストラダムスの大予言』などの著者(五島勉ら)は、面目を失墜する事になった。そのせいで、終末論を信じる人は日本では少なくなったであろう。これは、健全な傾向である。
しかし、楽観してもいられない。「2001年9の月」には、逆にその「予言」が幾分か真実味を帯びてきてしまった(※)。私達は、このような黙示録的世界を避ける道、超える道を全力で模索しなければならないのである。
※     現に、五島努は、早速、英国人女性の一解釈者が、1972年刊行の本で、同時多発テロ事件を予見していたと主張した。それによると、彼女は、有名な「1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる」(第10巻72番)を唯一人「テロの大王(The Great  King of Terror)が空から降ってくる」 と訳していた。さらに、1巻87番の詩を「ニューヨーク中枢の複数の摩天楼の複数のタワー」である「センター」が「(上から)攻撃」され、「爆発」する、と解釈していた、という。
この説の真偽について、筆者は知る由もないし、それを調べる気にもなれない。しかし、この解釈によると、世に喧伝されてきた「1999年7の月」の世界の終末は、実は2年後の同時多発テロのことだった、ということになるのである!(五島努『イスラムvs.アメリカーー『終わりなき戦い』の秘予言』青春出版社、2002年)。
資料14:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=255495
ワシントンとサンフランシスコで大規模反対デモ
2002 年 10月 27日
資料15:
皆様
小林です。私も、■■さんと似たような感想を持っています。私としては、具体的実践に向けて問題提起を事前にしていたので、そこから振り返ってみます。
●やはり、この会にとって「楽しみ」という要素が非常に大事であることが確認されました。ただ、会合自体が楽しみというだけではなく、「平和運動自体も楽しくしたい」という方向性が表れたような気がします  。
●従来通りの形で継続するのか、それとも実践的に発展させるのか、という点については、特に若い方々からは意見表明はあまりなかったように思います。■さんが述べられたように、時間切れで議論できなかった、と  いうところでしょう。
●■さんが挙げられた以下の二つの方法の内、今のところ、前者の方法を支持 する人が多いような気がしました。オペラや踊りなども、こちらに近いだろうと思います。
当日述べたとおり、平和の探求は、生き方の模索と重なる部分が多いので、これは重要な方法だろうと思います。私個人としても、時間に余裕があれば、この側面についても話したいことは少なくありません。
●しかし、同時に事態の緊急性を考えてみると、私は後者の方法も重要だろうと思います。前者だけだと、特に平和運動という形を取る必要性は少なくなり、この会が平和運動である所以は、やはり後者のような現実的方向性も、合わせ持つことにあるだろうと思います。
● そこで、私としては、この双方の方向性を両立させる形の運動を模索したらどうかと思います。例えば、皆の話を聞くとか踊る・歌うというような要素と、声明や署名などの実践的アピールなどの要素を共に行うことは可能でしょう。大きなイベントを行う際にも、この双方を組み込めば良いだろうと思います。これは、当日■先生が言われたような、いわば理念と感性の統合という事にもなるだろうと思います。
●当然、人によって重点の置き方は違って良いと思います。私自身は後者の方に自分のエネルギーを注ぎたいと思いますが、前者の要素を後者の内容に反映させることは可能だろうと思います。
●会議の最後に少し話したように、皆さんの話から次のような要素は、理論的にも述べることができるでしょうし、また運動の中に反映させることができるだろうと思います。右側が、概念です。
・文化の相互承認、そのための対話ーー多文化主義、コミュニタリアニズムの相当
・共通項。共同性ーー同上。
・スポーツ、音楽などの方法ーー技術、芸術ーアート技芸術
・平和の波ーー理念波
・平和の道ーー平和道
・物質主義に対して、アジア的なものを取り戻すーー和から平和へ
・イデオロギーを超える感情を核にーー和楽
・楽しい平和ーー和楽
・平和の希望、平和の喜びーー積極的平和
●これらを踏まえて、この運動で私が重視したいと思うようになったのは、以下のような観念です。
アート・オブ・ピース(平和術、平和芸術)
楽しい平和運動(平和道、平和波)、楽しい平和術
平和の人々、和楽の人々
和楽ないし楽和の運動 、和楽運動、和楽術
政治や実践的運動の暗いイメージを変え、「政治術ないし政治芸術」、「運動術ないし運動芸術」を創造する。例えば、デモなども、このような芸術の場にする。
●私が緊急論説で書き、現在ちくま新書からの刊行に向けて改訂中の文章では
「和戦」という概念を提起しました。
「和の、和による、和のための戦い」です。
http://homepage2.nifty.com/public-philosophy/Ny3.htm
「和楽」と「和戦」とは、良いペアになると思います。そこで、少し「和楽」の方も付けておこうかと思います。会議中に述べた「アイデア」というのは、以上のようなものです。

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「国立追悼・平和祈念施設と公共の神学-ヤスクニ問題は解決するか-」 稲垣久和(東京基督教大学)

木曜日, 10月 3rd, 2002

日本クリスチャン・アカデミー関東活動センター (2002.10.3)
国立追悼・平和祈念施設と公共の神学
-ヤスクニ問題は解決するか-
稲垣久和
1. 何のための宗教間対話か。
(1) 救いの確かさの確認か?
一口に宗教と言っても色々なタイプの宗教が存在している。個人の救いよりも共同体の祭祀が目的の宗教も存在している。宗教間対話の目的はまずはそれらの宗教的実存に生きる人々が互いの宗教を知る、という意味があろう。人はよく知らないものに不安をもつ。知らなければ不安のみならず敵意をもつ場合もあろう。したがってお互いに知り合うことは何であれ「人間の営み」として意味がある。 さらに「救い」を強調するタイプの宗教であればその救いの構造の類似点や相違点を知り、互いに学びあうということが考えられるし、現に私自身がそれを個人のレベルで体験した。
(2) 地上の平和の形成のためか?
しかし宗教には個人的な面と同時に共同体的な面があることを理解すれば、互いの平和共存という目的のための対話が考えられる。共同体といっても幾つかのレベルがあろう。このとき特に重要なのは国家というレベルでの平和共存である。それは平和を破壊するのは戦争、つまり国家がその主体となる人間の殺し合いであるからだ。国家対国家が戦争をして殺し合いをやるのだが、一国家内の市民もこれに駆り出されて、自由を奪われ人殺しをさせられることになる。宗教はこういうとき、何よりも平和のために作用して欲しい。
2.“宗教”は生の意味と死の意味を与える。
(1) 宇宙の中での人間の位置(認識)
(2) 私の生きる意味(私人の地平)
(3) 社会生活の意味(公共世界)
(4) 死の意味(すでに死んだ人々も含む)
ヤスクニ神社は特に戦没者の霊を祀るという意味で他の神社とは違う。
3.“市民社会”の形成 → 公共性とは“他者感覚”の問題
(1) 共同体とは比較的同質な価値を共有する人々からなる。
共同体は幾つかの方法で定義できるであろうが、私の定義は上記のようなものだ。日本人の感覚ではムラ社会がその典型であろう。しかし例えば現代のキリスト教会のようなものも共同体に含めていいと思う。もっとも私が念頭においているのは国教会ではなく自由教会であるが。そして、国家は共同体として考えるよりも、異質な価値をもったさまざまな共同体を法律で束ねたもの、と考えたい。ただ、今、ここで最も深く考えたいのは市民社会という概念である。これは西欧近代にその起源をもっている。国家がトップ・ダウンに法によって治められるのに対して、市民社会は生のニードに応じてボトム・アップに形成される、と考えたい。だから市民社会はどうしても多様性がその特徴となる。今日的な議論では公共性と呼ばれるものだ。
(2) 公共空間とは異質な価値を持つ人々からなる、他者との共存の場。
今日の公共性の議論は、西欧近代の市民社会と国民国家が決して理想的なものではなく、20世紀に二度も野蛮な大戦を経験したという現実を踏まえていなければならない。今、問題を「異質な他者との共存」という面から整理していきたい。なぜなら戦争の背後には人種差別、他国蔑視、という観念がまずあってこれが国家という装置に名を借りた殺し合いに発展していくからである。したがって今日の公共性の議論の背後に「異質な他者への理解」が中心的なこととして存在している。国家は公共空間の一部に過ぎず、公共空間はinterestの空間として国境を越える。今日、国家をどう定義するか。Common goods を押し進めるものとして国家を定義すればトマスの伝統から神(宗教)がそこに入ってしまうので、あえて世俗的なcommon goods(共通善)を法に従って押し進める装置とでも定義するのがよかろう(そうであるならばspecial grace(神) とは区別されたcommon grace として国家を定義する方がよかろう)。もう一つの定義は権力装置すなわち主権の概念によってであるが、このとき主権概念を脱構築する必要がある。これがボトム・アップな領域主権の概念であり日本国憲法の「国民主権」の言葉をこのように解釈すべき。
(3) 公(=お上)ではなく、公と私の間に市民が開く「公共性」が必要。
ところが日本の歴史から言えることは、民衆がボトム・アップに国家を形成してきたのではなく、権力者が上から民衆を支配する構図が圧倒的に強かったということである。この体質を改めていくには西洋以上に、公と私=個人の間に、共同体ではなく、ボランテイア・アソシエーション(結社)を媒介させていく訓練が必要であろうということだ。国家の権力というものはなくならないが、しかし市民的結社が力をつけることにより、権力を分散していく方向をとるということ。同じような儒教的体質を持った韓国ではこれがNGOなどの形でかなり強力に出来つつあることを、5月の瀋陽の日本領事館事件などを通して見た。多様なNGOをボトム・アップに形成しこれらNGOが領域主権を持つと解釈することにより、新たな公共哲学が形成される。
4.国立追悼・平和祈念施設の是非
(1) 近代国民国家形成期は西洋においても戦争を繰り返し、そのたびに市民に多大な犠牲が出た。帝国主義の時代には第三世界人民の犠牲。戦死者処遇はどこの国でも問題であった。これへのベストの解決は存在していない。ただ“過去の戦争”の性格をよく学習し、戦争はもう起こさないという決意(これは教育によるしかない)が必要。そのためにはたえずそれを「想起させる(erinnern)施設」があってもよい(国立墓苑等々)。一つの“物語”を共有するグループはそこでそれぞれのやり方で過去の歩みを憶え反省すべき。
(2) 靖国神社は日本近代史に独特の役割を果たした宗教施設であり、近代国家形成後の軍国主義の象徴であったから、これは廃止すべき。ただ一宗教法人の神社として残る可能性はある。それでも国家は一切関与すべきではない(教会(神社・仏閣)と国家の分離)。
(3) 日本人の宗教意識と過去の歴史から言えることは、靖国的メンタリテイー(祖先崇拝、死者をカミとして祀ること)はまず日本からなくなることはない。日本のキリスト者は“他者感覚”として彼らの信教の自由を認めること。但しそれを国家から切り離すこと。それには代替施設を造る以外に方法はない(「過去の戦争に限定」などの条件つきで)。
(4) 「未来の戦争」を起こさないためには国家主権を分散すべき。市民グループも主権(sovereignty)を持つことの自覚(consociational democracy=多極共存民主主義)。市民が国境を越えた平和と交流の活動を自覚的にやることにより、相対的に国家主権を弱体化していく方向で活動すること。→ 今日その徴候はある。
(5) [...]

