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時評「核戦争の危機に面してーーイラク戦に対する反核平和」 小林正弥(千葉大学)

水曜日, 4月 3rd, 2002

1.核使用策定計画の衝撃ーー戦争で核兵器が行使される世界
2.反「テロ」世界戦争への拡大ーーイラク戦線開始
3.イラク攻撃の外交的準備ーー不名誉な日米枢軸
4.イラク攻撃のための停戦ーー便宜的なパレスチナ和平圧力
5.核行使の誘惑ーー不審なアナコンダ作戦の「教訓」
6.アメリカ帝国の夷狄討伐世界戦争ーー死線の完全突破
7.世界戦争への拡大と長期化ーー次期大統領選への戦争選挙戦術
8.イラク戦の最悪シナリオーー核戦争と中東戦争
9.被爆国家・日本の世界史的使命ーー絶対的反核の貫徹
10.戦後日本公共哲学の絶対的当為ーーー絶対的公共悪に対する和戦
.
.続報(3月29日追加)
■1.核使用策定計画の衝撃ーー戦争で核兵器が行使される世界
既にご存じだと思いますが、9日付ロサンゼルス・タイムズは、アメリカが7カ国に対して非常時の核使用計画策定と、より小型の核兵器開発を指示していたこ とを報じ、さらに10日付ニューヨーク・タイムズは生物化学兵器貯施設を標的にした核攻撃シナリオの策定指示を報じました。核兵器使用の対象に挙げられて いるのは、ロシアをはじめ中国、北朝鮮、イラク、イラン、リビア、シリアで、「悪の枢軸」3国だけでなく、中国やロシアまでも対象に入っています。文書で は、核の使用が想定されるケースとして、(1)通常兵器では撃破できない敵(2)核や生物・化学兵器による攻撃への報復(3)予想を超える軍事上の展開、 の三種類が明記されていると報じられています。
日本の新聞が本格的に報じたのは10日で、私は会議のため山口でこの記事に接して、非常 に大きな衝撃を受けました。中国新聞では10日の一面トップで大きく扱っており、全国紙よりも本格的に報道していました(資料3)。おそらく、これは中国 新聞が広島県もカバーしているためだと思われ、参考資料に見ることができるように、中国新聞の報道はこの件に関しては全国紙よりも充実しています。
アメリカ当局者は核使用計画策定の方は政治的考慮から否定していますが、民間研究所グローバル・セキュリティーが核兵器開発指示の文書の抜粋をHPで公表 しましたし(資料13)、ラムズフェルド国防長官は情報漏洩を怒り(資料10)、ボルトン国務次官(安全保障担当)が事実上認める発言をしておりブッシュ 政権の核攻撃の可能性を認めている(資料11、18)ので、報道が真実であることは確実です。参考までに、資料14にそのHPに掲載されている機密文書 Nuclear Posture Review[Excerpts]を付します。
既に2月22日の段階でボルトン国務次官)が「核不拡散条約に加盟している非核保有国 には核攻撃をしない」というカーター政権以来の方針を変更する姿勢を見せていました(資料1)から、これが政権レベルで決定されたと見て良いでしょう。こ れは、核不拡散防止条約体制をますます揺るがせるものです。そして、大統領自身が、イラク・北朝鮮などに対して、大量破壊兵器開発に対して先制核攻撃も辞 さないという言明をしました(資料9)。また、前述の秘密文書では、
「一、米国が備えなければならない「直近」「潜在的」「予測不能事態」の三形態の対応計画を想定。核攻撃能力の設定に際しそれらに応じられる戦力を用意。
一、「直近の対応計画」は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による対韓国、イラクの対イスラエル攻撃や台湾をめぐる武力衝突など。

一、北朝鮮、イラク、イラン、シリア、リビアは三形態のいずれかに属するが、北朝鮮とイラクは特に恒常的な軍事的懸念となっている。いずれもテロを支援、保護し大量破壊兵器とミサイル開発が活発。」(資料12)
とされており、特に北朝鮮の韓国攻撃、イラクのイスラエル攻撃、中国の台湾攻撃は、核使用を備えるべき「直近」の事例として具体的に挙げられています。
冷戦時代には、核兵器は抑止力とされており、万一使用されたら人類滅亡の危険を孕むものの、使用することのできない兵器と見做されていました。然るに、この核使用策定計画においては、むしろ具体的な危機において使用することが想定されています。
