カテゴリ

最近の投稿

カテゴリ「平和問題」のリスト

小林正弥「平和憲法の灯火の輝き:その存在が証明された日」(08年4月19日)

木曜日, 5月 1st, 2008

4月17日に名古屋高裁で、イラクで航空自衛隊が多国籍軍を空輸していること
について画期的な違憲判決が出た。
それによれば、イラク、特にバグダッドは、イラク特措法が自衛隊の活動を認め
ていない戦闘地域に該当する。空自の多国籍軍武装兵員の空輸は他国の武力行使
と一体化しているとみなされるから、戦闘地域における武力行使ということにな
る。だから、これはイラク特措法に違反し、さらには憲法9条1項に違反する活動
を含んでいる。
平和的生存権の侵害までは認めなかったが、これに具体的権利性を認めている点
でもこの判決は画期的である。
9条をめぐる違憲判決は、1959年の砂川事件1審、73年の長沼ナイキ訴訟1審以
来の3度目であり、実に35年ぶりで高裁としては初めてである。しかも、結論は
原告敗訴なので勝訴した国側は最高裁に上告できず、これで判決が確定する。
 メディアで、喜ぶ原告の様子が報じられ、天木直人元駐レバノン大使や「自衛
隊イラク派兵差止訴訟の会」の池住義憲代表、弁護団の川口創事務局長の言葉や
姿が伝えられた。これを見て、私も目頭が熱くなり、深く喜ぶとともに、しばし
感慨に耽った。私自身はこの訴訟に直接関わっているわけではないけれども、そ
の志を共有する者としてエールを送り連帯してきたからだ。
 2003年元旦に結成された地球平和公共ネットワークにとって、天木大使が辞任
されてからすぐに行われた、「日本外交と『反テロ』世界戦争――前レバノン大
使・天木氏を迎えて-――」シンポジウム(東京大学駒場、2003年11月2日)への
協力は、その初期の重要なイベントだった。天木氏にはその後も、私たちのシン
ポジウムにパネリストとして参加していただいた。
そして、初めての独自の具体的な平和アクションとして主催したものが、イラク
派兵訴訟説明会「イラク派兵差止め訴訟を参加・応援し、憲法9条を守ろう!―
―“おかしい事をおかしい”と国に言う池住義憲さんを迎えて-――」(2004年3
月21日)だった。今でも、旧HPに残っている。
http://global-peace-public-network.hp.infoseek.co.jp/index-j.html
(以下に付しておきます)
 天木氏も加わられたこの愛知の集団訴訟に、関東からも原告として加わる人を
募るべく、この説明会を開催したのだった。私自身は、「決定的違憲」という概
念を用いてくれた山梨の市民グループ(「派兵は決定的違憲」市民訴訟の会・山
梨)の違憲訴訟に原告として加わり、違憲訴訟の「同時多発」的な全国的展開を
願った。
 もともとこれらの訴訟で勝訴するとは思っていなかったから、山梨をはじめ各
地の訴訟で敗訴しても失望することはなかった。逆に、今回の違憲判決は大きな
嬉しい驚きである。私は「決定的違憲」という概念で、「裁判所はこと自衛隊イ
ラク派兵には統治行為論を使わずに違憲判決を下すべきだ」と主張したが、名古
屋高裁はまさにそうしたのだった。
 審理を担当した青山邦夫裁判長は、この判決の直前の今年3月に依願退官をさ
れ、後任の裁判長が判決を代読したという。その背景にある青山氏の思いの真剣
さは想像するに難くない。この判決には、一人の人間の生が凝縮している。天木
元大使の辞職もそうであったように。
天木氏らと平和憲法を救うために熱く語り合ったこともある。その後、天木氏は
国政選挙に2度出馬したものの当選はできず、これまでの道のりは決して平坦な
ものではなかった。判決は、明らかに天木氏を意識して、「(訴訟に込められた
)切実な思いには平和憲法下の日本国民として共感すべき部分が多く含まれてお
り、政治的敗者の個人的な憤慨、不快感、挫折感にすぎないなどと評価されるべ
きものではない」とまで述べている。「外務省を辞めて5年間、すべてがこの判
決で報われた」という天木氏の判決後の言葉(東京新聞、16日)には万感が込め
られていよう。
 天木氏も出馬された昨年の参院選で自民党が敗北するまで、平和憲法の生命は
空前の灯火であるように見えた。もし自民党が勝利していたら、今頃は安倍内閣
は改憲に向かって突き進んでいたに違いない。そのような状況であったならば、
果たしてこの判決がありえたかどうか。
 幸い、選挙の敗北によって安倍内閣はやがて崩壊し、平和憲法を一気に放棄し
ようとする動きは中断を余儀なくされた。そこで、平和憲法の灯火はかろうじて
保たれた。それでも、その理念とあまりにもかけ離れた現実が展開しているので
、その実際の機能を疑う人は少なくない。ところが、今回の判決によって、平和
憲法の存在とその意義が証明された。一度は消えかかった灯火が、突然、明るく
燃え上がったのである。
 折しも、チベットの弾圧問題で問題が生じているオリンピック聖火リレーに関
して、18日には長野県の善光寺が「チベットでの無差別殺人や、仏教者への弾圧
は憂慮される」という点も理由の一つとして挙げて、長野の聖火リレーの出発地
を返上した。これも、仏教徒としての国際的連帯に基づいて、権力の抑圧に明快
な意思表示をした点で、快挙であろう。平和憲法の灯火が輝いた翌日に、聖火の
灯火に関して理念に基づく決意が示された。
長期間にわたって尽力してこられた原告の方々に加えて、裁判官や僧侶の決断は
、この国にまだ気骨のある人びとが残っていることを感じさせてくれた。政治的
状況には様々な紆余曲折があるが、全体として見るとき、断末魔に見えた平和憲
法は一歩一歩生命を吹き返しつつあるように思える。 
司法がまだ生きていること、そして平和憲法がまだ生きていることを示したこの
判決によって、この裁判を戦い支援した全ての人びとの思いと生き様が日本政治
上に確かな意味を持ち、刻印された。これは、平和憲法史の金字塔となるだろう

 原告の方々の奮闘に感謝し、その実質的な勝利を祝福してその努力を讃えると
ともに、これが平和憲法の最後の輝きとならずに、この灯火がさらに明るく輝い
ていくように祈りたい。そしてこれが日本の平和だけではなく、地球的な平和を
も実現する一里塚となることを祈る。
                             2008年4月19日 
                              小林正弥

Read More..>>

コメント「『デモかパレードか』論争」に異論あり2004/4/17

土曜日, 4月 17th, 2004

『 朝日新聞』4月16日号夕刊文化欄「Shot04」の記事「『デモかパレードか』論争」に異論あり (2004年4月17日掲載)
   『朝日新聞』4月16日夕刊の文化欄「Shot04」に、「『デモかパレードか』論争  平和運動  世代超えて公開討論」 という記事が掲載されまし た(全国版として掲載されたのか、それとも東京本社版だけなのかはまだ聞いていません)。 このサイトの「News」欄 No.113で簡単にご報告した 4月11日の公開討論集会についての記事です。比較的大きな紙面を割いて、この集会を記事にしてくれたことは、関係したものの一人として、ありがたいこと だと思ってはいますが、しかし、その記事の基調には賛成できません。
この記事は、今のイラク反戦運動の中で活発な行動を展開している若者たちと、それより年齢的にずっと上の年配者の世代たちの間に、論争・対立があり、こ の討論集会でも、その違いが浮き彫りになったというニュアンスのものになっているからです。記事の最後は「スタイルの違いは、権力観の違いであることも浮 かび上がった」という言葉で終わっています。現在および過去の反戦運動に関して、たしかに、世代間に意見や感じ方の違いはあり、討論集会で、この記事の中 で紹介されているような意見が出され、議論があったことは事実であり、それ自体は嘘ではありません。しかし、この集会では、相違や対立が浮かび上がったこ とが主要なトーンではありませんでした。私はすでに No.113 の中で、この会についての評価を述べてあります。前日、この記事を書いた記者から電話があり、私の年齢などの確認があるとともに、この会についての感想を 求められたので、それはすでに私のサイトの上に書いたので、それをぜひ見てほしいと要望しました。しかし、私の評価は、この記事にはまったく反映されてい ません。
マスコミとしては、反戦運動の中で、世代間の対立がある、あるいは意見の違いが激しくなっている、という記事のほうが、読者の興味をかきたてられる、と 思うのかもしれません。しかし、この公開討論会のことを報ずるのであるならば、この討論によって、存在していた対立がどうなったのか、この集会が今後どの ような影響を運動にあたえることになるだろうか、ということも当然触れなければならないはずです。パネリストの4人のうちの誰にせよ、こういう形で直接的 に議論をしたことはそれまでになく、公開された形で顔を見ながら直接意見をやりとりするということは初めてのことです。ですから、運動の圏外にあって、こ の間の運動の実態を知らない人が、あの集会での議論を聞いたら、どのような点で、どのように意見が違っているかが、かなり具体的に理解出来たことだろうと 思います。しかしこの間の運動の経過の中で位置づけてみれば、あの集会は、対立や相違を浮彫りにさせ、激化させたのではなく、まったく逆、それまでにあっ た相互の誤解や思い込みがかなり解消し、相互の間の理解が非常に深まり、信頼感も強まったという点にこそ、重要な意味、意義があったと私は思うのです。も ちろん、一度や二度の討論で、相違が解消するはずはありません。今後の更なる努力が必要なことは当然です。しかし、集会の後、私のところに寄せられた意見 は、すべて、その意味で集会は大きなプラスの役割を果たしたという評価を伝えるものばかりでした。
この集会の後、13日、16日と2回、イラクの新聞に意見広告を出そうという計画をめぐる相談会がありました。そこでは、討論集会に若い世代のパネリス トとして参加した小林一朗さんやこの討論集会を最初に計画して準備の中心にあった斎藤まやさん、そしてそれよりさらに若い人びと多数と意見を交換すること になりましたが、そういう場が出来たこと自体が、この討論集会のもたらした成果の一つと言えるものでした。 WORLD PEACE NOW の実行委員会も、そういうメンバーが集まる機会ではありますが、そこでは当面の大きなカンパニアの実務的な準備についての相談が大部分で、一人一人のまと まった思いを率直に交換し、議論するということは時間的にも無理でした。13日と16日の2度の相談会では、出席した年長者は、みな、この自分たちより ずっと若い世代が、それぞれ自分の考えを率直に、真剣に表明し、しかもそれが政治的にもかなりしっかりしたものだという印象を受けて、心を打たれたのでし た。
また、11日の討論集会では、運動についての意見や感じ方の相違は、必ずしも世代間の相違としてだけにくくれないのではないか、という指摘を、私もい いましたし、会場からの発言にもありました。そして「世代」や「年齢」という基準ではない、別の範疇の「選別」「排除」の論理が生じつつあるのではない か、という指摘も出されていました。これはかなり重要な問題点だと思いました。
『朝日』文化欄の記事は、そういう流れ、方向がまったく報じられておりません。私が『論座』3月号の小論でのべたのは、運動の中に議論が少ないというこ とだけではありません。まず、論壇、マスコミの中に運動論がほとんどないことを指摘したのであって、その背景の一つには、運動の中で討論がないこともある だろうと書いたのです。マスコミの記者が、その場かぎりの記事を書くために取材をすることはあっても、運動の流れをじっくりと追い、運動の傾向、趨勢、問 題点などを勉強しようとする姿勢がないということも批判しました。ごく最近になって、運動に触れる論や運動論に関する記事が比較的多くなってきていること は歓迎すべきですが、その内容は決して満足できるものではありません。以上、昨日の『朝日』夕刊の記事を読んでのとりあえずの意見を書きました。

Read More..>>

コメント4月11日の討論集会(2004/04/13掲載 )