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時評:ジェニンの虐殺と聖誕教会ーーアメリカーイスラエル超国家主義と祈りの空間 小林正弥(千葉大学)

日曜日, 4月 21st, 2002

時評:ジェニンの虐殺と聖誕教会ーーアメリカーイスラエル超国家主義と祈りの空間
■1.ジェニンの虐殺
■2.歴史の逆説
■3.歴史的教訓の欠如
■4.アメリカーイスラエル超国家主義批判
■5.大日本帝国とアメリカ世界帝国の自称「自衛戦争」
■6.アメリカの国際機関クーデターとベネズエラ・クーデター失敗
■7.聖誕教会包囲の象徴するものーー戦争と愛
■1.ジェニンの虐殺
パウエル国務長官の調停が事実上失敗に終わりました。イスラエルはパウエル国務長官との約束によってジェニン、ラマラやナブルスなどから撤退を行っている ものの、これはアメリカを懐柔するためで、その一方ではガザ地区の南部の難民キャンプなどへ侵攻しており、ラマラの議長府やベツレヘムの生誕教会の包囲も 続けています。アメリカは事実上、これらを容認しています(資料23)。
ジェニンでは、約200(当初のイスラエル側主張)-数百人 (パレスチナ側主張)のパレスチナ人が殺戮されたという悲惨な事件が起こりました(17日の公共哲学フォーラム112及び資料1参照)。イスラエル軍は、 この凄惨な事件を隠すために死体をすぐに埋葬し、現在は数十人の死者に過ぎないと主張しているようです。1982年のベイルートの虐殺(死者約1000 人)を想起させる、虐殺行為の再現です。
中島勇氏によると、この激しい市街戦により、パレスチナ武装集団が「ジェニンの戦い」を手本にして「準国家」的な防衛組織の変化し、衝突が「国家間戦争」に転化してしまう危険があるということです(資料2の最後)。
こうなると、本当の「パレスチナ戦争」そのものとなります。イスラエル側は、軍の犠牲を避けるために、戦車だけではなく、ーー既に今回も使った(9 日)ーー戦闘機を本格的に用いて攻撃するかもしれません。この結果は、自治区において「虐殺」が繰り返されることになるでしょう。3日の緊急時評で書いた ように、自治区完全再占領やパレスチナ人の追い出し・排除などへと将来進むことも、考えられるでしょう。
このような事態が放置されると、本当の中東戦争に転化する危険が危惧されます。そのような危険について、軍事的に分析した文章として、資料9をご覧下さい。
幸い、パレスチナ側の訴えるジェニンの虐殺について、イギリスなどでも戦争犯罪であるという国際的な非難が高まり(資料8)、国連安保理はジェニンに現地 調査団を派遣する決議を採択しました(19日)。アメリカのバーンズ米国務次官補(中東担当)ですら、ジェニン難民キャンプを視察して、「むごすぎる悲劇 だ。パレスチナの数千の民間人が甚大な苦しみを被ったことは明らか」と述べ、イスラエル軍の作戦を暗に批判しました(20日)。ワシントンでも、大規模デ モが行われました(21日、資料12)。
このような追及や批判を徹底的に進めることが、イスラエルを制約することになり、以上のような悪夢の事態を防ぐことにつながるでしょう。イスラエルの完全撤退と議長の解放が実現することを期待したいと思います。
■2.歴史の逆説
振り返って考えてみると、歴史の逆説がここには存在します。20世紀の歴史において、最大の虐殺は、ナチス・ドイツのユダヤ人殺戮(ホロコースト)であ り、その目的はいわば「民族浄化」でした。それ故に、戦後ドイツはーー「南京大虐殺」などを引き起こした日本と共にーー厳しく糾弾され、そのような悲惨な 事件が二度と起こらないように、多くの人々が最大限の努力を傾注してきたのでした。
戦後の社会科学における最大の目的も、このような悪夢が再現 することのないようにすることだったと言っても過言ではないでしょう。他の様々な論点については、多様な意見が存在しているにもかかわらず、この1点にお いては、殆ど全ての社会科学者や多くの良識ある市民が一致していたと言ってよいでしょう。これは、戦後の社会科学における最大公約数に他なりませんでし た。
旧ユーゴなどにおいても、非人道的な殺戮行為が起きたとされたが故に、「人道的介入」の妥当性が主張されたのでした。この場合は、 その主張の正当性について多くの議論があったのですが、今回のパレスチナ大侵攻においては、殺戮行為の存在は、英米系メディアによってすら明確に報道され ており、疑う余地がないように思えます。
責任者たるイスラエル側の主張を除けば、非人道的な虐殺の発生を疑う声は殆どありません。驚い たことに、フライシャー報道官は、イスラエル・ロビーの圧力を受けたらしく、パレスチナ寄りの調停と見られることを恐れて、シャロン首相を「平和の人」と 呼びました(!)(資料3)。正気の表現とは思えません。
ここにおける最大の歴史的逆説は、かつてナチス・ドイツに虐殺されたユダヤ人 の作った国家・イスラエルが、今度はパレスチナ人に対して、文明国としては最大規模の虐殺行為を行っているということです。かつて同胞が虐殺されたからと 言って、それとは無関係な他者・弱者を殺戮して良いはずはありません。私には、イスラエルの繰り返す殺戮行為は、未来の世界において、かつてのナチスや軍 国主義・日本のように厳しく指弾されるようにーーそして指弾されるべきなようにーー思えます。
■3.歴史的教訓の欠如
戦後ドイツや日本は、他国から批判されただけではなく、内部の民主派によって、自国の過去を自己批判して、超国家主義やファシズムといった誤りを繰り返す ことのないように努力を積み重ねてきました。日本の場合、その成果は決して十分とは言えず、再び頭をもたげてきた国家主義に対して、警戒しなければなりま せん。しかし、ここには、ともかくも歴史の教訓が存在します。
これに対して、反「テロ」世界戦争において恐ろしいことは、アメリカやイ スラエルにおいては、そのような「歴史の教訓」が存在していないということです。イスラエルは戦後に建国されたわけですから、当然第2次世界大戦の教訓は ありませんし、むしろナチズムによる被害者という自己正当化があるのみでしょう。4回にわたる中東戦争は、軍事力の行使に反対する歴史的教訓よりは、むし ろ軍事力行使の必要性という「歴史的教訓」をもたらしているようにすら思えます。
他方、アメリカはベトナム戦争以外にはほとんど敗北し たことがない国ですし、湾岸戦争の勝利によってベトナム戦争の教訓は忘れられてしまったようです。現在のアメリカにおける異様な愛国心・ナショナリズムの 高揚は、国内における反戦の言論の自由を封殺していますから、もはや「健全なナショナリズム」ではありえません。