しかも、テロ支援や大量兵器開発が上記文書では挙げられていますから、政権は、現在の反「テロ」世界戦争において核兵器を使用する可能性を本気で考慮していると考えなければなりません。広島・長崎を始め、世界各地で批判が始まったのも当然です。
核の時計の針が動かされたのも当然です。広島・長崎以来の核兵器使用の危険が、高まっていると言わざるを得ません。これを知って、衝撃を受けないでいられ ましょうか? 核不拡散体制が危機に瀕するのみならず、アメリカは戦争で本当に核兵器が行使される世界へと舵を切ろうとしているのです。これは、黙示録的 世界に他ならないでしょう。
■2.反「テロ」世界戦争への拡大ーーイラク戦線開始
パキスタンでは、ウォール・ストリー ト・ジャーナルのダニエル・パール記者の誘拐・殺害事件(1月)に続き、昨日もイスラマバードのキリスト教会で手投げ弾テロがあり、アメリカ外交官家族を はじめ5人死亡、40人が負傷しました(17日)。今後も、様々なテロが続発することが懸念されます。
これに対して、アメリカは既に反 「テロ」世界戦争を、第2戦線以下へと展開させています。アフガニスタン戦争も継続していますが(アナコンダ作戦)、フィリピンを皮切りに、グルジア、イ エメンにも米軍が派遣されつつあり、さらにはコロンビアやスーダン・ソマリアなどへも派遣が検討されているようです。いよいよ戦線は世界中に広がり、ーー 世界大戦でこそないもののーー「世界戦争」の実質を備えてきたと言って良いでしょう(資料16)。
この焦点が対イラク戦争であること は、言う迄もありません。アメリカは、イラク攻撃には既に法的根拠がある(個別的・集団的自衛権を定めた国連憲章51条、停戦決議(安保理決議687)違 反)と主張しており(資料17)、フセイン政権打倒の意思を固めていることは確実です。
実は、同時多発テロとイラクの関係はさほど強く ないわけですが、アメリカ内部では、ーー同時多発テロとは別にーーフセイン政権が核武装する危険性が高いことを論拠として、それ以前に打倒すべきであると 論じられています。この点については、タカ派とハト派の間に大きな差はなく、その論争は主として時期(タカ派ー即刻、ハト派ー時期尚早)と方法に関しての ものとなっているようです(1)。前回述べたように、反「テロ」の論理から反「大量破壊兵器」の論理へと転換しているのは、主としてこのためでしょう。イ ラクの大量破壊兵器=核武装を阻止して、その前に攻撃するということに趣旨は尽きています。
現在は、具体策を練っている段階と思われ、アメリカでは
1.イラク反体制勢力を支援してフセイン大統領のクーデター・暗殺などを企てる。
2.アフガニスタンの場合のように、空爆を加え、イラク反体制勢力を支援する。
3.本格的地上軍投入。
というシナリオが公然と語られ、議論されています。
フォーラム75でお知らせしたように、1.や2.の段階は既に始まっており、CIA工作員は既にイラクに潜入しているようです。つまり、空爆などの本格的な戦争は勿論現在準備段階ですが、既にそのための第1段階は始まっているのです。即ち、
「【ワシントン28日共同】二十八日付の米USAトゥデー紙は、米中央情報局(CIA)がイラクのフセイン政権を打倒するため、内外の反体制組織を支援する秘密計画を進めていると報じた。米政府当局者や元CIA高官の話として伝えた。
同紙によると、CIAはイラク北部で活動する反体制クルド人組織や南部のシーア派イスラム組織の武装化や軍事訓練を計画。同時にイラク軍兵士の寝返り工作を進めるという。
ブッシュ大統領は三週間前にCIAのフセイン政権転覆計画を承認。最近、米外交官やCIA工作員がイラク北部に潜入した。
米政府はイラク内での工作と並行して、欧州で活動するイラクの反体制派組織イラク国民会議(INC)の元将校らを集めた会合を財政面で支援する。
ブッシュ大統領は大量破壊兵器を生産しているとしてイラクを「悪の枢軸」と位置付け、あらゆる手段でフセイン体制を打倒する意向を表明。軍事行動も辞さない構えで、国防総省は二十万人の米軍兵員を含む対イラク攻撃計画の検討を始めている。」(資料20)
この記事に続く情報として、ごく最近にも
「イラクの反政府勢力、イラク国民会議(INC)幹部は、米政府がフセイン政権打倒をめざす元イラク政府高官と数週間以内にワシントンで協議することで合意したと述べた」と報じられました(資料18)。