火曜日, 4月 13th, 2004

いい意見交換でした。――4月11日の討論集会(2004/04/13掲載 )
「平和公共哲学研究会」主催、グループ「はてみ」協力、公開討論会「デモとパレードとピースウォーク ――世代間対話の試み」 於 東京・荻窪地域区民センター
 拘留されている3人の日本人の今後が心配され、釈放と自衛隊撤兵を求める運動が一挙に噴出しているときに、「世代間対話」の討論などという気分になれな いのでは……と心配していたのですが、その日の朝、24時間以内に解放とのニュースが伝わり、ホッとした気持ちで集会に参加できました。それでも、この日 も国会や首相官邸付近での市民の行動は続けられ、そのため、出席予定の人がかなり来られなくなるということもありました。パネリストの一人、天野恵一さん も、参加はされましたが、夕刻に自分の呼びかけ、主催する行動が急遽、計画されたということで、閉会以前に中座されました。討論の途中では、司会者の岡本 敦さん(雑誌『世界』編集長)から、イラクの「サラヤ・ムジャヒディン」が発表した声明が紹介され、大きな拍手がおこりました。
討論は、国会周辺での行動に参加している人びとが間に合うようにと、予定を少し繰り延ばして、午後2時から開会され、途中、2回の休憩をはさんで、午後 7時まで続きました。収容人員100人ほどの会場は、満員となり、予定していた配布資料が足らなくなって、急いで追加プリントするというようなことにもな りました。
4人のパネリスト(天野恵一、小林一朗、小林正弥、吉川勇一)は、それぞれ、レジュメを用意し、ほかに関連文献のコピーなども多数、参加者に配布されま した。主催者が私が用意したプリントは、議論のきっかけとなった私の『論座』3月号の文「デモとパレードとピースウォーク」、私が主催者側にお願いして用 意してもらった文書は、吉川勇一「自由の危機」(鶴見俊輔ほか編『講座・コミュニケーション』第5巻所収 研究社)と、福富節男「共同行動と連帯の条件」 (『デモと自由と好奇心と』所収 第三書館)でした。これとは別に、私は、自分で、東一邦「『左』を忌避するポピュリズム」、同「ネットワークと連帯」、 黒目(関西有象無象)「『内在』する事の可能性のものものききであるのだ」、吉川勇一「.『有事法体制』下の九条的生き方」(『マスコミ市民』03年6月 号所載)をプリントして配布しました。私のレジュメは、これだけでは分かりにくいとは思いますが、最後に掲載してあります。
討論の記録は、いずれ主催者側から、何らかの形で発表されるものと思いますので、ここでは省略しますが、一言で言って、非常にいい意見交換ができた集ま りだったと思います。終わったあと、私の所に寄せられた何通かのメールは、すべて好評で、「予想外に面白かった」、「期待以上の出来、ぜひとも継続して続 きを」、 「小林一朗氏にはいい印象を得た」、「つぎは吉川・小林一朗対談を」などという意見でした。私も、気持ちよく討論に参加できました。ただ、気持ちよすぎた ためか、いささかベトナム反戦運動の経験をしゃべりすぎ、「もう少し謙虚になってほしい」という参加者からの意見をもらったり、出席していた市民の意見 30の会・東京事務局の仲間からは「 吉川さんのあのきつい言い方は、性格の問題でしょうがないんですよ」という発言が出されて笑われたりしました。「人生の賞味期限を過ぎてしまった人間で す」と最初に自己紹介で言ったくせに、いっこうに年寄りらしく円満になれないのは、お恥ずかしいかぎりです。
問題になっているのは、はたして「世代間の差」ということだけにくくっていいのか、という問題は、かなりの人から発言されましたが、いずれにせよ、運動 の参加者の間に、感じ方、問題意識、運動に対する姿勢などの違いがあることは当然で、その間の対話・討論が今後も必要であり、大切だということは共通の認 識になったと思います。とくに、討論の最後のほうで、意識的なものではないにせよ運動の中に「差別・排除」が生じているのではないか、ということがかなり 出されたのは、重要だったと私には思えました。それを、今後、対立・分岐へとすることなく、有機的につなげる方策が、共同で模索されなければならないのだ と思います。 いずれにせよ、この集会は、今後の運動の進展にプラスになると思います。
以上、とりあえずの感想です。
 

04/04/11討論集会へのレジュメ
吉 川 勇 一

1. [...]

Read More..>>

日本外交の哲学的貧困 山脇直司(東京大学)

日曜日, 11月 2nd, 2003

山脇直司(東京大学)2003年11月2日
ご紹介に与りました山脇直司と申します。今の、天木さんのお話を大変興味深く窺いました。特に、レバノンという現場の体験に即して、アメリカのイラク戦の不当性、小泉外交の危険性のみならず、あるべき外交のビジョンまでを示唆してくださったことに、深く感動いたしました。それで私としましては、今の天木さんのお話を補完すべく、外務省との利害関係を全く持たないひとりの学者の立場から、明らかに不当で国際法的にも違法なかたちで、アメリカが起こしたイラク戦争をめぐり、この10ヶ月の間に明らかになった日本外交のおそるべき哲学的貧困とそれを支えた御用学者と呼ばれても仕方のない方々、特に東京大学の先生、また社説で放言を繰り返した一部の大新聞の責任を指摘(追及)して、こうした事態を正すのはどうしたらよいかについて、皆さんに考える材料を提供したいと思います。
今から、9ヶ月前の2月6日にこの900番教室で、元国連大量破壊兵器主任主査官スコット・リッター氏の講演がありました。当日は会場に入れないでお帰りになった方々が500人以上も出るくらいの盛況で、一般の方々の関心の高さを思い知らされたわけですが、聴衆の一人としてまず、そこで彼が話したことのポイントを振り返ってみたいと思います。リッター氏は、自らの体験とデータに基づいて、現在のイラクに国際社会を脅かす大量破壊兵器があるという主張の無理を指摘し、根拠もなくイラク攻撃へと突き進むアメリカ政府を厳しく追及しました。そこで彼が話した最も印象的な言葉を述べて見ましょう。彼はこう言いました。「無条件に抜き打ちができ、イラク側の協力が得られる現在、必要な時間と人員を投入して徹底的に査察を続行すれば、イラクを100%非武装化できます。―――私がこの戦争に反対するのは、非愛国的なことではありません。アメリカの建国の理念、憲法に書かれた「自由」や「民主主義」を守るという愛国的な行為です。―――真の友人は、酔っ払った運転をしようとしている友人を許しません。アメリカの真の友好国ならアメリカの行為にブレーキをかけるべきです。」この言葉からわかるように、彼は祖国を裏切るような反米主義者では全くありませんでした。むしろその逆です。あまりにも理不尽なブッシュ政権の不当さを、逆にアメリカの憲法の精神にもとると確信して批判したのです。
このリッター氏の発言から、10日あまりの間に何がおこったか、振り返ってみましょう。2月14日の深夜、私は固唾を飲んで国連の安保理の実況中継を見ていました。最初にブリックス国連監視検証査察委員長が何を言い出すか、緊張して聞いていたのですが、彼が査察の一定の成果と続行の必要を述べた瞬間、パウエル国務長官の思惑がはずれたことがはっきりし、続くエルバラダイ国連原子力機関事務局長の演説でそれが鮮明となり、シリア代表がその報告に感謝し、フランスのドビルバン外相が古い欧州の知恵を述べ、中国も平和文明の意義を唱えるといった攻勢に出て、アメリカ形無しといった感じで、リッター氏の講演どおりのことが立証された様子でした。ところが、私のショックはこの実況中継直後に起こったのです。それは放映直後のNHKが、「ごらんのように安保理がイラクの非を追認して終わりました」というポイントをはずした実にとんちんかんでミスリーディングな解説をしたからです。これはNHKがそうした状況を理解する能力がなかったからなのか、安保理での意外な展開をあらかじめ想定できずに、用意すべき原稿がなかったからだったでしょうが、公共放送としてじつにお粗末な恥ずかしい報道だったと思います。いやそればかりではありません。ついでにインターネットで新聞各社のホームページを調べたら、当初はNHKと大差ないピンとはずれなものばかりでした。それで、みなさまご存知のように、この安保理での議論がきっかけになって、翌2月15日は世界各地で計100万人にも上る恐らく史上最大の反戦デモがあったわけですが、さすがに自らの誤報に気づいたのか、次の日の各社のホームページは内容が変わっていました。しかし、このような実に自然に起こった反戦デモ(かつての左翼運動とは異質なごく自然な運動!)に対して、小泉首相や川口外相が放った放言、すなわち「このようなデモはイラクに誤ったシグナルを与える」という放言は決して忘れるべきではないでしょう。しかしよく考えてみますと、このような放言は、首相や外相が独自で判断して放たれたもののようには思えません。その背後にいる外務省やそのお抱えのブレーンたちの進言が反映されているはずです。
2月22,23日に千葉大学で、板垣先生や元国連大学副学長の武者小路先生などをお迎えして、イラク戦反対の緊急会議(イラク非戦会議)が催されたときにもそのことを指摘したのですが、その1ヵ月後、安保理決議に失敗したアメリカが単独で起こしたイラク戦争が始まった時点で、私のショックはさらに深まりました。それは天木さんが大問題にしたように、アラブ諸国の反応を全く顧慮しない小泉首相の「イラク戦を支持します」という明言と、それを称賛した首相を取り巻く評論家の他に、元来、外務省とから自由にものを言うことができるはずの大学人、特に東大教授の対イラク戦支持の発言によってです。それはショックを通り越して、あきれはてたといった方がよいでしょう。すでに3月の時点で公共哲学のメーリング・リストで二回ばかり批判し、現在でもインターネットに載っていますが、その実例をここで紹介しましょう。
3月30日付の読売新聞朝刊の一面と二面にかけて、元外交官で現在外交評論家の岡崎久彦氏の「勇気ある小泉発言」という記事が大々的に載りました。この記事のコピーが今皆様の手元にあると思いますが、これは、小泉首相のイラク戦支持を称賛するだけではなく、安保理決議なしのイラク攻撃は正当かというまっとうな議論をワイドショー的議論と切り捨てて、アラブ諸国との国益を無視し、一方的にブッシュ政権に協調(というより盲従)だけを国益と決め付け、さらにブッシュ政権に知日派が多いことを自慢し、今がアメリカの政権では期待できない日本外交のチャンス到来などと、したり顔で語った記事です。これを読んで私は、「公共性を欠いた外交の私物化」のお手本として永久保存版だとMLで批判したのですが、その時、非常に気になったのは、岡崎氏が自分の正しさを裏付ける決定的発言として、二人の東京大学の政治学者の名を出したことです。この二人は、駒場ではなく、本郷キャンパスでかなり重要な地位を担っている方々であり、私自身別に親しいわけでも、また私憤をもっている方々でもありません。また、読売新聞だけではなく、最近は、朝日とか毎日新聞に顔を出す方なので、少なくとも、スコット・リッター氏並の感覚はお持ちだろうと今にして思えば幻想を思っていたのですが、その後、皆様もお手元にあるような彼らが2003年3月5日に開かれた某研究所主催の「日米関係はどう変わるか」というタイトルの公開セミナーでの発言を読んでみると、実は全くそうでないことが判明しました。なお、実名を挙げるのはいくら同じ学部に属していないとはいえ、同じ大学に属しているものとして心苦しいので、名前のところは消してあります。それで毎日や朝日によくでてくる一人の東大教授は、こう述べています。00ページをご覧下さい。「――武力介入をしていくために国連の安保理決議が必要かどうかに関しては、イラクに対して国際社会の総意を示すのが望ましいが、不可欠とは思えない。国連安保理が新たな決議案を承認しないがために武力行使を中止したと仮定した場合でさえ、大量破壊兵器がテロリストグループに渡る危険性を削減する手段として、武力行使は査察の継続よりも有効だということができる。安保理の一部常任理事国が、アメリカの武力行使に拒否権を発動するのは、現在の国際秩序の維持に反対することを意味する。最後に、米国の武力介入に対し、日本はそれを支持すべきかどうかに関して、私は支持すべきだと信じる。早期の武力行使は査察継続より効果的だという議論から、日本は早期の武力行使を支持すべきだろう。――要約すると、国際社会は早期の武力行使をすべきかという質問に関する私の答えはおそらく(英語ではきっぱりと)イエス。新国連安保理決議は必要かどうかには、望ましいが不可欠ではない。武力行使を日本は支持すべきかどうかにはイエスである。」これは、リッター氏の発言とあまりにも好対照をなす発言で、今から思えばその影響力の大きさと相まって、彼の政治学者としての判断力のでたらめさが糾弾されなければなりません。この教授は、実は「ワード・ポリティックス」という本で、なんと吉野作造賞をもらっているのですが、こうしたご自身の言葉に対する責任を是非とってもらいたいと思います。
またもう一人の教授は、北朝鮮問題を引き合いに出し、「米国は大変よい世界の警察官として今まで機能してきたし、アメリカ以外にその警察官の役割を負える国がない。人々を説得する一番の方法は、アメリカの支持が北朝鮮問題について必要であれば、イラク情勢ではアメリカを支持しなければならない、ということである。―――日本のリーダーや政治家に期待するのは勇気を持って率直にアメリカを支持すべきであり、戦後の世界秩序構築のために日米同盟が重要なのだと国民に向かって語りかけるべきだと思う。それが、われわれが対イラク戦争で米国を支持する理由である。」と断言しています。そして、このような自分達の意見が朝日新聞に載るのは自分たちが変わったのでからではなく、朝日新聞が変わったからであるという事を誇らしげに語っています。なんとも、うぬぼれに満ちた国民を愚弄した発言ではありませんか。北朝鮮の人権弾圧に関しては、私は過去の左翼知識人の言動も含めて徹底的に糾弾すべきだと思いますが、その脅威を徒にあおり、アメリカにたてつくのはこわいからアメリカの不当なイラク戦まで支持せよというのは全くの論理のすり替えであり、おそらく天木さんが読んでもあきれると思われます。しかしこれが影響力の大きい東大教授の発言で、外務省のお粗末な外交の後押しをしたことを思えば、ことは深刻です。私は東大法学部のことをとやかく言いたくはありませんが、明らかにこの教授の発言には、鼻持ちならないエリート史観を感ぜずに入られません。実際この方は、『エリート教育は必要か。――戦後教育のタブーに迫る』という本を読売新聞社から出しておられますが、このような意味でのエリートなら要らないとはっきり申し上げたいと思います。
さて、この三人の方々の外交論で露呈した欠陥をここではっきりさせておく必要があるでしょう。その欠陥とは、第一に、外交の主体は自分たちを含めたナショナル・エリートが行なうものであり、国民の公共性による正当化など軽視していいという歪んだエリート主義です。次に、国際法や国連よりも日米同盟が重要だから、どういう理不尽な行動をとろうともアメリカにたてつくなという「長いものには巻かれろ」の恩顧主義です。しかしこの見解は、8月に私たちが公表した非戦声明で触れたように、日米安全保障条約が国連憲章の遵守を日本政府に義務づけていることを忘れたものです。また、この方々には、日本が被爆国であり、そのことを踏まえて発言するという視点が全く欠けています。そういう意味で、この方々はリッターの言う愛国主義者ではありません。学者としての特権を生かして、利害を超えた普遍的な理念を追求する姿勢が全く見られないのです。外務省との距離感を保って、平和などの普遍的な理念を考えることを全く放棄しているこの方々は、残念ながら御用学者と呼ばざるを得ません。そして最後に恐らく、この方々にとって最も致命的なのは、イラク戦が現在のような悲惨な帰結招くという結果に対するリアリティの感覚が全く欠けていることです。3月の時点で、私たち公共哲学ネットワークが出した声明の危惧が現在恐ろしいほどあたっているのに比べ、この方々はなんと能天気なことでしょう。特に二人の先生方は、政治学者としての資質を疑われてもしようがないと思います。リアリストが強調してやまない結果責任を是非自らとってもらいたいと思う次第です。
それと時間がもうあまりないので、簡単に済ませますが、この10ヶ月の間の読売新聞編集部の社説には、あきれ返りました。岡崎氏の論を堂々と一面に載せるくらいですから、内容は推して知るべしですが、「米英の判断は正しかった」と言い張った(現在でも言い張る)責任は追及されて然るべきです。
では、外交をこのような歪んだエリート主義者たちやその意見を載せ続ける大新聞に任せておけないとなればどうすればいいでしょうか。これは第二部のテーマですが、少なくとも、理論的にも実践的にも外交の公共哲学なるものを発展させなければならないことだけは確かです。それは、外交がグローバルなレベルでの民の福祉のためにあるという基本理念に立脚し、アマルティア・センなどが提唱している人間の安全保障の理念とも合致する哲学だと思います。また、NPOの方々にがんばって頂き、このような機会をできるだけ多く設けて、一般の人々との対話を促進するパブリック・インテレクチャアル(公共的知識人)の力もエンパワーしなければなりません。前途は多難ですが、大学人の責任を痛感する次第です。なお、これは右とか左とかいうイデオロギーの問題ではありません。大学人の質の問題です。以上簡単ではありますが、天木さんのお話を補完すべく、お話をさせて頂きました。