イスラエルの強硬姿勢の背景には、やはり国民のナショナリズムの高揚があります。
「12日付イスラエル紙マーリブの最新世論調査によると、シャロン首相の支持率は下降気味だった1カ月前の35%から59%に上昇した。今回のイスラエル 軍による軍事作戦「守りの壁」を支持する人は75%に上った。また、アラファト議長の「追放策」を62%が支持したからだ」(資料3)
このために、内閣には超保守派が入って連合政権が強化された反面、労働党は政権離脱ができなくなっっているようです。さらに、与党の保守党リクードにおい ては、シャロン首相以上に強硬な姿勢を取るネタニヤフ氏の人気が上昇しているということです(公共哲学フォーラム105参照)。
アメリカやイスラエルにおいては、過剰な愛国心やナショナリズムの結果として、悪事を行い手痛い敗北を喫するという歴史的体験がないために、このような事態が容易に起こると思えるのです。
■4.アメリカーイスラエル超国家主義批判
これは、戦前の日本と同様の、「超国家主義(ウルトラ・ナショナリズム)」と呼んでもよいのではないでしょうか。これまで私は「超国家主義」という概念 をーー丸山眞男に従ってーー戦前の日本についてのみ使用してきました。しかし、今回の事態を見て、アメリカーイスラエルにも適用できるのではないか、と考 え始めました。
かつて丸山眞男は、戦前日本の超国家主義を厳しく反省する論理を提示したとともに、冷戦と共に始まったアメリカのマッカーシズム (やソ連のスターリニズム)にも厳しい批判を行いました。マッカーシズムの吹き荒れるアメリカには、「ファシズム化」が始まっており、冷戦下にあっては 「国際的反革命の総本山となっった」アメリカを「戦後ファシズム」の代表例として批判したのでした(1)。
ここには、普遍的原理に基づいて言論を行う知識人の栄光が存在するでしょう。例えば、「自由」の原理によって、戦前日本の軍国主義を批判するが故に、翻って、「自由」を圧殺しているアメリカのマッカーシズムを批判しなければならないのです。
保守派の国家主義者は、しばしば丸山を「西洋贔屓」とか「西欧かぶれ」と見なして、ヨーロッパやアメリカを賛美する反面、日本を自虐的に批判したかのよう に描き出します。しかし、丸山は決して、現実に存在するアメリカやヨーロッパを無条件に賛美する「西洋贔屓」ではありませんでした。彼は、確かに西洋的な 「自由の理念」を擁護しましたが、それは普遍的な理念であるが故に、その理念によって、現実の西洋に対しても厳しい批判をすることがあり得たのです。
この精神を想起すれば、私達は、日本の国家主義や官僚主義を批判するだけではなく、現在のアメリカやイスラエルにおける「超国家主義」をも厳しく批判しな ければならないでしょう。丸山の場合、「超国家主義」が通常の「国家主義」と異なる所以は、公私が分化せずに、天皇制国家が「倫理的実体として価値内容の 独占的決定者」であったという質的特質に求めました(2)。この意味では、アメリカもまだ戦前の日本のような「超国家主義」にまでは至っていないかもしれ ません。しかしながら、自国の利益を「正義」と見做してそれを絶対視しその「正義」の名の下に他国民を犠牲にするという点では、現在のアメリカーイスラエ ルも、戦前の日本とは別形態ながら、やはり「超国家主義」と呼んでもよいように思えるのです。
そこで、一般的に、他国民を犠牲にしない「健全な 国家主義・国民主義」と区別して、他国民を犠牲にする国家主義を「超国家主義」と定義したらどうでしょうか。この場合、戦前の日本は「日本型超国家主義」 であったのに対して、現在のアメリカやイスラエルは「アメリカ型・イスラエル型の超国家主義」と言うことが出来ると思うのです。
さらに、アメリカにおける反戦の言論弾圧を考えれば、「社会の強制的なセメント化・同質化」というーー丸山が定義した意味におけるーーファシズム化が始まっているとも言えるかもしれません。
最近、学識のあるはずのアメリカ専門家や研究者の一部が、現在の状況においてもなおアメリカを賛美し擁護するのを目の当たりにして、私は驚いてしまいまし た。しかし、考えてみれば、それほど極端ではなくとも、大なり小なり日本人の多くは、心理的にアメリカを批判できなくなっているのかもしれません。
確かに、アメリカは戦後日本にとって、民主主義や地方自治のモデル国の一つであり、多くの知識人が、アメリカを批判することを躊躇するのも、心理的に理解 できなくはありません。しかし、この精神の構造こそが、国家主義の批判する「西洋(アメリカ)贔屓」「西洋(アメリカ)かぶれ」に他ならないのです。
自由という普遍的理念に基づいて戦前の日本超国家主義を否定する者は、その論理的帰結として、今日のアメリカーイスラエル超国家主義をも批判しなければな りません。逆に言えば、反「テロ」世界戦争における超国家主義を批判することのできない者には、日本軍国主義における超国家主義も批判する資格がないと 言って良いでしょう。
■5.大日本帝国とアメリカ世界帝国の自称「自衛戦争」
イスラエルやアメリカの主張に従って、この攻撃は「自衛戦争」だから正当だという反論があるかもしれません。既に様々な箇所でこの論理には批判を加えましたから、ここで繰り返すことはしません。ここでは、戦前の日本超国家主義との類似性に注意を喚起しておきましょう。
戦前の日本は、中国などを「侵略」すると称して戦争を起こしたでしょうか? 否、その場合にも「自衛」という名目が使われました。例えば、満州事変におい ても、日本が既に中国に軍事的に進出している事態を顧みずに、現地で起きた暴動などを背景に、(実際は柳条湖事件は、石原莞爾らの謀略であるにもかかわら ず)中国側が仕掛けた暴挙であるとして、正当防衛の戦いと自称して軍事的な侵略を行いました。これは、現在の反「テロ」戦争の論理とどこが違うのでしょう か? 一般的には9・11同時多発テロは、アメリカが仕掛けた謀略ではないとされていますが、過去の政策を反省せずに、事件に対して自衛戦争と称して軍事 力に訴える点は同じです。
当時の「大日本帝国」は、「帝国」の外交的・軍事的政策を反省することなく、「匪賊」討伐という「自衛」目的と称して 戦争を拡大していったのです。そして、第1次近衛内閣は、「国民政府を対手とせず」という声明を出して(1938年1月16日)、もはや引き返せない泥沼 に突入していきました。これは、シャロン首相が自治政府を「テロ支援体制」と決めつけ、パレスチナ自治政府のアラファト議長との接触を一切絶つと断行を宣 言した状況(昨年12月13日)とよく似ています。やはり、この断行声明から、今日のような戦争状態へと突入してしまったわけです。
こ [...]