しかし、INCやクルド人勢力などのイラクの反体制派は、フセイン政権に比して弱小なので、アフガニスタンの場合のように北部同盟を空爆で支援するような 形では政権打倒に成功する可能性は必ずしも大きくないと考えられています。湾岸戦争の後でも、フセイン政権は北部クルド人武装勢力やイラク南部の反政府勢 力の蜂起を鎮圧したからです。
そこで、1や2の可能性を試みながらも、それで不十分な場合に、3の地上軍投入というシナリオが論じられています。この場合、一般的に25万人ぐらいの投入が必要とされています(2)。
これに即して、イギリスはその1割の2万5000人の出兵を検討しているようです。ブレア首相は支持を表明するに至り、来月5日からテキサス州の大統領別 荘でブッシュ大統領と会談してイラク攻撃への協力を表明する見通しです。さすがに、イギリス国内でも、閣議でクック院内総務を始め複数の閣僚が疑念を表明 して政権内部ですら異論が噴出し、60人を超す与党労働党議員らが「対米支援への懸念」を盛り込んだ動議案に署名しました(9日、朝日)。
■3.イラク攻撃の外交的準備ーー不名誉な日米枢軸
このために、アメリカは何とかイラク戦についての国際的支持を取り付けようとしています。その起点がブッシュ大統領の日本訪問(2月18-19日)でし た。後で親書が朝日新聞でリークされたように、実は日本経済を非常に懸念していたわけですが、表舞台では小泉首相を「偉大な改革者」として持ち上げて、イ ラク戦を念頭に反テロ戦争への支持を取り付けようとしたわけです。流鏑馬の鑑賞は、この訪日の意図を象徴的に表すものでした。馬上からブッシュ大統領が矢 を射る流鏑馬のイラストを送られて、「我々は悪と戦っている」と語った通りです。その矢で「テロリスト」を射ようというのでしょう!
ブッシュ大統領は、「日本は米国の最大の本物の友人の一人だ」とし、「アジア歴訪を日本から始めたことには重要な理由がある」として、日米同盟の意義を強 調しました。同時多発テロ事件以降「日米同盟の強さと、日本の地球規模の欠かせない役割」が示されたとして、対米支援に謝意を表明し、「自由は勝ち残る。 文明
とテロは共存できない。テロを破ることによって世界の平和を守る」と述べました。対イラク軍事行動についても、強い語調で「全ての選択肢はあ る。テーブルの上にそのまま載せておきたい。何一つ排除したくない」と述べて、イラク戦を考えていることを明確にしました。悲しいことに、日本の首相はそ れに応えて事実上の支持表明を行ってしまいました(以上、朝日18ー19日)。
日本との絆をことさらに謳ったのは、フランスやドイツ (フィッシャー外相)をはじめとするヨーロッパ諸国、さらにはイギリスですらイラク戦争には反対の気運が強いからです。特に、フランスはジョスパン首相・ ベドリヌ外相・リシャール国防相と一致して批判しており、アメリカを苛立たせています(資料22・23)。そこで、アメリカは最も従順な日本から最初に公 式な支持を取り付けることにしたものと思われます。
日本は、やはりアメリカの最も従順な随従国家であること、一の子分国家たることを表 してしましまいました。北朝鮮が「日米イスラエル」こそ「悪の枢軸」と批判しています(資料21)が、この時点では、実際に日米枢軸とでも呼べる状態だっ たのです! アフガニスタン戦争の時にも日本政府は最もアメリカに随従で最も早く軍隊派遣を決めたので、私は論説で「日英米枢軸」と批判的に揶揄しました が、今回はヨーロッパが明確に批判しているので、イラク戦への支持形成における日米枢軸が誰の目にも際だっています。
反「テロ」世界戦争のイラク戦線は、日米枢軸によって準備が開始されたことーーこれほど平和国家・日本にとって不名誉なことはないでしょう。
■4.イラク攻撃のための停戦ーー便宜的なパレスチナ和平圧力
現在は、チェイニー副大統領が10日から中東12カ国を歴訪中で、イラク攻撃への支持を取り付けようとしていますが、ヨルダン・エジプト・イエメン・オ マール・アラブ首長国連邦に続いてサウジアラビアすらもイラク攻撃に反対し、基地提供などの協力に難色を示しました(16日)。中東諸国からすれば、湾岸 戦争当時と違ってイラクの脅威は現在はさほどないのに対して、パレスチナ問題は深刻な情勢にあるからです。
そこで、アメリカは、中東諸国の支持を確保するために、パレスチナ国家に言及して「イスラエルとパレスチナの二つの国家」の平