Read More..>>

「外交哲学の貧困と御用学者の責任2」 山脇直司(東京大学)

火曜日, 3月 25th, 2003

皆様
山脇直司です。
先の小林さんを通してMLで紹介された岡崎久彦氏の「勇気ある小泉発言」(読売新聞3月30日付朝刊1,2面)という小論ほど、日本の外務省を取り巻 く御用学者の知的貧困を露呈したものはないように思います。すでに3月21日のMLで、私は、あまりにお粗末な川口外相・小泉首相の背後でアドバイスする 外務省とその周辺にいる御用学者の責任を指摘し、その代表者として真っ先に岡崎氏の実名を挙げましたが、まさにそれを見事に裏書きする記事が堂々と大新聞 の一面に載ったという感じです。彼の小論は、日本の代表的外交エリートがどれほど「民衆軽視の国際政治観」に則って国策というものを考えているかを、換言 すれば「公共性を欠いた外交の私物化」のお手本を示しており、その意味で永久保存版と言ってよいでしょう。
この記事にみられる戦争で被害をうける一般民衆に対する全くの無関心、都合のよい東大の政治学者の援用(ちなみに、岡崎氏が決定的発言をしたと賞賛す るT教授とK教授は残念ながら御用学者と呼ばれてもしかたのない方々ですが、他方、違う見解を持つ東大の国際政治学者F教授の見解は無視されています)、 安保理決議なしのイラク攻撃は正当かという議論までワイドショー的議論と切り捨ててしまう粗暴さ、人種という言葉を平気で使う言語感覚、アラブ諸国との国 益を無視し、一方的にアングロ・アメリカとの協調(というより盲従)だけを国益と決めつける偏った国益観、そして、ヨーロッパでは最近のアメリカ合衆国史 上最低の知的水準とみなされている悪名高いブッシュ政権に知日派が多いことを自慢し、今が他のアメリカの政権では期待できない日本外交のチャンス到来など と言い切るに当たっては、もうあきれてため息がでる位です。それにしても、このような主張を堂々と一面に載せる読売新聞編集部は、日本を一体何処に引っ 張っていこうという魂胆なのか、改めて考えなければならないと痛感した次第です。
私のこの批判は言い過ぎでしょうか。もしご批判があったらお聞かせ下さい。

Read More..>>

「外交哲学の貧困と御用学者の責任1」 山脇直司(東京大学)

金曜日, 3月 21st, 2003

皆様、東京大学の山脇直司です。
いよいよ安保理決議なしのブッシュ政権主導による不当なイラク侵略戦争が始まりましたが、今回は一人のアカデミシャンとして、ここ一連の日本政府の動きに関して発言したいと思います。
アカデミシャンとしての私が今一番懸念していることは、アメリカを無邪気に支持し、フランスなどを非協力と言って批判する小泉首相や川口外相のお粗末きわまりない答弁の背後にいる「外務省お抱えの御用学者」の存在です。それは、「日本の外交哲学は日米同盟しかない」と公言してはばからない岡崎久彦氏のみならず、理念的思考ができずに冷戦のパラダイムでしか国際関係論をとらえられない「外務省と深いパイプを持つ学者」たちを意味します。アメリカべったりのまま、独仏の冷戦後の新しい外交理念や市民文化(英を含む)について全く無知で勉強しようともしない彼らが、間違った分析をした上で、川口さんなどに進言し、判断力のない彼女がその尻馬に乗って、平和憲法はもとより、広島、長崎などなかったようなお恥ずかしい答弁をしているようにしか私には思えません。ここまでお粗末な日本外交をもたらした責任の一つとして、外交哲学(理念)などに全く無関心で、矮小なパワーと利害関係だけでしか国際政治をみることの出来ない「外務官僚の精神構造」と共に、外務省お抱えの「御用学者の知的退廃」を暴く必要を今痛感しています。
ところで、これと関連して、今日(21日)の朝日新聞の12-13面に載った「3氏座談会」をみて唖然としました。基本的に米英の攻撃に反対のスタンスを採っている朝日の社説とは裏腹に、この座談会に出ている藤原帰一氏以外の2名は、はじめから米英攻撃支持の立場を鮮明にしている論者で、そのうちの一人岡本行夫氏にいたっては小泉首相のブレーンです。一体なぜ、このような社説と矛盾する立場の二人を朝日が選んだのか、編集部の見識と首尾一貫性が疑われますが、それはおそらく書評委員をはじめはじめとするここ20年来の朝日の「理念なき人脈主義」と無関係ではないでしょう。ともかく、今日掲載の座談会は、はじめから非常に偏った人選で行われたもので、朝日の社説に水をさす読売新聞向きの座談会であると思い、その旨をメールで朝日新聞編集部にも伝えた次第です。
以上、今回はとりあえず、アカデミシャンとして懸念している事柄を述べさせて頂きました。

Read More..>>

時論「対『テロ』世界戦争の恐怖――アフガニスタン、イラク、パレスチナ」 小林正弥(千葉大学)

火曜日, 12月 3rd, 2002

※     12月3日(現地時間)のイスラエルの攻撃により、以下の論稿が恐れていた通りの事態が既に起こり始めてしまいましたが、これについては、続けて論じたいと思います。