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時評「核戦争の危機に面してーーイラク戦に対する反核平和」 小林正弥(千葉大学)

水曜日, 4月 3rd, 2002

1.核使用策定計画の衝撃ーー戦争で核兵器が行使される世界
2.反「テロ」世界戦争への拡大ーーイラク戦線開始
3.イラク攻撃の外交的準備ーー不名誉な日米枢軸
4.イラク攻撃のための停戦ーー便宜的なパレスチナ和平圧力
5.核行使の誘惑ーー不審なアナコンダ作戦の「教訓」
6.アメリカ帝国の夷狄討伐世界戦争ーー死線の完全突破
7.世界戦争への拡大と長期化ーー次期大統領選への戦争選挙戦術
8.イラク戦の最悪シナリオーー核戦争と中東戦争
9.被爆国家・日本の世界史的使命ーー絶対的反核の貫徹
10.戦後日本公共哲学の絶対的当為ーーー絶対的公共悪に対する和戦
.
.続報(3月29日追加)
■1.核使用策定計画の衝撃ーー戦争で核兵器が行使される世界
既にご存じだと思いますが、9日付ロサンゼルス・タイムズは、アメリカが7カ国に対して非常時の核使用計画策定と、より小型の核兵器開発を指示していたこ とを報じ、さらに10日付ニューヨーク・タイムズは生物化学兵器貯施設を標的にした核攻撃シナリオの策定指示を報じました。核兵器使用の対象に挙げられて いるのは、ロシアをはじめ中国、北朝鮮、イラク、イラン、リビア、シリアで、「悪の枢軸」3国だけでなく、中国やロシアまでも対象に入っています。文書で は、核の使用が想定されるケースとして、(1)通常兵器では撃破できない敵(2)核や生物・化学兵器による攻撃への報復(3)予想を超える軍事上の展開、 の三種類が明記されていると報じられています。
日本の新聞が本格的に報じたのは10日で、私は会議のため山口でこの記事に接して、非常 に大きな衝撃を受けました。中国新聞では10日の一面トップで大きく扱っており、全国紙よりも本格的に報道していました(資料3)。おそらく、これは中国 新聞が広島県もカバーしているためだと思われ、参考資料に見ることができるように、中国新聞の報道はこの件に関しては全国紙よりも充実しています。
アメリカ当局者は核使用計画策定の方は政治的考慮から否定していますが、民間研究所グローバル・セキュリティーが核兵器開発指示の文書の抜粋をHPで公表 しましたし(資料13)、ラムズフェルド国防長官は情報漏洩を怒り(資料10)、ボルトン国務次官(安全保障担当)が事実上認める発言をしておりブッシュ 政権の核攻撃の可能性を認めている(資料11、18)ので、報道が真実であることは確実です。参考までに、資料14にそのHPに掲載されている機密文書 Nuclear Posture Review[Excerpts]を付します。
既に2月22日の段階でボルトン国務次官)が「核不拡散条約に加盟している非核保有国 には核攻撃をしない」というカーター政権以来の方針を変更する姿勢を見せていました(資料1)から、これが政権レベルで決定されたと見て良いでしょう。こ れは、核不拡散防止条約体制をますます揺るがせるものです。そして、大統領自身が、イラク・北朝鮮などに対して、大量破壊兵器開発に対して先制核攻撃も辞 さないという言明をしました(資料9)。また、前述の秘密文書では、
「一、米国が備えなければならない「直近」「潜在的」「予測不能事態」の三形態の対応計画を想定。核攻撃能力の設定に際しそれらに応じられる戦力を用意。
一、「直近の対応計画」は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による対韓国、イラクの対イスラエル攻撃や台湾をめぐる武力衝突など。