和共存を求める国連安保理決議案を初めて提出しました(12日)。そして、サウジアラビアのアブドラ皇太子の中東和平構想にも関心を示し、これまでとは姿勢を変化させて、イスラエルの強硬策を批判して和平に応じるように圧力をかけ始めました。
イスラエルはますます凶暴になっており、ラマラ制圧というような最大規模の軍事作戦を行いましたが、ジニ米特使の仲介に当たって、アラファト議長の軟禁を 解除しました。さらに、アメリカの強い圧力を受けて当初の決定を変更し、ラマラなどから撤退して、停戦に応じて交渉の席に着く姿勢を見せています。16日 には、「シャロン首相が17日に三者会談を開催して停戦宣言をする」という声明を首相府が勇み足で発表し後撤回しましたが、18日には「自治区域からイス ラエルが撤退した後はパレスチナ政府が治安維持にあたる」という現場司令官の合意が成立して停戦宣言へと準備が進みつつあるようです(朝日、夕刊18 日)。
パレスチナ国家の承認は重要ですし、停戦自体は、勿論望ましいことです。しかし、この背景を考えると必ずしも素直に喜べません。 アメリカの和平圧力は、イラク攻撃のための便宜的なものに過ぎず、この停戦は、仮に成立したとしても、イラク攻撃の下準備に他ならないからです。それ故、 遅くともイラク攻撃が終わってしまえば、また元の状態に戻ってしまうことが危惧されます。あるいは、それまでも持たず、ジニ特使が帰ってしまえば崩壊する かもしれません。シャロン首相が本当に全占領地からの撤退をする気になるとは到底思えないからです。おそらく、単にアメリカの圧力を受けて一時的に譲歩す るに過ぎず、自爆テロなどをきっかけにしてーーあるいはパレスチナ側幹部暗殺などによってそのような事件を発生させーー再び強硬策に戻る機会を虎視眈々と 伺うことでしょう。
アフガニスタン戦争の段階でも、開戦以前にアメリカはイスラーム諸国の支持を得るために、パレスチナ国家構想に言及 [...]

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「悪の枢軸」を語る「戦争屋」――アメリカ世界帝国主義論と「米帝」中東・朝鮮戦争の脅威 小林正弥(千葉大学)

土曜日, 2月 16th, 2002

「悪の枢軸」を語る「戦争屋」ーーアメリカ世界帝国主義論と「米帝」中東・朝鮮戦争の脅威
 ■1.「悪の枢軸」発言ーー対イラク先制攻撃言明
田 中外相更迭(29日)に隠れてしまったため、同じ日に行われたブッシュ大統領の一般教書演説(資料1)はさほど日本のマスコミに報道されなかった。しか し、これは、外相更迭事件と同様に信じがたいものであり、日米双方の政権の低劣さと危険性をこの二つの事件以上に明確に語るものはない。
 この演説の問題点は、次の3つであろう。
1.イラクに加えて、北朝鮮とイランとを「悪の枢軸(Axis of Evil)」と呼んだこと。
2.対テロの論理を用いながら、「大量破壊兵器」所持国への戦争を示唆し、実質的には、戦争の論理を変更・拡大したこと。
3.自衛戦争という名目を捨て、事実上の先制攻撃の可能性を示唆したこと。
  これは、ブッシュ大統領個人の思い付きではなく、その後にライス・ラムズフェルトら政権首脳がそれを敷衍する発言を行い、大統領は「対アフガニスタン戦が 成功したからといって、本気ではないと思っている人達が世界にはいるが、我々に躊躇いはない」として、「各国も我々の側につく必要がある」と同調を要請し た(資料3)。さらに、穏健派のパウエル国務長官までが、大統領の強い指示に従って強硬姿勢に転じ、下院外交委員会で、フセイン政権打倒を「米国だけで行 わなければならない」「考えうる最も深刻な行動もありうる」と述べた(8日、資料11)。
  従って、イラク等の攻撃は既に政権全体の意思と見做さなければならず、副大統領の中東歴訪はイラク単独攻撃への布石と見られている(資料9)。アフガニス タン攻撃の際に、政権内部で強硬派は当初から大量報復攻撃としてイラクも同時に攻撃することを主張し、パウエルら慎重派の抵抗で、その実施を先延ばしにす ることとした。いよいよその時期が到来し、正に大量報復攻撃を開始しようとしているわけである。今回は、ロシア・中国などが批判しているのみならず、フラ ンス(ベドリヌ外相、ジョスパン首相)やイギリスのような欧州の友好国までもが批判的なので、アメリカ一国で攻撃に出るという信じがたい凶暴な姿勢を見せ ており、この姿勢は現在でも変わらない(資料17)。
■2.「文明の対話」を破壊する戦争国家ーー邪悪なのはどちら?