1.対テロ戦争の世界的拡大という恐怖――アフガニスタン戦争から中東戦争へ
 戦況は大きく変化し、マザーリ・シャリーフ(11月11日)・カブール陥落(13日)・クンドゥス投降(25日) などにより、北部同盟が北部を占拠し、ベール(ブルカ)を脱いで喜ぶ女性達の映像が流れています。ボンでは、現在、政権構成の協議が4派で行なわれてお り、皇太子妃の出産で湧く日本では、あたかも戦争は――南部で抵抗するタリバーンの残党を除けば――終わったかのようです。アメリカでは、「最も偉大な国 の力」を自賛する声が、あちこちで聞かれます。
 しかし、私の心は晴れま せん。アフガン国内は、北部といえども無政府状態で、マザーリ・シャリーフ近郊でのタリバーン投降兵の反乱と全員射殺という(アムネスティー・インターナ ショナルなどが調査を要求した)残酷な事件や、メディア関係者の死などが報じられています。そして、何よりも、南部では、まだカンダハル周辺で抵抗を続け るタリバーン軍に対し、アメリカの爆撃が最大規模で激しく続いています。
報道量が減っているだけで、一般市民の死も勿論続いています。クエッタの病院には、連日民間人の犠牲者が運び込まれているようです(11月27日、朝日)。また、東部のジャララバード近辺では、ビンラディン氏らが潜伏していると見て、連日集中的に爆撃を続けており、この文章の執筆中にも、2つの村で住民50人が死亡したと伝えられました(12月1日)。
アメリカは、遂に本格的な地上作戦を開始してしまいました。「迅速な自由作戦」と命名したそうです。カンダハル近郊の空港を制圧して前線基地を作り、特殊部隊約400人だけではなく、海兵隊約1000人まで投入して、計1500人で、カンダハルを死守しようとするタリバーンとの地上戦に突入しようという構えを見せています。
それどころか、ブッシュ大統領は、26日に、宿敵・イラクと、テロ組織の存在する諸国へと対テロ戦争の拡大を示唆しました。湾岸戦争が繰り返される危機、いわば第2次湾岸戦争が起こる危険が現実化してきました。
さらに、イスラエルで、エルサレム繁華街(1日)・北部のハイファの路線バス(2日)で連続自爆テロが起こり、計27人死亡、200人 以上が負傷という恐るべき衝撃的なニュースが飛び込んできました。昨年来の衝突の中で最大級の事件で、アメリカが特使を派遣して進めていた停戦仲介はこの ため崩壊寸前となり、パレスチナ自治区では全域に非常事態宣言が出されました。イスラエルは、既に同等以上の報復を宣言しています。
ブッシュ大統領は「正当化できない殺人行為」と非難し、訪米中のシャロン首相と予定を繰り上げて会談し、シャロン首相はすぐ帰国しました。今回は、アメリカは自制を公式にはイスラエルに求めず、ただ7日間の猶予期間を自治政府に与えるように求めました。この間に自治政府が、犯人の逮捕や支援組織の壊滅をしなければ、あたかも報復を容認するかの如き態度です。
ブッ シュ大統領が「正義をもたらす」という文句、アフガニスタンについては聞きなれた句を使ったのが、非常に気になります。前観光省暗殺時にイスラエル首相が 主張したような、対テロ戦争の論理を、ブッシュ大統領が用いているように見えるからです。その時には、アメリカは――自分自身はアフガニスタンに対して用 いた――対テロ戦争の論理に反対して、イスラエルに自制を求めました。そして「パレスチナ国家」案への支持を表明して、和平の仲介を試みていました。これ は、戦争開始後の、最も賛成出来るアメリカの外交的変化でした。然るに、自治政府がテロに責任があるとしてしまえば、自治政府は和平の当事者からテロ擁護 政府という事になってしまい、議長や自治政府は、オマル師やタリバーンと同列の存在と見做す事になりかねません。
こ うなれば、むしろ自治政府自体が攻撃の対象となってしまいます。現に、イスラエル内部では、最早アラファト議長には期待できないとして、議長や自治政府を も攻撃の対象とするべきである、という議論がなされています。既にハマスら強硬派は攻撃の対象としており、今回の自爆テロは、ハマス幹部ら3人の暗殺(11月23日)の報復です。この攻撃をを自治政府にまで拡大してしまえば、後に残るのは、アフガニスタン同様の戦争しかないでしょう。北部アフガニスタンで戦火が収まった途端に、パレスチナで戦争が始るわけです。これこそ、私の恐れていた事態に他なりません。
時評で、「米、地上作戦開始」と「イスラエル軍のベツレヘム侵攻」という記事が並んだ日(10月20日)の衝撃を述べましたが、ここ数日に、この双方が共に拡大された形で再現されているわけです。10月 の段階では、地上作戦といっても特殊部隊に限定されていましたが、今回は海兵隊です。ベツレヘムなどパレスチナ自治区に侵攻した戦車は、その後アメリカの 圧力で撤退しましたが、今度もこのようになる保証はありません。最悪の場合は、和平が破綻し、戦争がパレスチナで始まる危険も無視できません。
つまり、現在は、既に起こってしまった「アフガニスタン戦争」が、――ブッシュ大統領の意思により――イラクとの「第2次湾岸戦争」に、あるいは「対テロ世界戦争」に、そして――アメリカの意向さえ超えて――「パレスチナ戦争」へと拡大する危険を迎えている訳です。第2次 湾岸戦争とパレスチナ戦争が同時に始まってしまえば、これは「中東戦争」になりかねません。「第5次中東戦争」ということになるでしょうか。こうなってし まえば、「文明の衝突」ないし「文明間戦争」へと発展してしまう危険が現実化してきます。これは、本当に「世界戦争」へと繋がりかねない危険であり、戦慄 の恐怖としか言いようがないでしょう。この状態で、どうしてお祝い気分になれましょうか。
  これまで、この戦争について、まだ国際的な呼称は定まっていません。「アフガニスタン戦争」という呼び方もありますが、ソ連が侵略して始まった戦争(ソ連の軍事的侵攻は1979―89年)と混乱し易いという問題があったからです。もう一つの呼称は、「対テロ戦争」です。この呼称は、アメリカの掲げている戦争目的をそのまま用いているという点で、アメリカから見た表現であるという問題点がありました。
し かし、どうやらアメリカは、アフガニスタンだけではなく、本当に、アメリカがテロ支援国家と認定した国に対して次々と攻撃を拡大していくつもりのようで す。そうだとすれば、やはり「アフガニスタン戦争」という地理的な表現よりも「対テロ戦争」という表現の方が適切だろうと思われます。先のアメリカ寄りと いう「偏向(バイアス)」を避けるべく括弧を付して「対『テロ』戦争」と呼ぶ事にしましょう。
ブッ シュ大統領の言明をそのまま信じれば、アフガニスタンだけではなく、どこまでも戦線が広がる可能性があるのですから、この戦争は「対『テロ』世界戦争」と 見做す事が出来るでしょう。この全体から見れば、アフガニスタンの戦争は、この世界戦争の「始まり」に過ぎないので、「第1戦線」という事になります。そして、イラクやパレスチナが「第2戦線」「第3戦線」という事になるわけです。勿論、第2戦線以下は、まだ現実のものではなく、潜在的な危険性に注意を喚起するための表現です。以下では、このような展望の下に、これらの危険を順に見ていく事にしましょう。第2戦線以下が現実のものとならない事を祈りつつ。
2.アフガン戦線:戦局転換における既視感(デジャ・ビュ)――タリバーン「敗走」と湾岸戦争の「勝利」
 振り返って見れば、現在 のように、アメリカ軍が圧勝し、反米側がたわいもなく敗れ去ったように見えたことが、かつてもありました。そう、湾岸戦争におけるイラクの「敗北」です。 その時、父ブッシュ大統領は、勝ち誇って勝利宣言をし、「新世界秩序」の到来を力説したのでした。あの時、皆様は、それを信じ、そこに希望を託したでしょ うか。
 私は、信じませんでし た。当初は、「独裁者」のフセイン政権も、アメリカの力により終止符が打たれるように見えましたが、結局は生き残り、先に政権を去ったのは、ブッシュ大統 領の方でした。そして、(湾岸戦争後にアメリカ軍が「聖地」・サウジアラビアに駐留を継続している事に憤った)イスラム過激派が、9月11日に同時多発テ ロを起こし、全世界は、湾岸戦争の深刻な帰結に漸く気付いたのでした。湾岸戦争でアメリカは、本当に勝ったのでしょうか?
 
 ブッシュ親子は、そして アメリカは「勝利」を信じたいのでしょう。ですから、その帰結として生じた今回の事件でも、タリバーン政権を打倒し、アルカイーダを始めとして、テロ組織 を根絶する「戦争」に勝利して、その「勝利」を不動のものとしたいのでしょう。しかし、歴史は、そのように展開するでしょうか。私には、むしろ、現在のア メリカの歓喜は、10年前の勝利宣言と重なって見えるのです。湾岸戦争の時と同じように、いずれアメリカは、その帰結に直面せざるを得なくなると思えるの です。
  以前、次のような点について、これらをアメリカが犯すと、アメリカにとっても危険だと警告しました(公共民9 時評など)。

①本格的地上戦突入
②イラクなどアフガニスタン以外の国への攻撃
③パレスチナ問題の発火
④無辜の民の犠牲者数
 心情倫理からすれば、そもそもアメリカの攻撃は首肯し難いものです。結果倫理からすると、極めて限定的な攻撃の場合は別にして、大規模報復攻撃は、アメリカにとってすら危険な帰結を招くが故に、愚かなのです(拙論第2部参照)。そして、この4点を犯せば犯すほど、それは大規模報復の発想に近づき、従って結果倫理からみても誤りです。
  空爆開始後4週間に及ぶ、タリバーンの予想外の抵抗によって、アメリカのメディアにおいてすら、一時、ベトナム戦争のような泥沼化が懸念されました(時評11月8日[i]参照)。戦局が好転したので、一転して楽観論が圧倒的になっていますが、アメリカの友として、敢えてこの時点で上の警告を再度繰り返したいと思うのです。
3.地上戦の罠――ベトナム戦争化の危険は未だ去らず
空 爆に限定している限り、――倫理的には非道であっても――アメリカ軍に大量の死者が出て、敗北することはありえません。逆に言えば、当初北部でもタリバー ンが抵抗をした点については、戦術的には疑問の余地があります。一方的に空爆を受けていれば、戦力の消耗が激しいのは、理の当然だからです。4週間の間持ちこたえたのを見て「一寸の虫にも五分の魂」という言葉を思い出しましたが、――戦前の日本と同様に――精神力にも限界があるというものでしょう。タリバーン側の撤退は、人的・物理的損害のために、軍事的に北部の拠点を支えきれなくなったことを意味します。
 従って、戦術的後退とか 民間人の犠牲を避けるための撤退という、タリバーン側の説明を鵜呑みにする事は出来ないでしょう。しかし、問題は、この先にあります。軍事的撤退の結果、 戦勝気分に酔ってアメリカ側が地上に降りれば、アメリカ軍にも生命の危険が生じるからです。もしタリバーンが現在の難局を軍事的に凌ぐ事が出来れば、地上 戦の可能性が生まれ、逆にタリバーン側にも反撃の機会が生まれてきます。つまり、タリバーン側が主張しているように、結果として「戦術的後退」をしたこと になるのです。
 純戦術的に考えれば、タ リバーン側は、初めからゲリラ戦を中心にした方がよかったかもしれません。現に、このような判断が指導部にあるから、マザーリ・シャリーフ陥落直前に、カ ブール始め北部からの撤退を決め、一時はカンダハルの放棄までオマル師が宣言しました。パキスタンからの義勇兵に対して、カブール陥落直前に、「今は地上 に米軍はいないから、いったん帰国しろ。地上に来たらまだ応援を頼む」という指令がオマル師から届いた、という報道がなされています[ii]。
  16日 には、カンダハルの後継支配体制(イスラム党ハリス派のバシェル司令官とイスラム協会のナキブラ司令官)まで決めて、オマル師らはカンダハルを放棄し山間 部に立て篭もってゲリラ戦を行なうつもりだったようです。ところが、「カンダハルを死守せよ」という預言者の夢をオマル師が見たので、翌日一転して「カン ダハルを放棄するつもりはない。死ぬまで戦う」と方針転換した、という報道がありました(未確認)[iii]。その真偽はともかくとして、もしカンダハルが陥落しても、タリバーン側が山岳地帯に立てこもって、執拗なゲリラ戦を続け、戦闘が泥沼化することは十分に考えられます。
 アメリカは、既に戦争に勝利し、「これは、やはりベトナム戦争型ではなく、湾岸戦争型だった」と凱歌を上げているようです。湾岸戦争も、本当の勝利かどうか疑わしいと書きましたが、「ベトナム戦争化しなかった」と速断できるかどうかも、実は疑問の余地があると思います。
そもそも、ベトナム戦争の場合は、まずホー・チ・ミンの下でベトナム民主共和国(北ベトナム)がフランスから独立を宣言し(1945年)、これに対して、米仏が支援して南ベトナム(当初はゴ・ジン・ジエム政権)が樹立されました(1954年)。この南ベトナム政権と、それに対する南べトナム民族解放戦線(ベトコン、1960年結成)との間の戦闘という形で始まり、政権を支援するアメリカ(南ベトナム援助軍司令部設置、1962年)が徐々に介入を拡大し、ベトコンを支援する北ベトナムの爆撃(北爆、1965年開始)などを行ったのです。これは、反米デモやベトナム反戦運動を激化させました。ベトコンの執拗な悩まされて、戦局は悪化し、最後にはアメリカ撤退と南ベトナム政権の降伏で戦争が終結した訳です(1975年)。
この過程を思い出してみれば明らかなように、アメリカが本格的に介入してから10年以上がかかっており、この間には様々な戦局がありました。それ故、「第1次 の目標は達成できた」(ブッシュ大統領)と言っても、予断は禁物です。例えば、現在行なわれている暫定政権設立を南ベトナム政権樹立に喩えれば、カンダハ ル周辺の爆撃は北爆に似てきます。南北は転倒しますが、南北が分断されてアメリカが片方を軍事的に支援する構図は同じです。ですから、タリバーンが南部の 支配を維持できれば、この戦争の構図は、むしろベトナム戦争に似てきてしまうのです。また、仮にカンダハルが陥落しても、山岳地帯でゲリラ戦化した場合に も、やはりベトナム戦のような泥沼化の危険は存在するでしょう。 
 しかも、北部も決して安 定してはいません。東部のナンガルハル州では、地元の反タリバーン勢力がタリバーン軍を追放したものの、北部同盟にも対立しているなどという状態です。つ まり、北部同盟は、北部の拠点は抑えたものの、その全域を統制する力は持たず、全国が様々な部族の群雄割拠状態になってしまっているようです。さらに、寄 [...]