一、北朝鮮、イラク、イラン、シリア、リビアは三形態のいずれかに属するが、北朝鮮とイラクは特に恒常的な軍事的懸念となっている。いずれもテロを支援、保護し大量破壊兵器とミサイル開発が活発。」(資料12)
とされており、特に北朝鮮の韓国攻撃、イラクのイスラエル攻撃、中国の台湾攻撃は、核使用を備えるべき「直近」の事例として具体的に挙げられています。
冷戦時代には、核兵器は抑止力とされており、万一使用されたら人類滅亡の危険を孕むものの、使用することのできない兵器と見做されていました。然るに、この核使用策定計画においては、むしろ具体的な危機において使用することが想定されています。
しかも、テロ支援や大量兵器開発が上記文書では挙げられていますから、政権は、現在の反「テロ」世界戦争において核兵器を使用する可能性を本気で考慮していると考えなければなりません。広島・長崎を始め、世界各地で批判が始まったのも当然です。
核の時計の針が動かされたのも当然です。広島・長崎以来の核兵器使用の危険が、高まっていると言わざるを得ません。これを知って、衝撃を受けないでいられ ましょうか? 核不拡散体制が危機に瀕するのみならず、アメリカは戦争で本当に核兵器が行使される世界へと舵を切ろうとしているのです。これは、黙示録的 世界に他ならないでしょう。
■2.反「テロ」世界戦争への拡大ーーイラク戦線開始
パキスタンでは、ウォール・ストリー ト・ジャーナルのダニエル・パール記者の誘拐・殺害事件(1月)に続き、昨日もイスラマバードのキリスト教会で手投げ弾テロがあり、アメリカ外交官家族を はじめ5人死亡、40人が負傷しました(17日)。今後も、様々なテロが続発することが懸念されます。
これに対して、アメリカは既に反 「テロ」世界戦争を、第2戦線以下へと展開させています。アフガニスタン戦争も継続していますが(アナコンダ作戦)、フィリピンを皮切りに、グルジア、イ エメンにも米軍が派遣されつつあり、さらにはコロンビアやスーダン・ソマリアなどへも派遣が検討されているようです。いよいよ戦線は世界中に広がり、ーー 世界大戦でこそないもののーー「世界戦争」の実質を備えてきたと言って良いでしょう(資料16)。
この焦点が対イラク戦争であること は、言う迄もありません。アメリカは、イラク攻撃には既に法的根拠がある(個別的・集団的自衛権を定めた国連憲章51条、停戦決議(安保理決議687)違 反)と主張しており(資料17)、フセイン政権打倒の意思を固めていることは確実です。
実は、同時多発テロとイラクの関係はさほど強く ないわけですが、アメリカ内部では、ーー同時多発テロとは別にーーフセイン政権が核武装する危険性が高いことを論拠として、それ以前に打倒すべきであると 論じられています。この点については、タカ派とハト派の間に大きな差はなく、その論争は主として時期(タカ派ー即刻、ハト派ー時期尚早)と方法に関しての ものとなっているようです(1)。前回述べたように、反「テロ」の論理から反「大量破壊兵器」の論理へと転換しているのは、主としてこのためでしょう。イ ラクの大量破壊兵器=核武装を阻止して、その前に攻撃するということに趣旨は尽きています。
現在は、具体策を練っている段階と思われ、アメリカでは
1.イラク反体制勢力を支援してフセイン大統領のクーデター・暗殺などを企てる。
2.アフガニスタンの場合のように、空爆を加え、イラク反体制勢力を支援する。
3.本格的地上軍投入。
というシナリオが公然と語られ、議論されています。
フォーラム75でお知らせしたように、1.や2.の段階は既に始まっており、CIA工作員は既にイラクに潜入しているようです。つまり、空爆などの本格的な戦争は勿論現在準備段階ですが、既にそのための第1段階は始まっているのです。即ち、
「【ワシントン28日共同】二十八日付の米USAトゥデー紙は、米中央情報局(CIA)がイラクのフセイン政権を打倒するため、内外の反体制組織を支援する秘密計画を進めていると報じた。米政府当局者や元CIA高官の話として伝えた。
同紙によると、CIAはイラク北部で活動する反体制クルド人組織や南部のシーア派イスラム組織の武装化や軍事訓練を計画。同時にイラク軍兵士の寝返り工作を進めるという。
ブッシュ大統領は三週間前にCIAのフセイン政権転覆計画を承認。最近、米外交官やCIA工作員がイラク北部に潜入した。
米政府はイラク内での工作と並行して、欧州で活動するイラクの反体制派組織イラク国民会議(INC)の元将校らを集めた会合を財政面で支援する。
ブッシュ大統領は大量破壊兵器を生産しているとしてイラクを「悪の枢軸」と位置付け、あらゆる手段でフセイン体制を打倒する意向を表明。軍事行動も辞さない構えで、国防総省は二十万人の米軍兵員を含む対イラク攻撃計画の検討を始めている。」(資料20)
この記事に続く情報として、ごく最近にも
「イラクの反政府勢力、イラク国民会議(INC)幹部は、米政府がフセイン政権打倒をめざす元イラク政府高官と数週間以内にワシントンで協議することで合意したと述べた」と報じられました(資料18)。
しかし、INCやクルド人勢力などのイラクの反体制派は、フセイン政権に比して弱小なので、アフガニスタンの場合のように北部同盟を空爆で支援するような 形では政権打倒に成功する可能性は必ずしも大きくないと考えられています。湾岸戦争の後でも、フセイン政権は北部クルド人武装勢力やイラク南部の反政府勢 力の蜂起を鎮圧したからです。
そこで、1や2の可能性を試みながらも、それで不十分な場合に、3の地上軍投入というシナリオが論じられています。この場合、一般的に25万人ぐらいの投入が必要とされています(2)。
これに即して、イギリスはその1割の2万5000人の出兵を検討しているようです。ブレア首相は支持を表明するに至り、来月5日からテキサス州の大統領別 荘でブッシュ大統領と会談してイラク攻撃への協力を表明する見通しです。さすがに、イギリス国内でも、閣議でクック院内総務を始め複数の閣僚が疑念を表明 して政権内部ですら異論が噴出し、60人を超す与党労働党議員らが「対米支援への懸念」を盛り込んだ動議案に署名しました(9日、朝日)。
■3.イラク攻撃の外交的準備ーー不名誉な日米枢軸
このために、アメリカは何とかイラク戦についての国際的支持を取り付けようとしています。その起点がブッシュ大統領の日本訪問(2月18-19日)でし た。後で親書が朝日新聞でリークされたように、実は日本経済を非常に懸念していたわけですが、表舞台では小泉首相を「偉大な改革者」として持ち上げて、イ ラク戦を念頭に反テロ戦争への支持を取り付けようとしたわけです。流鏑馬の鑑賞は、この訪日の意図を象徴的に表すものでした。馬上からブッシュ大統領が矢 を射る流鏑馬のイラストを送られて、「我々は悪と戦っている」と語った通りです。その矢で「テロリスト」を射ようというのでしょう!
ブッシュ大統領は、「日本は米国の最大の本物の友人の一人だ」とし、「アジア歴訪を日本から始めたことには重要な理由がある」として、日米同盟の意義を強 調しました。同時多発テロ事件以降「日米同盟の強さと、日本の地球規模の欠かせない役割」が示されたとして、対米支援に謝意を表明し、「自由は勝ち残る。 文明
とテロは共存できない。テロを破ることによって世界の平和を守る」と述べました。対イラク軍事行動についても、強い語調で「全ての選択肢はあ る。テーブルの上にそのまま載せておきたい。何一つ排除したくない」と述べて、イラク戦を考えていることを明確にしました。悲しいことに、日本の首相はそ れに応えて事実上の支持表明を行ってしまいました(以上、朝日18ー19日)。
日本との絆をことさらに謳ったのは、フランスやドイツ (フィッシャー外相)をはじめとするヨーロッパ諸国、さらにはイギリスですらイラク戦争には反対の気運が強いからです。特に、フランスはジョスパン首相・ ベドリヌ外相・リシャール国防相と一致して批判しており、アメリカを苛立たせています(資料22・23)。そこで、アメリカは最も従順な日本から最初に公 式な支持を取り付けることにしたものと思われます。
日本は、やはりアメリカの最も従順な随従国家であること、一の子分国家たることを表 してしましまいました。北朝鮮が「日米イスラエル」こそ「悪の枢軸」と批判しています(資料21)が、この時点では、実際に日米枢軸とでも呼べる状態だっ たのです! アフガニスタン戦争の時にも日本政府は最もアメリカに随従で最も早く軍隊派遣を決めたので、私は論説で「日英米枢軸」と批判的に揶揄しました が、今回はヨーロッパが明確に批判しているので、イラク戦への支持形成における日米枢軸が誰の目にも際だっています。
反「テロ」世界戦争のイラク戦線は、日米枢軸によって準備が開始されたことーーこれほど平和国家・日本にとって不名誉なことはないでしょう。
■4.イラク攻撃のための停戦ーー便宜的なパレスチナ和平圧力
現在は、チェイニー副大統領が10日から中東12カ国を歴訪中で、イラク攻撃への支持を取り付けようとしていますが、ヨルダン・エジプト・イエメン・オ マール・アラブ首長国連邦に続いてサウジアラビアすらもイラク攻撃に反対し、基地提供などの協力に難色を示しました(16日)。中東諸国からすれば、湾岸 戦争当時と違ってイラクの脅威は現在はさほどないのに対して、パレスチナ問題は深刻な情勢にあるからです。
そこで、アメリカは、中東諸国の支持を確保するために、パレスチナ国家に言及して「イスラエルとパレスチナの二つの国家」の平
和共存を求める国連安保理決議案を初めて提出しました(12日)。そして、サウジアラビアのアブドラ皇太子の中東和平構想にも関心を示し、これまでとは姿勢を変化させて、イスラエルの強硬策を批判して和平に応じるように圧力をかけ始めました。
イスラエルはますます凶暴になっており、ラマラ制圧というような最大規模の軍事作戦を行いましたが、ジニ米特使の仲介に当たって、アラファト議長の軟禁を 解除しました。さらに、アメリカの強い圧力を受けて当初の決定を変更し、ラマラなどから撤退して、停戦に応じて交渉の席に着く姿勢を見せています。16日 には、「シャロン首相が17日に三者会談を開催して停戦宣言をする」という声明を首相府が勇み足で発表し後撤回しましたが、18日には「自治区域からイス ラエルが撤退した後はパレスチナ政府が治安維持にあたる」という現場司令官の合意が成立して停戦宣言へと準備が進みつつあるようです(朝日、夕刊18 日)。
パレスチナ国家の承認は重要ですし、停戦自体は、勿論望ましいことです。しかし、この背景を考えると必ずしも素直に喜べません。 アメリカの和平圧力は、イラク攻撃のための便宜的なものに過ぎず、この停戦は、仮に成立したとしても、イラク攻撃の下準備に他ならないからです。それ故、 遅くともイラク攻撃が終わってしまえば、また元の状態に戻ってしまうことが危惧されます。あるいは、それまでも持たず、ジニ特使が帰ってしまえば崩壊する かもしれません。シャロン首相が本当に全占領地からの撤退をする気になるとは到底思えないからです。おそらく、単にアメリカの圧力を受けて一時的に譲歩す るに過ぎず、自爆テロなどをきっかけにしてーーあるいはパレスチナ側幹部暗殺などによってそのような事件を発生させーー再び強硬策に戻る機会を虎視眈々と 伺うことでしょう。
アフガニスタン戦争の段階でも、開戦以前にアメリカはイスラーム諸国の支持を得るために、パレスチナ国家構想に言及 [...]