  思想的に見て驚倒したのは、イラク・北朝鮮だけではなく、イランまでも「悪の枢軸」に入れたことである。同時多発テロ事件やアフガニスタン戦線について、 イランは比較的アメリカに好意的な姿勢を取っており、突然攻撃対象になる現実的理由は見当たらない。パレスチナへの武器輸出事件への関与を疑っているけれ ども、それだけで攻撃対象になるとは思えない(1)。タリバーン政権の場合は、その原理主義的な時代錯誤の硬直的思想の故に、思想的には擁護できなかった が、イランの穏健派・ハタミ政権の場合は、全く事情が異なる。
 ハタミ大統領の著書『文明の対話』(共同通信社、2001年) は、思想的にも相当評価できる良質の著作であり、むしろこのような角度からこそ、「文明の衝突」の危機を避け、文明間の平和共存が可能になると思わせるも のであった。ある意味では、イスラーム圏の現状の中で、ハタミ大統領は、いわば「哲人大統領」のような存在であり、「文明の衝突」を回避するための希望の 星であった。イラン内部では、なお強硬な保守主義的勢力も強いとはいえ、ホメイニ師がイラン革命を起こした国で、このような優れた思想を大統領が述べるこ との意味は決して小さくはない。さらに、現実の外交にも、同時多発テロ事件後にその改革派路線は明確に反映していたのである。
 イランは「文明の対話」を提唱していた。それを「悪」と呼ぶ国家は、すなわち「文明の対話」を破壊する戦争国家である。どちらが、「邪悪な国家」だろうか?
■3.「文明の衝突」をもたらす「悪の帝国の戦争屋」
  テロとの直接的関係もないのに、イラクを攻撃し、さらに反テロ戦争に比較的協力的だったイランまでも「悪」と規定して、果たしてイスラーム諸国ないしムス リムはアメリカを支持し続けることができるであろうか? これでは、「テロ組織」どころか、原理主義ですらなくとも、アメリカの攻撃の対象になり得ること になる。穏健派のイスラーム国家ですら、アメリカの随従し続けない限り、先制攻撃を受ける危険が存在することになってしまう。過激派ならずとも、正統的な ムスリムから見てさえ、これはアメリカの暴虐な支配であり、「防衛的ジハード」の対象にならないであろうか?
  「文明の対話」を提案して国連のプロジェクトにまでした国家を攻撃するようでは、「文明の衝突」を自ら引き起こそうとするかのうようである。敵対していた イランとイラクとを共に「悪の枢軸」と規定することは、逆にこの二国の間の提携、ないしイランと他のラーム諸国との提携をもたらすかもしれない。シーア派 のイランとスンニ派のイスラーム諸国が提携することの意味は決して小さくはない。イスラーム内部の思想的対立が乗り越えられて、イスラームとしての連帯感 が現在以上に生まれてくるかもしれないからである。
  これまでは、イランーイラク(まして北朝鮮)の外交的提携ないし「枢軸」などは、存在しなかった。しかし、この愚かなアメリカの規定により、そのような 「枢軸」が生まれてきたら、どうするのだろうか? イスラーム陣営の結集という可能性が生まれてくる。これは、ハンチントンの「文明の衝突」のシナリオ通 りなのである。アフガニスタン戦線は、幸い「文明の衝突」にまでは至らなかった。しかし、アメリカは、本当の「文明の衝突」を引き起こしたいのだろうか?