Read More..>>

戦争宣言予告編:悪夢のシナリオ 小林正弥(千葉大学)

金曜日, 11月 15th, 2002

1.戦争宣言予告編:悪夢のシナリオ
昨日(8日)、対イラク国連安保理決議が採択されました。これで、米議会武力行使容認決議、ブッシュ政権中間選挙勝利(5日)というように、議会・世論・国際社会という「3種の神器」(朝日、朝刊)が揃い、イラク戦の準備態勢が整いました。とりあえず、イラクは決議を受諾するでしょうが、査察の過程で問題が生じ、アメリカは開戦へと向かうことが予想できます。ブッシュ大統領は、イラクが無条件受諾をしない場合は「最も厳しい結果」を招くと警告しましたが、これは「戦争宣言」の予告のようなものでしょう。
このMLでも、早い時期にはイラク戦に至る危険を警告していましたが、最近は誰の眼にも明確な事実になっているので、敢えて書く気が起こりませんでした。それでも、今日書く気になったのは、さらに危険な兆候が、他に同時並行的に現れているからです。
バリ島・イエメン・フィリピンなどのテロやロシアのチェチェン・テロは、テロが世界的に拡大したことを示しています。アル・カーイダなどが関与を認め、その背後にビン・ラーディンの計画が存在することがインターポールから示唆されています(資料1,2)。これは、世界の「パレスチナ」化、戦争の「世界戦争」化と言うことができるでしょう。
さらに私が戦慄したのは、イスラエルで労働党が政権から離脱し、右派政権がさらに右傾化することが確実になったことです。タカ派のモファズ元参謀長官が新国防相に、またネタニヤフ氏が外相に就任し、1月の総選挙に向けて、外相とシャロン首相との角逐が始まりました(資料4,9)。いずれが党首選で勝つにしても、総選挙でリクードが勝利することは避けられそうもありません。その上に、ネタニヤフが首相になれば、アラファト追放などの強硬策を加速するでしょう。シャロン氏が勝ったとしても、ネタニヤフとの対抗上、さらに右傾することは間違いないでしょう。もはや、閣内の労働党の牽制が存在しなくなるのですから。
さて、イラクが査察を受け入れてから、トラブルが生じてアメリカが開戦を行うまでに若干の時間がかかるでしょう。年内のクリスマス前に始まるという観測が強くなっていますが、新年になってから、1月か2月以降になるかもしれません。今回の決議では、7日以内にイラクが決議受諾を表明し査察が行われるとすれば、約10日後(11月18日ごろ)に先遣隊、45日以内(12月23日まで)に本隊が査察開始、査察開始後60日以内に安保理に報告(来年2月21日まで)というスケジュールになっています。従って、本隊の査察が何らかの形で妨害されたということになれば、年内の開戦が行われる可能性がありますし、査察の報告の結果攻撃するのであれば、2月頃ということになりましょう。
もし2月になれば、その前にイスラエルではリクード超タカ派内閣が成立することになるでしょう。アメリカはイラク戦前後にこのような事態が生じることを避けたかったのですが、イスラエル内政上の事情でこのような時期に選挙が行われることになってしまいました(資料8)。イラク戦の最中には選挙を延期する可能性もあるようですし、選挙前にイラク戦が行われる可能性もありますが、暫定的選挙管理内閣自体が超タカ派内閣ですから、危険性に変わりありません。
もしイラク戦の開始が遅れた場合には、ブッシュ政権が中間選挙で勝利した直後に、国連安保理決議が出たように、新年の1月か2月には、イスラエルでリクード政権が勝利した後に、アメリカが開戦するという流れになる可能性があるような気がします。アメリカやイスラエルで選挙によって「民主的」に世論による信任を得て、イラク戦やアラファト追放へと展開させるわけです。これほど、一国民主主義の限界を明確に示す出来事はありません。後世からは、「衆愚政」と批判されることを信じて疑いません。
世界各地でテロが起こるだけではなく、アフガニスタン戦に加えてイラク戦が開始されれば、「反テロ」戦争は、間違いなく「反テロ」世界戦争へと展開したことになるでしょう。以前は反「テロ」世界戦争と書いていたのですが、最近「反テロ」世界戦争という表記に変更しました。なぜなら、イラク戦は、「大量破壊兵器開発」を口実としており、実は「テロ」ないし「反テロ」と論理的な関係はないからです。
リクード超タカ派政権はアラファトら自治政府に強硬策を取るだけではなく、イラク戦でも過激な反応を行うことが懸念されます。万一、アメリカの開戦後にイラクがスカッド・ミサイルなどをイスラエルに打ち込むと、本格的反撃を企てる危険を感じます。今回のイラク戦においては、湾岸戦争時のようなイスラエルの自制は全く期待できません。既に、イスラエルはアメリカと迎撃ミサイルの発射演習を行ったり、公開したりしています(資料10,11)。
勿論、アメリカの攻撃やイスラエルの反撃によって、莫大な人命の犠牲を出してフセイン政権は崩壊するでしょう。ここまでで悪夢のシナリオは十分すぎるほどですが、「反テロ」世界戦争はまだ終わらないだろうと憂慮します。
資料6,7にあるようなイスラエルの姿勢は、アメリカの外交政策とも関連します。シャロン首相らは、イラクが終われば、次なる標的として、イランを対象とすべきだと主張しています。これは、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言と連動しています。現時点ではブッシュ大統領もイラクと北朝鮮とを区別する姿勢を示していますが、政権内部には北朝鮮武力攻撃を主張する超タカ派もいます。そこで、フセイン政権を打倒した後では、さらに「大量破壊兵器」を保持している北朝鮮が打倒の対象として浮上する可能性も存在するでしょう。
ブッシュ大統領は、2004年大統領選での再選へ意欲を露わにして、しかもタカ派のチェイニー副大統領を維持するという方針を明確に打ち出しました(資料3)。これは、現在のような戦争政策を、2004年までだけではなく、2004-2008年までも続けることを意味するでしょう。しかも、2008年の自らの後継者として、内心では(今回再選した)弟のフロリダ州ジェブ・ブッシュ知事を考えているようです。前回の大統領選における集計混乱で弟が兄の当選を助け、今回は兄が弟の再選を助けて、将来大統領職を引き継がせるようなことになれば、政治の私物化ないしネポティズムも甚だしいでしょう。父・兄・弟と続けば、正しくブッシュ王朝のアメリカ世界帝国(!)ということになりかねません。
このようなことが目論見通りに実現するとは決して思いませんが、この種の野望を実現するために、ブッシュ政権は、持続する限り、戦争を世界各地で続けようとするでしょう。経済などの内政に争点が移行した途端に、民主党へと支持が移行する可能性が高いからです。「民主主義の帝国」であるが故に、帝国創設を企てる大統領は、民衆の支持を持続させるために、継続的に危機を引き起こし「帝国」の確立を進めようとするでしょう。
他方、パキスタンやトルコの総選挙でイスラーム系ないし原理主義的な政党が伸長したのは、当然予測されることとは言え、やはり不気味です。トルコは、政教分離が進みEU加盟が問題になっているなど、イスラーム圏ではもっとも「近代化」ないし西洋化を進めていた国家なので(スカーフ禁止政令)、その意味でも逆行する動きは懸念の材料です(資料11,12)。まだ本格的な兆候は現れていませんが、イスラーム地域の穏健派政権が打倒されて原理主義的政権が成立する危険も看過できないと思います。もしこのようなことが生じると、本格的な「文明の衝突」と「文明間世界戦争」へと事態が昂進する危険が現れます。
2.新しい平和運動のために――最悪シナリオを避けるために
現在、印刷に回す直前の平和論(ちくま新書)の草稿では、資料13のような最悪シナリオを書きました。これは、あくまでも「最悪シナリオ」なので、現実化する可能性は高いわけではありません。むしろ、これは危険性を提示して戦争に反対する反戦の論理なので、仮にイラク戦を強行してもここまで事態が悪化する可能性は低いでしょう。そこで、枚数の関係もあって、短縮ないし削除することを考えています。しかし、以上のような情勢を考えると、少なくともイラク戦やイスラエルの反撃までの危険は相当高く、悪夢のシナリオを荒唐無稽と片づけられないところが悩ましい点です。「最悪」ならずとも、「次悪シナリオ」ぐらいは実現してしまうかもしれません。
中間選挙における共和党の勝利は予想通りであり、2004年まで現在の戦争政策が続くことは覚悟せざるを得ません。そこで、私は2004年大統領選挙でブッシュ大統領が敗北することに希望を託しています。この場合は、戦争政策が中止されて、「最悪シナリオ」までは行かず、「次悪シナリオ」ぐらいで止まるかもしれないからです。それによってブッシュ王朝の世界帝国確立の野望が阻止され、イスラームとの対立も徐々に緩和に向かうことを念願します。
アメリカ国内で漸く大規模な反戦デモが行われたことが伝えられています(資料14)。民主党からも、カーター元大統領などのイラク戦への批判など、徐々に反戦の議論が提起され始めています。ここに未来の希望があります。アメリカの良い意味での共和主義的伝統が甦り、ベトナム反戦時のように政府を追い込んで、2004年に政権交代を実現させることを祈りたいと思います。
勿論、日本でもこのようなアメリカ国内の動きに海外から声援を送り、反戦運動を行って、このような批判を加速させるべきでしょう。私達も、イラク戦に際して、いかなる実践的発言を行うことができるのか、真剣に議論すべき時だろうと思います。ご意見などがあれば、お寄せください。
まずは、アフガニスタン戦の場合と同様に、HPなどで意見や見解の表明をすることが考えられます。
そして昨年の年末には、地球的平和問題会議を開催しました。現在はその刊行のために努力しています。そこで、イラク戦に際しても同様の会議を開催することが考えられます。
また、地球的平和問題会議の際にも、声明や署名などを行うという案もありました。結局、それは見送りましたが、これも検討の対象となるでしょう。また、他のグループで行っているこの種の活動を積極的に紹介したり、協力したりすることも考えられます。
私自身は、このような事態になっても、さほど平和運動が盛り上がらない事態を考えると、平和論や平和運動そのものに対しても問題提起する必要性を感じています。ちくま新書では、そのような議論を思想的に提起しています。
勿論、議論だけでは不十分で、実践的な展開が重要でしょう。とりあえず、鎌田氏らの平和運動「足の裏で憲法第9条を考える会」では、それを実践的に発展させようという動きが現れているので、私はそれに個人的に協力しています。前回の会の後に先方のMLに送ったメイルを資料15に付しておきます。「楽しい平和運動」を求める若者の希望が強いので、それに合わせて意見を述べたものです。これだけでは何のことかわからないでしょうが、ご参考までに。
●資料1:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=269510
ビンラディン氏は生存し世界中でテロを計画中=インターポールのトップが語る
2002 年 11月 9日
●資料2:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=268359
バリ島テロでアル・カーイダ犯行声明…CNN報道
2002 年 11月 8日
●資料3:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=268388
2004年の再選に狙い定めるブッシュ米大統領
2002 年 11月 8日
——————————————————————————–
●資料4:
イスラエルで早くも新外相と首相の対立高まる=両者とも党首選に照準
2002 年 11月 8日
——————————————————————————–
資料5:
●http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=269354
◎対イラク武力行使も辞さず=安保理決議の完全履行要求-米大統領
2002 年 11月 9日
——————————————————————————–
●資料6:http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=268202
アラファトもフセインも1年後には過去の人=イランで政変あり得る――イスラエル元対外情報機関長官
2002 年 11月 8日
——————————————————————————–
●資料7:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=265823
イランを標的にするのは最大の誤り=英外相がイスラエル首相を痛烈批判
2002 年 11月 6日
——————————————————————————–
●資料8:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=266567
◎イスラエル、戦争なら選挙延期も=米はイラク絡みで政局注視
2002 年 11月 6日
●資料9:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=265013
イスラエルのモファズ新国防相が正式就任
2002 年 11月 5日
——————————————————————————–
●資料10:http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=268431
◎弾道弾迎撃ミサイルを公開=イラクの攻撃けん制-イスラエル
2002 年 11月 8日
———————————————————————-
●資料11:http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=267808
◎米とパトリオット発射演習=イスラエル
2002 年 11月 7日
———————————————————————–
資料11:http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=266742
スカーフの上に「融和」の装い
2002 年 11月 7日
資料12:http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=264335
イスラム系野党が圧勝 政局不安定化も
2002 年 11月 5日
———————————————————————–
資料13:
それ故、先述した自制心をアメリカが失って、イラク攻撃などのように、当初考えられたような大量報復作戦ないし大軍事作戦を行なった時には、――湾岸戦争の時と違って――イスラームの信仰心と同胞感情が煽り立てられる。アラブ側が長期的に文明の旗の下に結集してゆく、という危険な状態が生まれかねないのである。