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「悪の枢軸」を語る「戦争屋」――アメリカ世界帝国主義論と「米帝」中東・朝鮮戦争の脅威 小林正弥(千葉大学)

土曜日, 2月 16th, 2002

「悪の枢軸」を語る「戦争屋」ーーアメリカ世界帝国主義論と「米帝」中東・朝鮮戦争の脅威
 ■1.「悪の枢軸」発言ーー対イラク先制攻撃言明
田 中外相更迭(29日)に隠れてしまったため、同じ日に行われたブッシュ大統領の一般教書演説(資料1)はさほど日本のマスコミに報道されなかった。しか し、これは、外相更迭事件と同様に信じがたいものであり、日米双方の政権の低劣さと危険性をこの二つの事件以上に明確に語るものはない。
 この演説の問題点は、次の3つであろう。
1.イラクに加えて、北朝鮮とイランとを「悪の枢軸(Axis of Evil)」と呼んだこと。
2.対テロの論理を用いながら、「大量破壊兵器」所持国への戦争を示唆し、実質的には、戦争の論理を変更・拡大したこと。
3.自衛戦争という名目を捨て、事実上の先制攻撃の可能性を示唆したこと。
  これは、ブッシュ大統領個人の思い付きではなく、その後にライス・ラムズフェルトら政権首脳がそれを敷衍する発言を行い、大統領は「対アフガニスタン戦が 成功したからといって、本気ではないと思っている人達が世界にはいるが、我々に躊躇いはない」として、「各国も我々の側につく必要がある」と同調を要請し た(資料3)。さらに、穏健派のパウエル国務長官までが、大統領の強い指示に従って強硬姿勢に転じ、下院外交委員会で、フセイン政権打倒を「米国だけで行 わなければならない」「考えうる最も深刻な行動もありうる」と述べた(8日、資料11)。
  従って、イラク等の攻撃は既に政権全体の意思と見做さなければならず、副大統領の中東歴訪はイラク単独攻撃への布石と見られている(資料9)。アフガニス タン攻撃の際に、政権内部で強硬派は当初から大量報復攻撃としてイラクも同時に攻撃することを主張し、パウエルら慎重派の抵抗で、その実施を先延ばしにす ることとした。いよいよその時期が到来し、正に大量報復攻撃を開始しようとしているわけである。今回は、ロシア・中国などが批判しているのみならず、フラ ンス(ベドリヌ外相、ジョスパン首相)やイギリスのような欧州の友好国までもが批判的なので、アメリカ一国で攻撃に出るという信じがたい凶暴な姿勢を見せ ており、この姿勢は現在でも変わらない(資料17)。
■2.「文明の対話」を破壊する戦争国家ーー邪悪なのはどちら?
  思想的に見て驚倒したのは、イラク・北朝鮮だけではなく、イランまでも「悪の枢軸」に入れたことである。同時多発テロ事件やアフガニスタン戦線について、 イランは比較的アメリカに好意的な姿勢を取っており、突然攻撃対象になる現実的理由は見当たらない。パレスチナへの武器輸出事件への関与を疑っているけれ ども、それだけで攻撃対象になるとは思えない(1)。タリバーン政権の場合は、その原理主義的な時代錯誤の硬直的思想の故に、思想的には擁護できなかった が、イランの穏健派・ハタミ政権の場合は、全く事情が異なる。
 ハタミ大統領の著書『文明の対話』(共同通信社、2001年) は、思想的にも相当評価できる良質の著作であり、むしろこのような角度からこそ、「文明の衝突」の危機を避け、文明間の平和共存が可能になると思わせるも のであった。ある意味では、イスラーム圏の現状の中で、ハタミ大統領は、いわば「哲人大統領」のような存在であり、「文明の衝突」を回避するための希望の 星であった。イラン内部では、なお強硬な保守主義的勢力も強いとはいえ、ホメイニ師がイラン革命を起こした国で、このような優れた思想を大統領が述べるこ との意味は決して小さくはない。さらに、現実の外交にも、同時多発テロ事件後にその改革派路線は明確に反映していたのである。
 イランは「文明の対話」を提唱していた。それを「悪」と呼ぶ国家は、すなわち「文明の対話」を破壊する戦争国家である。どちらが、「邪悪な国家」だろうか?
■3.「文明の衝突」をもたらす「悪の帝国の戦争屋」
  テロとの直接的関係もないのに、イラクを攻撃し、さらに反テロ戦争に比較的協力的だったイランまでも「悪」と規定して、果たしてイスラーム諸国ないしムス リムはアメリカを支持し続けることができるであろうか? これでは、「テロ組織」どころか、原理主義ですらなくとも、アメリカの攻撃の対象になり得ること になる。穏健派のイスラーム国家ですら、アメリカの随従し続けない限り、先制攻撃を受ける危険が存在することになってしまう。過激派ならずとも、正統的な ムスリムから見てさえ、これはアメリカの暴虐な支配であり、「防衛的ジハード」の対象にならないであろうか?
  「文明の対話」を提案して国連のプロジェクトにまでした国家を攻撃するようでは、「文明の衝突」を自ら引き起こそうとするかのうようである。敵対していた イランとイラクとを共に「悪の枢軸」と規定することは、逆にこの二国の間の提携、ないしイランと他のラーム諸国との提携をもたらすかもしれない。シーア派 のイランとスンニ派のイスラーム諸国が提携することの意味は決して小さくはない。イスラーム内部の思想的対立が乗り越えられて、イスラームとしての連帯感 が現在以上に生まれてくるかもしれないからである。
  これまでは、イランーイラク(まして北朝鮮)の外交的提携ないし「枢軸」などは、存在しなかった。しかし、この愚かなアメリカの規定により、そのような 「枢軸」が生まれてきたら、どうするのだろうか? イスラーム陣営の結集という可能性が生まれてくる。これは、ハンチントンの「文明の衝突」のシナリオ通 りなのである。アフガニスタン戦線は、幸い「文明の衝突」にまでは至らなかった。しかし、アメリカは、本当の「文明の衝突」を引き起こしたいのだろうか?
  北朝鮮が「悪の枢軸」に対抗してアメリカを「悪の帝国」と呼んで非難した(資料8)のは、今までの行動パターンから見てむしろ当然の成り行きであろう。し かし、極めて理性的で教養の深いハタミ大統領が「戦争屋的な態度」と呼んだ(資料5)ことは、無視しえない。革命記念日(11日) には、イランは反米一色になり、大統領も「米国の政策はシオニストに影響されている」と述べ、「イラン国民を根拠なく侮辱することは許さない」、(「米国 に死を」と叫ぶ群衆を前に)「米国の指導者達は、自分が世界の支配者だと思っている。大人気ない彼らに目覚めてほしい」と演説したという(朝日、12日、16日、資料18も参照)。
  まず間違いなく、思想的に見れば、アメリカ政権担当者よりもハタミ大統領の方が高い教養・見識を有しており、北朝鮮の場合のように、その言を単純に扇動と 片付けるわけにはいかない。ビンラディン氏やオマル師の場合ですら、精神性においてはアメリカ当局者を凌駕しているのではないかと疑ったのであるが、ハタ ミ大統領の場合は、精神性は言う迄もなく、理性や教養においても優劣は明らかであろう。
  ハタミ師の反米演説は、決して単なる扇動演説ではなく、アメリカの非常識な態度に困惑した上での批判であろう。「大人気ない彼らに目覚めてほしい」という 言には、私も全く同感である。北朝鮮の金総書記ですら、「悪の枢軸」と名指しされて「思い悩み痛ましい様子」であったという(資料22参照)。
 イランはおろか、北朝鮮の言うことは、全て非合理な宣伝であるという常識がここでは当てはまりそうもない。「悪の枢軸」を語る者こそ、「悪の帝国の戦争屋」であるかもしれないのである。
■4.アメリカの国益による戦争ーー介入の真実
  ここから改めて明らかになったことは、例えばオマル師・タリバーンやフセイン大統領の思想や政策が非人道的だから、人々を助けるためにアメリカが攻撃する のでは全くない、ということである。ハタミ大統領のイランが非人道的で民衆を虐殺しているという報道があっただろうか? 保守派の抵抗が強くてイランの自 由化がさほど進まない、という点ならば、聞いたことがある。しかし、自由化を推進しようとしている大統領を頂く国を攻撃することが、「人道的介入」だと は、さすがのアメリカも言い得ないであろう。
 ア メリカは、多くの場合、それらの政権の人々を救うために爆撃しているのではなく、自らの「国益」(と信じるもの)を達成するために爆撃しているのである。 アメリカの介入事例を見ればこれは自明であるが、この自明の理を直視しない論者が多いので、敢えて強調しておきたい。タリバーン政権の残虐な刑や女性抑圧 から、民衆を救うために爆撃するなどというのは、全くの戯言である。
  タリバーン政権の厳格な刑によって、北部同盟支配下の犯罪行為の横行が抑止されたのであったし、女性「抑圧」は、アフガニスタンの田舎の習慣の強制であ る。女性抑圧により爆撃するならば、サウジアラビアも爆撃しなければならないであろう。既に、新政権の下で犯罪の増加が報道されている(資料23)し、ド スタム将軍など軍閥同士の内紛や地方勢力間の武力衝突が伝えられている(2)。それどころか、この文章の執筆中に、政権内部の反目で、国防省のアブドラ・ ジャン・タフィディ司令官、カランダル・ベグ国防次官、ハリム検事らによりアブドル・ラーマン航空・観光相が殺害されるという驚くべきニュースが飛び込ん できた(資料22)。再び内戦状態に戻って殺戮が始まらないように願うばかりである。
 それ故、タリバーン政権攻撃の名目は、戯言であると同時に、アメリカの宣伝ないし扇動(プロパガンダ)なのである。アメリカの軍事行動の目的は、敵対者の討伐という一点にある。この 真実から目を逸らして、例えば「解放されて喜ぶ女性」の映像を流すこと、それに踊らされることは、「戦争宣伝(プロパガンダ)」に惑わされているのであ [...]