  北朝鮮が「悪の枢軸」に対抗してアメリカを「悪の帝国」と呼んで非難した(資料8)のは、今までの行動パターンから見てむしろ当然の成り行きであろう。し かし、極めて理性的で教養の深いハタミ大統領が「戦争屋的な態度」と呼んだ(資料5)ことは、無視しえない。革命記念日(11日) には、イランは反米一色になり、大統領も「米国の政策はシオニストに影響されている」と述べ、「イラン国民を根拠なく侮辱することは許さない」、(「米国 に死を」と叫ぶ群衆を前に)「米国の指導者達は、自分が世界の支配者だと思っている。大人気ない彼らに目覚めてほしい」と演説したという(朝日、12日、16日、資料18も参照)。
  まず間違いなく、思想的に見れば、アメリカ政権担当者よりもハタミ大統領の方が高い教養・見識を有しており、北朝鮮の場合のように、その言を単純に扇動と 片付けるわけにはいかない。ビンラディン氏やオマル師の場合ですら、精神性においてはアメリカ当局者を凌駕しているのではないかと疑ったのであるが、ハタ ミ大統領の場合は、精神性は言う迄もなく、理性や教養においても優劣は明らかであろう。
  ハタミ師の反米演説は、決して単なる扇動演説ではなく、アメリカの非常識な態度に困惑した上での批判であろう。「大人気ない彼らに目覚めてほしい」という 言には、私も全く同感である。北朝鮮の金総書記ですら、「悪の枢軸」と名指しされて「思い悩み痛ましい様子」であったという(資料22参照)。
 イランはおろか、北朝鮮の言うことは、全て非合理な宣伝であるという常識がここでは当てはまりそうもない。「悪の枢軸」を語る者こそ、「悪の帝国の戦争屋」であるかもしれないのである。
■4.アメリカの国益による戦争ーー介入の真実
  ここから改めて明らかになったことは、例えばオマル師・タリバーンやフセイン大統領の思想や政策が非人道的だから、人々を助けるためにアメリカが攻撃する のでは全くない、ということである。ハタミ大統領のイランが非人道的で民衆を虐殺しているという報道があっただろうか? 保守派の抵抗が強くてイランの自 由化がさほど進まない、という点ならば、聞いたことがある。しかし、自由化を推進しようとしている大統領を頂く国を攻撃することが、「人道的介入」だと は、さすがのアメリカも言い得ないであろう。
 ア メリカは、多くの場合、それらの政権の人々を救うために爆撃しているのではなく、自らの「国益」(と信じるもの)を達成するために爆撃しているのである。 アメリカの介入事例を見ればこれは自明であるが、この自明の理を直視しない論者が多いので、敢えて強調しておきたい。タリバーン政権の残虐な刑や女性抑圧 から、民衆を救うために爆撃するなどというのは、全くの戯言である。
  タリバーン政権の厳格な刑によって、北部同盟支配下の犯罪行為の横行が抑止されたのであったし、女性「抑圧」は、アフガニスタンの田舎の習慣の強制であ る。女性抑圧により爆撃するならば、サウジアラビアも爆撃しなければならないであろう。既に、新政権の下で犯罪の増加が報道されている(資料23)し、ド スタム将軍など軍閥同士の内紛や地方勢力間の武力衝突が伝えられている(2)。それどころか、この文章の執筆中に、政権内部の反目で、国防省のアブドラ・ ジャン・タフィディ司令官、カランダル・ベグ国防次官、ハリム検事らによりアブドル・ラーマン航空・観光相が殺害されるという驚くべきニュースが飛び込ん できた(資料22)。再び内戦状態に戻って殺戮が始まらないように願うばかりである。
 それ故、タリバーン政権攻撃の名目は、戯言であると同時に、アメリカの宣伝ないし扇動(プロパガンダ)なのである。アメリカの軍事行動の目的は、敵対者の討伐という一点にある。この 真実から目を逸らして、例えば「解放されて喜ぶ女性」の映像を流すこと、それに踊らされることは、「戦争宣伝(プロパガンダ)」に惑わされているのであ [...]