敢えて最悪の展開を考えてみよう。ここに現れてくる危険があるのは、次のような悪夢のシナリオである。勿論、当初は、アメリカ始め西側が人的・物理的に大きな損害を与え、アメリカ国民は喝采を送るだろう。既にタリバーン政権の転覆には成功したし、アル・カーイダなどの過激派組織を壊滅させることもできるかもしれない。フセイン政権についても同様であろう。
しかし、アフガニスタン、パレスチナ、さらにイラクといった民衆の犠牲の大きさと攻撃の残酷さを見て、イスラームの同朋意識やアラブ民族主義と、アメリカら西側への敵愾心は、ますます高まるだろう。いずれ別の原理主義的組織がテロ攻撃を再び企図し、テロと報復という悪循環が繰り返される内に、文明間の衝突の図式はますます深刻になっていく。前述の2002年10月の連続テロは、その不気味な前兆のようにすら思われる。
これは、ある意味では、正に21世紀の「新しい戦争」である。アメリカが軍事力で何回打撃を加えても、相手は国家ではないから、完全な終戦とはならない。断続的にテロと報復が繰り返されるのであり、日常生活が常に戦場化する危険が生じてくる。テロを防止するために、アメリカ自身も戦争国家化・兵営国家化する危険が存在しよう。
戦争直後に既に、‘CIAを強化し、外国人暗殺への加担を容認する’という恐るべき方向が、パウエル国務長官から示唆され、その後、予算や秘密工作活動は大幅に拡大された。同時多発テロ後、僅か数日で「反テロ愛国法」が施行され、テロリストの疑いのある外国人を司法手続きなしに7日間拘束できることになった。そして、超保守派のアッシュクロフト司法長官の下で、容疑の不明確なムスリムやアラブ系住民を秘密に長期間予防拘禁したり、事情聴取を行ったりしている(矢部武『テロ後のアメリカいま「自由」が崩壊する!』KKベストセラーズ、2002年)。ここには、明らかに人権侵害が存在し、マッカーシズムの再現の危険が存在する。
ビン=ラーディンの「アル・カーイダ(基地)」の活動家は約55カ国にわたっている上に、テロ組織のネットワーク「ユダヤ人と十字軍に対する聖戦のための国際イスラーム戦線」は、15カ国以上の国・地域31グループと提携しているという。このように、イスラーム過激派は一国だけに存在するのではなく、アラブの多くの地域に存在するから、数年以上に及ぶこの戦いは、規模においては、もはや西洋文明とイスラーム文明との「小さな世界戦争」と呼んでよいのではなかろうか。
これは、確かに両次の世界大戦のように、数カ国の間で明確な宣戦布告を行なって国家全体で突入する世界大戦ではない。しかし、国家間ではなく、テロ組織との間で開始される「世界戦争」なのかもしれない。
両次の世界大戦のように、この世界戦争も、多数の戦線を持つ。まず初めがアフガニスタン戦線であり、次いでフィリピン戦線、イエメン戦線などの小さな戦線が既に開かれている。そして、今やイラク戦線が準備されているのである。当初は、アフガニスタンだけの戦争かと思われていたが、実はアメリカ当局の真意は、このような世界規模の戦争を遂行することにあったのであり、アフガニスタン戦争は第1戦線に過ぎなかったのである。
アメリカ自身が、テロ直後から、この報復作戦には数年ないし数十年かかると言っているのだから、この戦いは何年かかるかわからない。そして、何よりも恐ろしいのは、今まではテロには批判的だったイスラーム教徒の多くが、アメリカやイスラエルの暴力行為を眼前にして、「聖戦」の論理に共感してゆくようになってしまうことである。少数の過激派を根絶しようとして始めた戦いが、逆に原理主義者や過激派を増やしてしまうかもしれないのである。
12億人というイスラーム人口を考えると、この結果が最も恐ろしい。無辜の民を虐殺すればするほど、敵の兵士が増えていくかもしれない――これが、この新しい「世界戦争」に潜む危険な動力学なのである。
しかも、これがさらに国家をも巻き込んだ大戦争に発展しない、という保証もない。アメリカのイラク先制攻撃は、この危険を孕む。先述したように、湾岸戦争は、当初イラクのクウェート侵略から始まったものであり、イラクはそもそも必ずしもイスラーム的な国家ではなく、むしろ世俗的なバース党のフセイン強権支配の国だから、イラクは広くイスラーム世界の支援を受ける事にはならなかった。
しかし、途中から戦争目的の再定義を行い、クウェートからの撤退をソ連などに仄めかす一方で、イスラーム教的な論理を用いてイスラエルとの「聖戦」を謳い、イスラエルに向けてスカッド・ミサイルを発射した。幸い、当時のイスラエル政権は自制的な対応を行い、他のアラブ諸国もイラクの意図を信用しなかったので、このイラクの挑発が本格的な文明間の衝突に発展する事は避けられたのである。
しかし、もしアメリカがアフガニスタン攻撃に止まらずイラクまで攻撃するようなら、今度はイラクが侵略したのではなく、アメリカが先制攻撃を行うのだから、イラクの「聖戦」という論理は信憑性を帯びてくる。そして、イラクは再び同じように――今度は初めからイスラエルに向けて――ミサイルを発射し「聖戦」を呼号しかねない。
イスラエルの現政権は、ただでさえ好戦的でパレスチナとの紛争を激化させているシャロン政権である。その時、イスラエルは抑制的な対応を為しえようか? いや、おそらく猛反撃を企てるであろう。既に、その場合には反撃することをイスラエル政府は決定し公表しており、アメリカまでが自制を求めずに事実上追認しているのである(2002年10月16日)。
しかし、今回の火種は、領土目的のクウェート侵略ではない。イスラーム過激派による「聖戦」である。とすると、その時、イスラームの人心はいかなる方向に動くだろうか? 穏健派政府といえども、アメリカやイスラエルの支持は躊躇うであろう。
ブッシュ親子とフセイン大統領との因縁を思うと、いわば「第2次湾岸戦争」が起こることになろう。これは、フセイン打倒のためのブッシュ家の「私戦」とすら言えよう。これに対して、今度はイラクが戦争目的を「聖戦=防衛的ジハード」とする事に成功してしまう可能性も、否定できない。
もし、上記のような論理で、イスラーム原理主義者が増えてしまうと、今後、アラブ穏健派諸国が転覆し、イスラーム原理主義政権ないし「原理主義国家」の樹立に繋がってしまうようなことが起こりかねない。パキスタンの総選挙で原理主義政党の連合体「統一協議会連盟」が伸長した(2002年10月12日)のは、このような傾向を表し不気味である。
実際、原理主義者が批判するように、いわゆる穏健派諸国の政治は腐敗しており、貧富の差や専制などを見れば、民主主義的観点からも政体の変革が望ましい場合が少なくない。しかし、その結果が原理主義政権にならない保証はない。むしろ、かつてのアルジェリアで危険が存在したように、民主主義的過程によって原理主義政権が成立する危険すら存在するのである。
さらに、もし原理主義的政権が多数成立すると、それらが連携ないし合体して西洋文明に挑戦する危険すら、完全に起こりえないとも断言できないだろう。スンナ派のイスラーム政治思想においては、イスラーム共同体(ウンマ)全体が選んだ一人の元首(カリフ)の下で、全ウンマが結束し、シャリーアを法源とする単一の「カリフ」国家を再興することが、理念型的な理想とされるからである(中田考『イスラームのロジック』講談社、2001年、244頁)。
ビン=ラーディンの右腕アイマン・アル=ザワーヒリーが属するエジプトのジハード団などは、西洋実定法を施行するイスラーム政権に対して、その政権打倒を企てる「革命のジハード」論を採用しているという。このような「対内ジハード」の論理は、カリフ国家再興を目指す論理(漸進主義―ムスリム同胞団、カリフ革命論―イスラーム解放党)と容易に結びつくであろう(中田考『ビンラディンの論理』小学館文庫、2002年)。
もし、このようなイスラーム原理主義が勝利することがあれば、その暁に成立する政治体は、通常の「国家」ですらなく、西洋的な「国家」観念を超えて、イスラームの理念に基づいた文明的国家ないし超国家となるかもしれないのである。
勿論、このようなことは簡単には起こりえない。しかし、このような大混乱ないし大変動の可能性も全く存在しないとは断言できず、イスラーム原理主義者達の目標はむしろこのような事態を引き起こすことにある。そのような混乱の結果として、10年・20年先には昨日の勝者と敗者が入れ替わってしまう可能性もまた、完全には否定し切れない。特に、アメリカが大不況や恐慌に突入して軍事的に退却するようなことがあれば、このような危険は現実味を帯びるであろう。
既に、アフガニスタン戦争は、パレスチナ問題に飛び火してしまった。死者は既に 人を超し、既に「パレスチナ戦争」と呼ぶべき水準に達している。これがさらにイラク戦へと拡大するような事になれば、これは正真正銘の「文明の衝突」、さらには「第3次世界戦争」へと拡大しかねない。これぞ正しく、ハンチントンが警告した通りの悪夢のシナリオであり、聖書のハルマゲドンすら思わせる黙示録的戦争になりかねないであろう。
果たして、アメリカは、このような危険を直視しているだろうか? 摩天楼倒壊事件が、第2次世界大戦におけるサラエボ事件にならない保証は、どこにあるのだろうか?
この最悪シナリオは、あろう事か、劇画やSFないし巷間の「破滅予言」に似てしまっている。しかし、それも止むを得ない。そもそも飛行機による摩天楼倒壊という事件自体が、それ以前には、SFやアクション映画としか思えないようなものだし、ビン=ラーディンが持つと伝えられた地下47メートルの隠れ家も、007シリーズに登場するような悪人の秘密基地に似ている。硬派の雑誌すら、同時多発テロ事件直後には「世界戦争」とか「世界恐慌」などというタイトルの特集や記事を載せる状態だったのである(例えば、『AERA』緊急増刊、no.42,9月30日号、「新『世界戦争』が始まった」。)
「1999年7の月」には大した事件は起こらなかったので、世間を騒がせた『ノストラダムスの大予言』などの著者(五島勉ら)は、面目を失墜する事になった。そのせいで、終末論を信じる人は日本では少なくなったであろう。これは、健全な傾向である。
しかし、楽観してもいられない。「2001年9の月」には、逆にその「予言」が幾分か真実味を帯びてきてしまった(※)。私達は、このような黙示録的世界を避ける道、超える道を全力で模索しなければならないのである。
※     現に、五島努は、早速、英国人女性の一解釈者が、1972年刊行の本で、同時多発テロ事件を予見していたと主張した。それによると、彼女は、有名な「1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる」(第10巻72番)を唯一人「テロの大王(The Great  King of Terror)が空から降ってくる」 と訳していた。さらに、1巻87番の詩を「ニューヨーク中枢の複数の摩天楼の複数のタワー」である「センター」が「(上から)攻撃」され、「爆発」する、と解釈していた、という。
この説の真偽について、筆者は知る由もないし、それを調べる気にもなれない。しかし、この解釈によると、世に喧伝されてきた「1999年7の月」の世界の終末は、実は2年後の同時多発テロのことだった、ということになるのである!(五島努『イスラムvs.アメリカーー『終わりなき戦い』の秘予言』青春出版社、2002年)。
資料14:
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=255495
ワシントンとサンフランシスコで大規模反対デモ
2002 年 10月 27日
資料15:
皆様
小林です。私も、■■さんと似たような感想を持っています。私としては、具体的実践に向けて問題提起を事前にしていたので、そこから振り返ってみます。
●やはり、この会にとって「楽しみ」という要素が非常に大事であることが確認されました。ただ、会合自体が楽しみというだけではなく、「平和運動自体も楽しくしたい」という方向性が表れたような気がします  。
●従来通りの形で継続するのか、それとも実践的に発展させるのか、という点については、特に若い方々からは意見表明はあまりなかったように思います。■さんが述べられたように、時間切れで議論できなかった、と  いうところでしょう。
●■さんが挙げられた以下の二つの方法の内、今のところ、前者の方法を支持 する人が多いような気がしました。オペラや踊りなども、こちらに近いだろうと思います。
当日述べたとおり、平和の探求は、生き方の模索と重なる部分が多いので、これは重要な方法だろうと思います。私個人としても、時間に余裕があれば、この側面についても話したいことは少なくありません。
●しかし、同時に事態の緊急性を考えてみると、私は後者の方法も重要だろうと思います。前者だけだと、特に平和運動という形を取る必要性は少なくなり、この会が平和運動である所以は、やはり後者のような現実的方向性も、合わせ持つことにあるだろうと思います。
● そこで、私としては、この双方の方向性を両立させる形の運動を模索したらどうかと思います。例えば、皆の話を聞くとか踊る・歌うというような要素と、声明や署名などの実践的アピールなどの要素を共に行うことは可能でしょう。大きなイベントを行う際にも、この双方を組み込めば良いだろうと思います。これは、当日■先生が言われたような、いわば理念と感性の統合という事にもなるだろうと思います。
●当然、人によって重点の置き方は違って良いと思います。私自身は後者の方に自分のエネルギーを注ぎたいと思いますが、前者の要素を後者の内容に反映させることは可能だろうと思います。
●会議の最後に少し話したように、皆さんの話から次のような要素は、理論的にも述べることができるでしょうし、また運動の中に反映させることができるだろうと思います。右側が、概念です。
・文化の相互承認、そのための対話ーー多文化主義、コミュニタリアニズムの相当
・共通項。共同性ーー同上。
・スポーツ、音楽などの方法ーー技術、芸術ーアート技芸術
・平和の波ーー理念波
・平和の道ーー平和道
・物質主義に対して、アジア的なものを取り戻すーー和から平和へ
・イデオロギーを超える感情を核にーー和楽
・楽しい平和ーー和楽
・平和の希望、平和の喜びーー積極的平和
●これらを踏まえて、この運動で私が重視したいと思うようになったのは、以下のような観念です。
アート・オブ・ピース(平和術、平和芸術)
楽しい平和運動(平和道、平和波)、楽しい平和術
平和の人々、和楽の人々
和楽ないし楽和の運動 、和楽運動、和楽術
政治や実践的運動の暗いイメージを変え、「政治術ないし政治芸術」、「運動術ないし運動芸術」を創造する。例えば、デモなども、このような芸術の場にする。
●私が緊急論説で書き、現在ちくま新書からの刊行に向けて改訂中の文章では
「和戦」という概念を提起しました。
「和の、和による、和のための戦い」です。
http://homepage2.nifty.com/public-philosophy/Ny3.htm
「和楽」と「和戦」とは、良いペアになると思います。そこで、少し「和楽」の方も付けておこうかと思います。会議中に述べた「アイデア」というのは、以上のようなものです。