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時論「戦争と平和――アフガニスタン、中東、そして日本」 小林正弥(千葉大学)

金曜日, 12月 7th, 2001

時論「戦争と平和――アフガニスタン、中東、そして日本」
1.対テロ戦争の世界的拡大という戦慄の恐怖――アフガニスタン戦争から中東戦争へ
戦況は大きく変化し、マザ―リ・シャリ―フ(11月11日)・カブール陥落(13日)・クンドゥス投降(25日)などにより、北部同盟が北部を占拠し、 ベール(ブルカ)を脱いで喜ぶ女性達の映像が流れています。ボンでは、現在、政権構成の協議が4派で行なわれており、皇太子妃の出産で湧く日本では、あた かも戦争は――南部で抵抗するタリバーンの残党を除けば――終わったかのようです。アメリカでは、「最も偉大な国の力」を自賛する声が、あちこちで聞かれ ます。
しかし、私の心は晴れません。アフガン国内は、北部といえども無政府状態で、マザリ・シャリーフ近郊でのタリバーン投降兵の反乱 と全員射殺という(アムネスティー・インターナショナルなどが調査を要求した)残酷な事件や、メディア関係者の死などが報じられています。そして、何より も、南部では、まだカンダハル周辺で抵抗を続けるタリバーン軍に対し、アメリカの爆撃が最大規模で激しく続いています。
報道量が減ってい るだけで、一般市民の死も勿論続いています。クエッタの病院には、連日民間人の犠牲者が運び込まれているようです(11月27日、朝日)。また、東部の ジャララバード近辺では、ビンラディン氏らが潜伏していると見て、連日集中的に爆撃を続けており、この文章の執筆中にも、2つの村で住民50人が死亡した と伝えられました(12月1日)。
アメリカは、遂に本格的な地上作戦を開始してしまいました。「迅速な自由作戦」と命名したそうです。カ ンダハル近郊の空港を制圧して前線基地を作り、特殊部隊約400人だけではなく、海兵隊約1000人まで投入して、計1500人で、カンダハルを死守しよ うとするタリバーンとの地上戦に突入しようという構えを見せています。
それどころか、ブッシュ大統領は、26日に、宿敵・イラクと、テロ組織の存在する諸国へと対テロ戦争の拡大を示唆しました。湾岸戦争が繰り返される危機、いわば第2次湾岸戦争が起こる危険が現実化してきました。
さ らに、イスラエルで、エルサレム繁華街(1日)・北部のハイファの路線バス(2日)で連続自爆テロが起こり、計27人死亡、200人以上が負傷という恐る べき衝撃的なニュースが飛び込んできました。昨年来の衝突の中で最大級の事件で、アメリカが特使を派遣して進めていた停戦仲介はこのため崩壊寸前となり、 パレスチナ自治区では全域に非常事態宣言が出されました。イスラエルは、既に同等以上の報復を宣言しています。
ブッシュ大統領は「正当化 できない殺人行為」と非難し、訪米中のシャロン首相と予定を繰り上げて会談し、シャロン首相はすぐ帰国しました。今回は、アメリカは自制を公式にはイスラ エルに求めず、ただ7日間の猶予期間を自治政府に与えるように求めました。この間に自治政府が、犯人の逮捕や支援組織の壊滅をしなければ、あたかも報復を 容認するかの如き態度です。
ブッシュ大統領が「正義をもたらす」というアフガニスタンについては聞きなれた句を使ったのが、非常に気にな ります。前観光省暗殺時にイスラエル首相が主張したような、対テロ戦争の論理を、ブッシュ大統領が用いているように見えるからです。その時には、アメリカ は――自分自身はアフガニスタンに対して用いた――対テロ戦争の論理に反対して、イスラエルに自制を求めました。そして「パレスチナ国家」案への支持を表 明して、和平の仲介を試みていました。これは、戦争開始後の、最も賛成出来るアメリカの外交的変化でした。然るに、自治政府がテロに責任があるとしてしま えば、自治政府は和平の当事者からテロ擁護政府という事になってしまい、議長や自治政府は、オマル師やタリバーンと同列の存在と見做す事になりかねませ ん。
こうなれば、むしろ自治政府自体が攻撃の対象となってしまいます。現に、イスラエル内部では、最早アラファト議長には期待できないと して、議長や自治政府をも攻撃の対象とするべきである、という議論がなされています。既にハマスら強硬派は攻撃の対象としており、今回の自爆テロは、ハマ ス幹部ら3人の暗殺(11月23日)の報復です。この攻撃をを自治政府にまで拡大してしまえば、後に残るのは、アフガニスタン同様の戦争しかないでしょ う。北部アフガニスタンで戦火が収まった途端に、パレスチナで戦争が始るわけです。これこそ、私の恐れていた事態に他なりません。
時評 で、「米、地上作戦開始」と「イスラエル軍のベツレヘム侵攻」という記事が並んだ日(10月20日)の衝撃を述べましたが、ここ数日に、この双方が共に拡 大された形で再現されているわけです。10月の段階では、地上作戦といっても特殊部隊に限定されていましたが、今回は海兵隊です。ベツレヘムなどパレスチ ナ自治区に侵攻した戦車は、その後アメリカの圧力で撤退しましたが、今度もこのようになる保証はありません。最悪の場合は、和平が破綻し、戦争がパレスチ ナで始まる危険も無視できません。
つまり、現在は、始まってしまった「アフガニスタン戦争」が、――ブッシュ大統領の意思により――イラ クとの「第2次湾岸戦争」に、あるいは「世界対テロ戦争」に、そして――アメリカの意向さえ超えて――「パレスチナ戦争」へと拡大する危険を迎えている訳 です。第2次湾岸戦争とパレスチナ戦争が同時に始まってしまえば、これは「中東戦争」全体になりまねません。「第 次中東戦争」ということになるでしょう か。こうなってしまえば、「文明の衝突」ないし「文明間戦争」へと発展してしまう危険が現実化してきます。これは、戦慄の恐怖としか言いようがないでしょ う。この状態で、どうしてお祝い気分になれましょうか。
もし、このようになってしまえば、いわばアメリカの言う「対テロ戦争」は、アフガ ニスタンで終わるのはなく、むしろアフガニスタンは第1戦線であり、これに、イラクやパレスチナという第2・3戦線が続いていく事になります。これは、 「世界戦争」に他ならないでしょう。以下では、これらの危険を順に見ていく事にしましょう。
2.アフガン戦線:戦局転換における既視感――タリバーン「敗走」と湾岸戦争の「勝利」
振り返って見れば、現在のように、アメリカ軍が圧勝し、戦っていた反米側がたわいもなく敗れ去ったように見えたことが、かつてもありました。そう、湾岸戦 争におけるイラクの「敗北」です。その時、父ブッシュ大統領は、勝ち誇って勝利宣言をし、「新世界秩序」の到来を力説したのでした。あの時、皆様は、それ を信じ、そこに希望を託したでしょうか。
私は、信じませんでした。当初は、「独裁者」のフセイン政権も、アメリカの力により終止符が打 たれるように見えましたが、結局は生き残り、先に政権を去ったのは、ブッシュ大統領の方でした。そして、(湾岸戦争後にアメリカ軍が「聖地」・サウジアラ ビアに駐留を継続している事に憤った)イスラーム過激派が、9月11日に同時多発テロを起こし、全世界は、湾岸戦争の深刻な帰結に漸く気付いたのでした。 湾岸戦争でアメリカは、本当に勝ったのでしょうか?
ブッシュ親子は、そしてアメリカは「勝利」を信じたいのでしょう。ですから、その 帰結として生じた今回の事件でも、タリバーン政権を打倒し、アルカイーダを始めとして、テロ組織を根絶する「戦争」に勝利して、その「勝利」を不動のもの としたいのでしょう。しかし、歴史は、そのように展開するでしょうか。私には、むしろ、現在のアメリカの歓喜は、10年前の勝利宣言と重なって見えるので す。湾岸戦争の
時と同じように、いずれアメリカは、その帰結に直面せざるを得なくなると思えるのです。
以前、次のような点について、これらをアメリカが犯すと、アメリカにとっても危険だと警告しました(公共民9 時評など)。
①本格的地上戦突入
②イラクなどアフガニスタン以外の国への攻撃
③パレスチナ問題の発火
④無辜の民の犠牲者数
心情倫理からすれば、そもそもアメリカの攻撃は首肯し難いものです。結果倫理からすると、極めて限定的な攻撃の場合は別にして、大量報復攻撃は、アメリカ にとってすら危険な帰結を招くが故に、愚かなのです(拙論第2部参照)。そして、この4点を犯せば犯すほど、それは大量報復の発想に近づき、従って結果倫 理からみても誤りです。
空爆開始後4週間に及ぶ、タリバーンの予想外の抵抗によって、アメリカのメディアにおいてすら、一時、ベトナム戦 争のような泥沼化が懸念されました(時評?参照)。戦局が好転したので、一転して楽観論が圧倒的になっていますが、アメリカの友として、敢えてこの時点で 上の警告を再度繰り返したいと思うのです。
3.地上戦の罠――ベトナム戦争化の危険は未だ去らず
空爆に限定している限り、――倫 理的には非道であっても――アメリカ軍に大量の死者が出て、敗北することはありえません。逆に言えば、当初北部でもタリバーンが抵抗をした点については、 戦術的には疑問の余地があります。一方的に空爆を受けていれば、戦力の消耗が激しいのは、理の当然だからです。4週間の間持ちこたえたのを見て「一寸の虫 にも五分の魂」という言葉を思い出しましたが、――戦前の日本と同様に――精神力にも限界があるというものでしょう。タリバーン側の撤退は、人的・物理的 損害のために、軍事的に北部の拠点を支えきれなくなったことを意味します。
従って、戦術的後退とか民間人の犠牲を避けるための撤退とい う、タリバーン側の説明を鵜呑みにする事は出来ないでしょう。しかし、問題は、この先にあります。軍事的撤退の結果、戦勝気分に酔ってアメリカ側が地上に 降りれば、アメリカ軍にも生命の危険が生じるからです。もしタリバーンが現在の難局を軍事的に凌ぐ事が出来れば、地上戦の可能性が生まれ、逆にタリバーン 側にも勝機が生まれてきます。つまり、タリバーン側が主張しているように、結果として「戦術的後退」をしたことになるのです。
純戦術的 に考えれば、タリバーン側は、初めからゲリラ戦を中心にした方がよかったかもしれません。現に、このような判断が指導部にあるから、マザリシャリフ陥落直 [...]

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「追悼 終戦への祈り――アフガニスタン・テロの犠牲者に捧ぐ」 小林正弥(千葉大学)

月曜日, 10月 8th, 2001

追悼 終戦への祈り――アフガニスタン・テロの犠牲者に捧ぐ

1.開戦の衝撃――文明の名の下の蛮行
遂に始まってしまった。10月7日――これが「開戦」の日である。
  9月末より、アメリカの対応に若干の自制心が働き、一度は攻撃を直前に中止して、国務長官らが中東・中央アジアを歴訪して限定攻撃を示唆していたので、いきなり大量報復という最悪の事態は避けられると少し安堵していた[i]。再構成したHPのトップ・ページの背景色も、これに合わせて、赤から藍色に変更した。今回の攻撃は、その意味では予想通りだが、やはり「開戦」という事態の意味は深刻である。
  アメリカ国防総省提供の映像で、出発する巡航ミサイルがテレビに映されている。しかし、その到着先では、何が起こっているだろうか? 画面には何も映されず、日本も含め各国首脳の戦争支持のコメントが次々流される。我々にはまだ、空爆の被害の大きさを知る由もない。
  まず間違いなく、何人ものアフガニスタンの無辜の民が既に亡くなっているだろう[ii]。そして、2-3日間は続くという空爆の間に、今からもさらに死んでいくだろう。如何にテロ組織と軍事的施設に限定した攻撃と言っても、民間人が誰も死なないという事は、まず考えられない[iii]。 湾岸戦争時には、国防総省の発表ですら、トマホークの的中率は約1割にしか過ぎなかったという。逆に言えば、それ以外の9割は、幸い誰にも当たらなかった か、罪なき民を殺したか、どちらかである。昨夜の攻撃では、ビンラディン氏やオマル師は、無事だったと伝えられている。つまり、第1撃では、「犯人」や 「敵国」指導者は死なず、民が亡くなった訳である。これは、「文明を守る」という名分の下の、殺人であり、「文明」の名の下の「蛮行」である。