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時論「戦争と平和――アフガニスタン、中東、そして日本」 小林正弥(千葉大学)

金曜日, 12月 7th, 2001

時論「戦争と平和――アフガニスタン、中東、そして日本」
1.対テロ戦争の世界的拡大という戦慄の恐怖――アフガニスタン戦争から中東戦争へ
戦況は大きく変化し、マザ―リ・シャリ―フ(11月11日)・カブール陥落(13日)・クンドゥス投降(25日)などにより、北部同盟が北部を占拠し、 ベール(ブルカ)を脱いで喜ぶ女性達の映像が流れています。ボンでは、現在、政権構成の協議が4派で行なわれており、皇太子妃の出産で湧く日本では、あた かも戦争は――南部で抵抗するタリバーンの残党を除けば――終わったかのようです。アメリカでは、「最も偉大な国の力」を自賛する声が、あちこちで聞かれ ます。
しかし、私の心は晴れません。アフガン国内は、北部といえども無政府状態で、マザリ・シャリーフ近郊でのタリバーン投降兵の反乱 と全員射殺という(アムネスティー・インターナショナルなどが調査を要求した)残酷な事件や、メディア関係者の死などが報じられています。そして、何より も、南部では、まだカンダハル周辺で抵抗を続けるタリバーン軍に対し、アメリカの爆撃が最大規模で激しく続いています。
報道量が減ってい るだけで、一般市民の死も勿論続いています。クエッタの病院には、連日民間人の犠牲者が運び込まれているようです(11月27日、朝日)。また、東部の ジャララバード近辺では、ビンラディン氏らが潜伏していると見て、連日集中的に爆撃を続けており、この文章の執筆中にも、2つの村で住民50人が死亡した と伝えられました(12月1日)。
アメリカは、遂に本格的な地上作戦を開始してしまいました。「迅速な自由作戦」と命名したそうです。カ ンダハル近郊の空港を制圧して前線基地を作り、特殊部隊約400人だけではなく、海兵隊約1000人まで投入して、計1500人で、カンダハルを死守しよ うとするタリバーンとの地上戦に突入しようという構えを見せています。
それどころか、ブッシュ大統領は、26日に、宿敵・イラクと、テロ組織の存在する諸国へと対テロ戦争の拡大を示唆しました。湾岸戦争が繰り返される危機、いわば第2次湾岸戦争が起こる危険が現実化してきました。
さ らに、イスラエルで、エルサレム繁華街(1日)・北部のハイファの路線バス(2日)で連続自爆テロが起こり、計27人死亡、200人以上が負傷という恐る べき衝撃的なニュースが飛び込んできました。昨年来の衝突の中で最大級の事件で、アメリカが特使を派遣して進めていた停戦仲介はこのため崩壊寸前となり、 パレスチナ自治区では全域に非常事態宣言が出されました。イスラエルは、既に同等以上の報復を宣言しています。
ブッシュ大統領は「正当化 できない殺人行為」と非難し、訪米中のシャロン首相と予定を繰り上げて会談し、シャロン首相はすぐ帰国しました。今回は、アメリカは自制を公式にはイスラ エルに求めず、ただ7日間の猶予期間を自治政府に与えるように求めました。この間に自治政府が、犯人の逮捕や支援組織の壊滅をしなければ、あたかも報復を 容認するかの如き態度です。
ブッシュ大統領が「正義をもたらす」というアフガニスタンについては聞きなれた句を使ったのが、非常に気にな ります。前観光省暗殺時にイスラエル首相が主張したような、対テロ戦争の論理を、ブッシュ大統領が用いているように見えるからです。その時には、アメリカ は――自分自身はアフガニスタンに対して用いた――対テロ戦争の論理に反対して、イスラエルに自制を求めました。そして「パレスチナ国家」案への支持を表 明して、和平の仲介を試みていました。これは、戦争開始後の、最も賛成出来るアメリカの外交的変化でした。然るに、自治政府がテロに責任があるとしてしま えば、自治政府は和平の当事者からテロ擁護政府という事になってしまい、議長や自治政府は、オマル師やタリバーンと同列の存在と見做す事になりかねませ ん。