Read More..>>

「国立追悼・平和祈念施設と公共の神学-ヤスクニ問題は解決するか-」 稲垣久和(東京基督教大学)

木曜日, 10月 3rd, 2002

日本クリスチャン・アカデミー関東活動センター (2002.10.3)
国立追悼・平和祈念施設と公共の神学
-ヤスクニ問題は解決するか-
稲垣久和
1. 何のための宗教間対話か。
(1) 救いの確かさの確認か?
一口に宗教と言っても色々なタイプの宗教が存在している。個人の救いよりも共同体の祭祀が目的の宗教も存在している。宗教間対話の目的はまずはそれらの宗教的実存に生きる人々が互いの宗教を知る、という意味があろう。人はよく知らないものに不安をもつ。知らなければ不安のみならず敵意をもつ場合もあろう。したがってお互いに知り合うことは何であれ「人間の営み」として意味がある。 さらに「救い」を強調するタイプの宗教であればその救いの構造の類似点や相違点を知り、互いに学びあうということが考えられるし、現に私自身がそれを個人のレベルで体験した。
(2) 地上の平和の形成のためか?
しかし宗教には個人的な面と同時に共同体的な面があることを理解すれば、互いの平和共存という目的のための対話が考えられる。共同体といっても幾つかのレベルがあろう。このとき特に重要なのは国家というレベルでの平和共存である。それは平和を破壊するのは戦争、つまり国家がその主体となる人間の殺し合いであるからだ。国家対国家が戦争をして殺し合いをやるのだが、一国家内の市民もこれに駆り出されて、自由を奪われ人殺しをさせられることになる。宗教はこういうとき、何よりも平和のために作用して欲しい。
2.“宗教”は生の意味と死の意味を与える。
(1) 宇宙の中での人間の位置(認識)
(2) 私の生きる意味(私人の地平)
(3) 社会生活の意味(公共世界)
(4) 死の意味(すでに死んだ人々も含む)
ヤスクニ神社は特に戦没者の霊を祀るという意味で他の神社とは違う。
3.“市民社会”の形成 → 公共性とは“他者感覚”の問題
(1) 共同体とは比較的同質な価値を共有する人々からなる。
共同体は幾つかの方法で定義できるであろうが、私の定義は上記のようなものだ。日本人の感覚ではムラ社会がその典型であろう。しかし例えば現代のキリスト教会のようなものも共同体に含めていいと思う。もっとも私が念頭においているのは国教会ではなく自由教会であるが。そして、国家は共同体として考えるよりも、異質な価値をもったさまざまな共同体を法律で束ねたもの、と考えたい。ただ、今、ここで最も深く考えたいのは市民社会という概念である。これは西欧近代にその起源をもっている。国家がトップ・ダウンに法によって治められるのに対して、市民社会は生のニードに応じてボトム・アップに形成される、と考えたい。だから市民社会はどうしても多様性がその特徴となる。今日的な議論では公共性と呼ばれるものだ。
(2) 公共空間とは異質な価値を持つ人々からなる、他者との共存の場。
今日の公共性の議論は、西欧近代の市民社会と国民国家が決して理想的なものではなく、20世紀に二度も野蛮な大戦を経験したという現実を踏まえていなければならない。今、問題を「異質な他者との共存」という面から整理していきたい。なぜなら戦争の背後には人種差別、他国蔑視、という観念がまずあってこれが国家という装置に名を借りた殺し合いに発展していくからである。したがって今日の公共性の議論の背後に「異質な他者への理解」が中心的なこととして存在している。国家は公共空間の一部に過ぎず、公共空間はinterestの空間として国境を越える。今日、国家をどう定義するか。Common goods を押し進めるものとして国家を定義すればトマスの伝統から神(宗教)がそこに入ってしまうので、あえて世俗的なcommon goods(共通善)を法に従って押し進める装置とでも定義するのがよかろう(そうであるならばspecial grace(神) とは区別されたcommon grace として国家を定義する方がよかろう)。もう一つの定義は権力装置すなわち主権の概念によってであるが、このとき主権概念を脱構築する必要がある。これがボトム・アップな領域主権の概念であり日本国憲法の「国民主権」の言葉をこのように解釈すべき。
(3) 公(=お上)ではなく、公と私の間に市民が開く「公共性」が必要。
ところが日本の歴史から言えることは、民衆がボトム・アップに国家を形成してきたのではなく、権力者が上から民衆を支配する構図が圧倒的に強かったということである。この体質を改めていくには西洋以上に、公と私=個人の間に、共同体ではなく、ボランテイア・アソシエーション(結社)を媒介させていく訓練が必要であろうということだ。国家の権力というものはなくならないが、しかし市民的結社が力をつけることにより、権力を分散していく方向をとるということ。同じような儒教的体質を持った韓国ではこれがNGOなどの形でかなり強力に出来つつあることを、5月の瀋陽の日本領事館事件などを通して見た。多様なNGOをボトム・アップに形成しこれらNGOが領域主権を持つと解釈することにより、新たな公共哲学が形成される。
4.国立追悼・平和祈念施設の是非
(1) 近代国民国家形成期は西洋においても戦争を繰り返し、そのたびに市民に多大な犠牲が出た。帝国主義の時代には第三世界人民の犠牲。戦死者処遇はどこの国でも問題であった。これへのベストの解決は存在していない。ただ“過去の戦争”の性格をよく学習し、戦争はもう起こさないという決意(これは教育によるしかない)が必要。そのためにはたえずそれを「想起させる(erinnern)施設」があってもよい(国立墓苑等々)。一つの“物語”を共有するグループはそこでそれぞれのやり方で過去の歩みを憶え反省すべき。
(2) 靖国神社は日本近代史に独特の役割を果たした宗教施設であり、近代国家形成後の軍国主義の象徴であったから、これは廃止すべき。ただ一宗教法人の神社として残る可能性はある。それでも国家は一切関与すべきではない(教会(神社・仏閣)と国家の分離)。
(3) 日本人の宗教意識と過去の歴史から言えることは、靖国的メンタリテイー(祖先崇拝、死者をカミとして祀ること)はまず日本からなくなることはない。日本のキリスト者は“他者感覚”として彼らの信教の自由を認めること。但しそれを国家から切り離すこと。それには代替施設を造る以外に方法はない(「過去の戦争に限定」などの条件つきで)。
(4) 「未来の戦争」を起こさないためには国家主権を分散すべき。市民グループも主権(sovereignty)を持つことの自覚(consociational democracy=多極共存民主主義)。市民が国境を越えた平和と交流の活動を自覚的にやることにより、相対的に国家主権を弱体化していく方向で活動すること。→ 今日その徴候はある。
(5) [...]