  これは、ロシア ン・ルーレットのような世界である。アフガニスタンの人々の立場になって考えてみよう。この3日間ぐらいに、間違いなく、誰かが突然飛来するミサイルや、 爆撃によって死ぬ。それは、私か、あなたか、それとも同胞の誰かである。ここには、殺人の恐怖がある。これは、米英による国家的なロシアン・ルーレットで あり、――論説第2部で書いたように――国家的テロではなかろうか? これは、アフガニスタンに於ける米英の「国際的国家テロ」なのである。 
  アメリカ・テロ事件の犠牲者の時と同様に、アフガニスタン・テロ事件の犠牲者を追悼の意を捧げたい。既に、死者は出てしまった。せめて、アフガニスタン・テロ事件の犠牲者数が、アメリカ・テロ事件の犠牲者数を上回らない事を祈りたい。
2.失われた、生命と解決の可能性――「白鳥の歌」の危険性
私は、一切の「戦争」が起こらない事を願いつつ、NYテ ロ事件発生以来、全力で「論説」を書き続けてきた。報復の悪循環を繰り返す事なかれ――この倫理的観点からすれば、既に、この第1撃だけで、恐れていた事 態は起こってしまった事になる。アメリカは、既に殺人を犯し、これはイスラムの側に憎悪を引き起こしているからである。失われた生命は、最早戻らない。そ して、パキスタンのデモの激しさを見よ。ビデオに現れたビンラディン氏の訴えを聞け。これらは、将来に禍根を残すに違いない。  
  ビンラディン氏 は、「米国民が味わっている恐怖は、これまで我々が味わってきたものと同じだ。我々ムスリムは80年以上、人間性と尊厳を踏みにじられ、血を流してき た。」と言い、――「広島・長崎では何十万の人もの老人や若者が殺されたが、米国は犯罪だとは認めなかった」と日本への原爆投下にも触れて(!)――(イ ラク・パレスチナ・アフガニスタンなどへの「破壊行為」を糾弾しない)西洋の二重基準(ダブル・スタンダード)を非難した。そして、「米国民よ、私は神に 誓う。パレスチナに平和が訪れない限り、異教徒の軍隊がムハンマドの地から出て行かない限り、米国に平和は訪れない」と結んだ。この言葉を、テロリストの 正当化とのみ聞いて嘲笑すべきではあるまい。おそらくは死を目前にした「イスラム聖戦士」の「白鳥の歌」ないし「最後の言葉」として、イスラム教徒の中で 反響し、死後にますます英雄化される危険に目を向けなければならない。
  私から見てすら も、アメリカが――湾岸戦争以来――サウジアラビアに駐留を続けている必然性は、余り存在しないように思われる。パレスチナ問題の解決はすぐには困難であ るにしても、例えばサウジアラビアの駐留軍の撤退は、極めて容易な決定である。湾岸戦争の後に、アメリカ軍がサウジアラビアに駐留を続ける必然性など、そ もそもなかったのではなかろうか? その傲慢な決定が、ラディン氏らを怒らせ、今回の「テロ」事件を発生させたのだから、アメリカ政府当局者は、自国の民 の犠牲について、過去の政策を反省しなければならないはずである。パレスチナ問題ないし中東問題全体が、この反省の対象になるべき事は言う迄もない。
  アメリカは、反撃 によって、血で血を洗う争いに踏み込む事無く、むしろ自らの政策を見直す事によって、問題の根源を解決すべきであった。そうしてイスラム民衆の納得を得る 事によって、「テロリスト」への民衆の同情を殺ぎ、民衆を離反させる事こそ、テロ問題を抜本的に解決する道である。かつて――今のラディン氏のように―― 悪党視されていたアラファト議長を、今や自治政府の長として遇している事を思え。これこそ、問題の解決に至る唯一の方法である。サウジアラビアからの撤兵 を即時に決定し、中東政策の根本的変更=譲歩を約束する事が、何よりも必要である。過激派はともかくとして、原理主義的勢力一般が軟化し、イスラム民衆の 抑圧感が減少する事によってこそ、テロを根絶する事が可能になるのである。
  この根本的問題か ら目を背けて論じるテロ対策は、一切が彌縫策である。まして、「戦争」は、局面の悪化を招くだけであり、倫理的にも政治的にも、もっとも愚かな選択肢であ る。過去の政策の誤りを直視する勇気を持たずに暴力に訴える事によって、アメリカは、無辜の民を殺しただけでなく、抜本的な問題解決の可能性を失ってし まった。そして、今後のイスラム・テロとアメリカ・テロの報復で、さらに多くの人命が失われるであろう。失ったものは、実に大きい。しかし、だからと言っ て、絶望感に捉われるわけにはいかない。まだ残されている可能性を検討し、さらに危険な方途を回避すべく努めなければならない。
3.アメリカの選択――その不当性と最後の一線
アメリカが自らの誤謬を反省する態度を示さない以上、NYの「テロ」に対する直接の対応ないし展開には、次のような可能性が考えられた。
①国際法に則った犯人の拘束・裁判・処罰。国際的なテロ対策。
②国連安保理決議に基づく多国籍軍の限定的攻撃。
③アメリカの自衛権行使(及び他国の集団的安全保障)による報復攻撃(以下同じ)――アルカイダに的を絞った限定攻撃、特殊部隊による身柄拘束作戦。
④アルカイダに限定した空爆と特殊部隊による作戦。
⑤アルカイダのみならず、タリバーンにも及ぶ限定攻撃。空爆及び特殊部隊による作戦。北部同盟支援などによる政権転覆と、北部同盟や元国王を中心とする新政権樹立。
⑥アルカイダ・タリバーン双方に対する地上軍投入。政権転覆と、北部同盟や元国王を中心とする新政権樹立。
⑦アフガニスタンのみならず、イラクなど他の諸国やその地の過激派組織への攻撃。
⑧イスラエルがパレスチナ過激派などを攻撃し、アメリカ軍事作戦とパレスチナ紛争とが連動する事。
  勿論、①が最も望 ましく、②―④がそれに次ぐ。アメリカの態度からして、①・②の実現は到底不可能だと思われたが、③・④には一縷の望みを持っていた。論説第2部で、タリ バーン打倒を目的とする事を激しく批判したのは、このためである。空爆を行なった場合は、民間人の犠牲者が相当出る事は避けられないから、アルカイダに的 を絞った③を望んだのであるが、空爆をしないとアメリカ軍の犠牲者が増える危険が高いので、この2つの中では、③ではなく、④に訴える事は間違いないと思 われた。
  しかし、ここまで ならば、――支持は出来ないにしても――あくまでテロ組織への反撃であり、テロ対策という大義名分が立つから、「戦争」が将来拡大し、例えば、世界戦争へ の導火線となる事はないと思われた。つまり、これまでもアメリカが数多く行なってきたような、(倫理的・法的には疑問の多い)一時的軍事的攻撃ないし紛争 介入が、拡大したような形になるであろう。勿論、心情倫理から見れば、これでもなお――合法的ではない殺人が伴う以上――認め難い。しかし、結果倫理の立 場からすれば、アメリカにとっても致命的な結果になるとは言えないであろう。
  然るに、アメリカ が当面実行したのは、大統領演説の通り、タリバーン政権をも打倒の対象とする⑤の選択肢であった。それ故、私の論説の批判は相当程度妥当する。タリバーン 打倒のために、空爆をはじめ攻撃が拡大すればすれほど、妥当するようになる。それが、大量報復と言えるような規模へと至らない事を祈るのみである。
  ビンラディン氏の 住居だけでなく、オマル師の住居を攻撃した事は、倫理的・法的に正当なのだろうか? タリバーンに抑圧されたアフガニスタンの人々を解放するため、と言う かもしれない。これは、アメリカの常套句であるが、そこには何らの国際的正統性も存在しない。これは、アメリカの自衛権に基づく「開戦」である事を想起し よう。抑圧からの解放は、断じて自衛権の問題ではない。それ故、そのような戦争目的を掲げるならば、アメリカは国際的な違法行為を行っている事になるので ある。
  空爆及び限定的な 特殊部隊の作戦で、ビンラディン氏が「生死を問わず」捕獲されれば、アメリカは軍事作戦を止めるだろうか? それとも、タリバーン政権が崩壊するまで攻撃 を続けるのだろうか? ビンラディン氏個人を捕まえるために、タリバーン政権を攻撃するならば、攻撃を停止しなければならない。しかし、アルカイダ組織の 全滅を狙うとすれば、タリバーン全体をも崩壊させなければ、アメリカは満足しないかもしれない。この時、ますます正当性は疑わしくなり、違法性が増す事に なる。
  ミサイルと同時 に、アメリカは食糧などをも投下するという。勿論、このような人道的配慮は、無いよりはましである。しかし、それが口実となって、攻撃を正当化する事は許 されない。如何に食糧を投下しても、ミサイルで死ぬ人を救う事は出来ないからである。食糧投下によってミサイルの犠牲を糊塗しようとするならば、それは憎 むべき偽善となろう[iv]。為すべき事は単純である。食糧だけを投下すればよいのである。タリバーンの地対空ミサイルが危険ならば、国際的援助機関に食糧を提供すればよいだけである。
  最後の一線とし て、この攻撃の直接・間接の被害者(飢餓や病気の拡大、難民としての死なども含む)の数が、NYテロの犠牲者数を上回らない事を祈ろう。もし、そこまで行 けば、英米軍の攻撃は、正に「報復=復讐」となり、それを超えた場合には、英米軍の方が邪悪なテロ組織という事になる。地球的ないし中立的な立場から見れ ば、最早、そこには、一片の正義も認められない事になろう。タリバーン政権を撃滅しても、テロの根絶は出来ないのだから、この攻撃によって、将来のテロの 犠牲者を助ける事になるという弁護も、不可能であろう。
  「目には目を」と いう論理を第2部で批判したが、「目」に対して顔や頭を吹き飛ばす事を認める「正義」など、古代アラビア以下である。国際法を純粋に適用すれば、アメリカ [...]

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