Read More..>>

時評:ジェニンの虐殺と聖誕教会ーーアメリカーイスラエル超国家主義と祈りの空間 小林正弥(千葉大学)

日曜日, 4月 21st, 2002

時評:ジェニンの虐殺と聖誕教会ーーアメリカーイスラエル超国家主義と祈りの空間
■1.ジェニンの虐殺
■2.歴史の逆説
■3.歴史的教訓の欠如
■4.アメリカーイスラエル超国家主義批判
■5.大日本帝国とアメリカ世界帝国の自称「自衛戦争」
■6.アメリカの国際機関クーデターとベネズエラ・クーデター失敗
■7.聖誕教会包囲の象徴するものーー戦争と愛
■1.ジェニンの虐殺
パウエル国務長官の調停が事実上失敗に終わりました。イスラエルはパウエル国務長官との約束によってジェニン、ラマラやナブルスなどから撤退を行っている ものの、これはアメリカを懐柔するためで、その一方ではガザ地区の南部の難民キャンプなどへ侵攻しており、ラマラの議長府やベツレヘムの生誕教会の包囲も 続けています。アメリカは事実上、これらを容認しています(資料23)。
ジェニンでは、約200(当初のイスラエル側主張)-数百人 (パレスチナ側主張)のパレスチナ人が殺戮されたという悲惨な事件が起こりました(17日の公共哲学フォーラム112及び資料1参照)。イスラエル軍は、 この凄惨な事件を隠すために死体をすぐに埋葬し、現在は数十人の死者に過ぎないと主張しているようです。1982年のベイルートの虐殺(死者約1000 人)を想起させる、虐殺行為の再現です。
中島勇氏によると、この激しい市街戦により、パレスチナ武装集団が「ジェニンの戦い」を手本にして「準国家」的な防衛組織の変化し、衝突が「国家間戦争」に転化してしまう危険があるということです(資料2の最後)。
こうなると、本当の「パレスチナ戦争」そのものとなります。イスラエル側は、軍の犠牲を避けるために、戦車だけではなく、ーー既に今回も使った(9 日)ーー戦闘機を本格的に用いて攻撃するかもしれません。この結果は、自治区において「虐殺」が繰り返されることになるでしょう。3日の緊急時評で書いた ように、自治区完全再占領やパレスチナ人の追い出し・排除などへと将来進むことも、考えられるでしょう。
このような事態が放置されると、本当の中東戦争に転化する危険が危惧されます。そのような危険について、軍事的に分析した文章として、資料9をご覧下さい。
幸い、パレスチナ側の訴えるジェニンの虐殺について、イギリスなどでも戦争犯罪であるという国際的な非難が高まり(資料8)、国連安保理はジェニンに現地 調査団を派遣する決議を採択しました(19日)。アメリカのバーンズ米国務次官補(中東担当)ですら、ジェニン難民キャンプを視察して、「むごすぎる悲劇 だ。パレスチナの数千の民間人が甚大な苦しみを被ったことは明らか」と述べ、イスラエル軍の作戦を暗に批判しました(20日)。ワシントンでも、大規模デ モが行われました(21日、資料12)。
このような追及や批判を徹底的に進めることが、イスラエルを制約することになり、以上のような悪夢の事態を防ぐことにつながるでしょう。イスラエルの完全撤退と議長の解放が実現することを期待したいと思います。
■2.歴史の逆説
振り返って考えてみると、歴史の逆説がここには存在します。20世紀の歴史において、最大の虐殺は、ナチス・ドイツのユダヤ人殺戮(ホロコースト)であ り、その目的はいわば「民族浄化」でした。それ故に、戦後ドイツはーー「南京大虐殺」などを引き起こした日本と共にーー厳しく糾弾され、そのような悲惨な 事件が二度と起こらないように、多くの人々が最大限の努力を傾注してきたのでした。
戦後の社会科学における最大の目的も、このような悪夢が再現 することのないようにすることだったと言っても過言ではないでしょう。他の様々な論点については、多様な意見が存在しているにもかかわらず、この1点にお いては、殆ど全ての社会科学者や多くの良識ある市民が一致していたと言ってよいでしょう。これは、戦後の社会科学における最大公約数に他なりませんでし た。
旧ユーゴなどにおいても、非人道的な殺戮行為が起きたとされたが故に、「人道的介入」の妥当性が主張されたのでした。この場合は、 その主張の正当性について多くの議論があったのですが、今回のパレスチナ大侵攻においては、殺戮行為の存在は、英米系メディアによってすら明確に報道され ており、疑う余地がないように思えます。
責任者たるイスラエル側の主張を除けば、非人道的な虐殺の発生を疑う声は殆どありません。驚い たことに、フライシャー報道官は、イスラエル・ロビーの圧力を受けたらしく、パレスチナ寄りの調停と見られることを恐れて、シャロン首相を「平和の人」と 呼びました(!)(資料3)。正気の表現とは思えません。
ここにおける最大の歴史的逆説は、かつてナチス・ドイツに虐殺されたユダヤ人 の作った国家・イスラエルが、今度はパレスチナ人に対して、文明国としては最大規模の虐殺行為を行っているということです。かつて同胞が虐殺されたからと 言って、それとは無関係な他者・弱者を殺戮して良いはずはありません。私には、イスラエルの繰り返す殺戮行為は、未来の世界において、かつてのナチスや軍 国主義・日本のように厳しく指弾されるようにーーそして指弾されるべきなようにーー思えます。
■3.歴史的教訓の欠如
戦後ドイツや日本は、他国から批判されただけではなく、内部の民主派によって、自国の過去を自己批判して、超国家主義やファシズムといった誤りを繰り返す ことのないように努力を積み重ねてきました。日本の場合、その成果は決して十分とは言えず、再び頭をもたげてきた国家主義に対して、警戒しなければなりま せん。しかし、ここには、ともかくも歴史の教訓が存在します。
これに対して、反「テロ」世界戦争において恐ろしいことは、アメリカやイ スラエルにおいては、そのような「歴史の教訓」が存在していないということです。イスラエルは戦後に建国されたわけですから、当然第2次世界大戦の教訓は ありませんし、むしろナチズムによる被害者という自己正当化があるのみでしょう。4回にわたる中東戦争は、軍事力の行使に反対する歴史的教訓よりは、むし ろ軍事力行使の必要性という「歴史的教訓」をもたらしているようにすら思えます。
他方、アメリカはベトナム戦争以外にはほとんど敗北し たことがない国ですし、湾岸戦争の勝利によってベトナム戦争の教訓は忘れられてしまったようです。現在のアメリカにおける異様な愛国心・ナショナリズムの 高揚は、国内における反戦の言論の自由を封殺していますから、もはや「健全なナショナリズム」ではありえません。
イスラエルの強硬姿勢の背景には、やはり国民のナショナリズムの高揚があります。
「12日付イスラエル紙マーリブの最新世論調査によると、シャロン首相の支持率は下降気味だった1カ月前の35%から59%に上昇した。今回のイスラエル 軍による軍事作戦「守りの壁」を支持する人は75%に上った。また、アラファト議長の「追放策」を62%が支持したからだ」(資料3)
このために、内閣には超保守派が入って連合政権が強化された反面、労働党は政権離脱ができなくなっっているようです。さらに、与党の保守党リクードにおい ては、シャロン首相以上に強硬な姿勢を取るネタニヤフ氏の人気が上昇しているということです(公共哲学フォーラム105参照)。
アメリカやイスラエルにおいては、過剰な愛国心やナショナリズムの結果として、悪事を行い手痛い敗北を喫するという歴史的体験がないために、このような事態が容易に起こると思えるのです。
■4.アメリカーイスラエル超国家主義批判
これは、戦前の日本と同様の、「超国家主義(ウルトラ・ナショナリズム)」と呼んでもよいのではないでしょうか。これまで私は「超国家主義」という概念 をーー丸山眞男に従ってーー戦前の日本についてのみ使用してきました。しかし、今回の事態を見て、アメリカーイスラエルにも適用できるのではないか、と考 え始めました。
かつて丸山眞男は、戦前日本の超国家主義を厳しく反省する論理を提示したとともに、冷戦と共に始まったアメリカのマッカーシズム (やソ連のスターリニズム)にも厳しい批判を行いました。マッカーシズムの吹き荒れるアメリカには、「ファシズム化」が始まっており、冷戦下にあっては 「国際的反革命の総本山となっった」アメリカを「戦後ファシズム」の代表例として批判したのでした(1)。
ここには、普遍的原理に基づいて言論を行う知識人の栄光が存在するでしょう。例えば、「自由」の原理によって、戦前日本の軍国主義を批判するが故に、翻って、「自由」を圧殺しているアメリカのマッカーシズムを批判しなければならないのです。
保守派の国家主義者は、しばしば丸山を「西洋贔屓」とか「西欧かぶれ」と見なして、ヨーロッパやアメリカを賛美する反面、日本を自虐的に批判したかのよう に描き出します。しかし、丸山は決して、現実に存在するアメリカやヨーロッパを無条件に賛美する「西洋贔屓」ではありませんでした。彼は、確かに西洋的な 「自由の理念」を擁護しましたが、それは普遍的な理念であるが故に、その理念によって、現実の西洋に対しても厳しい批判をすることがあり得たのです。
この精神を想起すれば、私達は、日本の国家主義や官僚主義を批判するだけではなく、現在のアメリカやイスラエルにおける「超国家主義」をも厳しく批判しな ければならないでしょう。丸山の場合、「超国家主義」が通常の「国家主義」と異なる所以は、公私が分化せずに、天皇制国家が「倫理的実体として価値内容の 独占的決定者」であったという質的特質に求めました(2)。この意味では、アメリカもまだ戦前の日本のような「超国家主義」にまでは至っていないかもしれ ません。しかしながら、自国の利益を「正義」と見做してそれを絶対視しその「正義」の名の下に他国民を犠牲にするという点では、現在のアメリカーイスラエ ルも、戦前の日本とは別形態ながら、やはり「超国家主義」と呼んでもよいように思えるのです。
そこで、一般的に、他国民を犠牲にしない「健全な 国家主義・国民主義」と区別して、他国民を犠牲にする国家主義を「超国家主義」と定義したらどうでしょうか。この場合、戦前の日本は「日本型超国家主義」 であったのに対して、現在のアメリカやイスラエルは「アメリカ型・イスラエル型の超国家主義」と言うことが出来ると思うのです。
さらに、アメリカにおける反戦の言論弾圧を考えれば、「社会の強制的なセメント化・同質化」というーー丸山が定義した意味におけるーーファシズム化が始まっているとも言えるかもしれません。
最近、学識のあるはずのアメリカ専門家や研究者の一部が、現在の状況においてもなおアメリカを賛美し擁護するのを目の当たりにして、私は驚いてしまいまし た。しかし、考えてみれば、それほど極端ではなくとも、大なり小なり日本人の多くは、心理的にアメリカを批判できなくなっているのかもしれません。
確かに、アメリカは戦後日本にとって、民主主義や地方自治のモデル国の一つであり、多くの知識人が、アメリカを批判することを躊躇するのも、心理的に理解 できなくはありません。しかし、この精神の構造こそが、国家主義の批判する「西洋(アメリカ)贔屓」「西洋(アメリカ)かぶれ」に他ならないのです。
自由という普遍的理念に基づいて戦前の日本超国家主義を否定する者は、その論理的帰結として、今日のアメリカーイスラエル超国家主義をも批判しなければな りません。逆に言えば、反「テロ」世界戦争における超国家主義を批判することのできない者には、日本軍国主義における超国家主義も批判する資格がないと 言って良いでしょう。
■5.大日本帝国とアメリカ世界帝国の自称「自衛戦争」
イスラエルやアメリカの主張に従って、この攻撃は「自衛戦争」だから正当だという反論があるかもしれません。既に様々な箇所でこの論理には批判を加えましたから、ここで繰り返すことはしません。ここでは、戦前の日本超国家主義との類似性に注意を喚起しておきましょう。
戦前の日本は、中国などを「侵略」すると称して戦争を起こしたでしょうか? 否、その場合にも「自衛」という名目が使われました。例えば、満州事変におい ても、日本が既に中国に軍事的に進出している事態を顧みずに、現地で起きた暴動などを背景に、(実際は柳条湖事件は、石原莞爾らの謀略であるにもかかわら ず)中国側が仕掛けた暴挙であるとして、正当防衛の戦いと自称して軍事的な侵略を行いました。これは、現在の反「テロ」戦争の論理とどこが違うのでしょう か? 一般的には9・11同時多発テロは、アメリカが仕掛けた謀略ではないとされていますが、過去の政策を反省せずに、事件に対して自衛戦争と称して軍事 力に訴える点は同じです。
当時の「大日本帝国」は、「帝国」の外交的・軍事的政策を反省することなく、「匪賊」討伐という「自衛」目的と称して 戦争を拡大していったのです。そして、第1次近衛内閣は、「国民政府を対手とせず」という声明を出して(1938年1月16日)、もはや引き返せない泥沼 に突入していきました。これは、シャロン首相が自治政府を「テロ支援体制」と決めつけ、パレスチナ自治政府のアラファト議長との接触を一切絶つと断行を宣 言した状況(昨年12月13日)とよく似ています。やはり、この断行声明から、今日のような戦争状態へと突入してしまったわけです。
こ [...]

Read More..>>

検索


リンク

重要リンク

関連リンク

掲示板

メイリングリスト

total of 266341 visits