こうなれば、むしろ自治政府自体が攻撃の対象となってしまいます。現に、イスラエル内部では、最早アラファト議長には期待できないと して、議長や自治政府をも攻撃の対象とするべきである、という議論がなされています。既にハマスら強硬派は攻撃の対象としており、今回の自爆テロは、ハマ ス幹部ら3人の暗殺(11月23日)の報復です。この攻撃をを自治政府にまで拡大してしまえば、後に残るのは、アフガニスタン同様の戦争しかないでしょ う。北部アフガニスタンで戦火が収まった途端に、パレスチナで戦争が始るわけです。これこそ、私の恐れていた事態に他なりません。
時評 で、「米、地上作戦開始」と「イスラエル軍のベツレヘム侵攻」という記事が並んだ日(10月20日)の衝撃を述べましたが、ここ数日に、この双方が共に拡 大された形で再現されているわけです。10月の段階では、地上作戦といっても特殊部隊に限定されていましたが、今回は海兵隊です。ベツレヘムなどパレスチ ナ自治区に侵攻した戦車は、その後アメリカの圧力で撤退しましたが、今度もこのようになる保証はありません。最悪の場合は、和平が破綻し、戦争がパレスチ ナで始まる危険も無視できません。
つまり、現在は、始まってしまった「アフガニスタン戦争」が、――ブッシュ大統領の意思により――イラ クとの「第2次湾岸戦争」に、あるいは「世界対テロ戦争」に、そして――アメリカの意向さえ超えて――「パレスチナ戦争」へと拡大する危険を迎えている訳 です。第2次湾岸戦争とパレスチナ戦争が同時に始まってしまえば、これは「中東戦争」全体になりまねません。「第 次中東戦争」ということになるでしょう か。こうなってしまえば、「文明の衝突」ないし「文明間戦争」へと発展してしまう危険が現実化してきます。これは、戦慄の恐怖としか言いようがないでしょ う。この状態で、どうしてお祝い気分になれましょうか。
もし、このようになってしまえば、いわばアメリカの言う「対テロ戦争」は、アフガ ニスタンで終わるのはなく、むしろアフガニスタンは第1戦線であり、これに、イラクやパレスチナという第2・3戦線が続いていく事になります。これは、 「世界戦争」に他ならないでしょう。以下では、これらの危険を順に見ていく事にしましょう。
2.アフガン戦線:戦局転換における既視感――タリバーン「敗走」と湾岸戦争の「勝利」
振り返って見れば、現在のように、アメリカ軍が圧勝し、戦っていた反米側がたわいもなく敗れ去ったように見えたことが、かつてもありました。そう、湾岸戦 争におけるイラクの「敗北」です。その時、父ブッシュ大統領は、勝ち誇って勝利宣言をし、「新世界秩序」の到来を力説したのでした。あの時、皆様は、それ を信じ、そこに希望を託したでしょうか。
私は、信じませんでした。当初は、「独裁者」のフセイン政権も、アメリカの力により終止符が打 たれるように見えましたが、結局は生き残り、先に政権を去ったのは、ブッシュ大統領の方でした。そして、(湾岸戦争後にアメリカ軍が「聖地」・サウジアラ ビアに駐留を継続している事に憤った)イスラーム過激派が、9月11日に同時多発テロを起こし、全世界は、湾岸戦争の深刻な帰結に漸く気付いたのでした。 湾岸戦争でアメリカは、本当に勝ったのでしょうか?
ブッシュ親子は、そしてアメリカは「勝利」を信じたいのでしょう。ですから、その 帰結として生じた今回の事件でも、タリバーン政権を打倒し、アルカイーダを始めとして、テロ組織を根絶する「戦争」に勝利して、その「勝利」を不動のもの としたいのでしょう。しかし、歴史は、そのように展開するでしょうか。私には、むしろ、現在のアメリカの歓喜は、10年前の勝利宣言と重なって見えるので す。湾岸戦争の
時と同じように、いずれアメリカは、その帰結に直面せざるを得なくなると思えるのです。
以前、次のような点について、これらをアメリカが犯すと、アメリカにとっても危険だと警告しました(公共民9 時評など)。
①本格的地上戦突入
②イラクなどアフガニスタン以外の国への攻撃
③パレスチナ問題の発火
④無辜の民の犠牲者数
心情倫理からすれば、そもそもアメリカの攻撃は首肯し難いものです。結果倫理からすると、極めて限定的な攻撃の場合は別にして、大量報復攻撃は、アメリカ にとってすら危険な帰結を招くが故に、愚かなのです(拙論第2部参照)。そして、この4点を犯せば犯すほど、それは大量報復の発想に近づき、従って結果倫 理からみても誤りです。
空爆開始後4週間に及ぶ、タリバーンの予想外の抵抗によって、アメリカのメディアにおいてすら、一時、ベトナム戦 争のような泥沼化が懸念されました(時評?参照)。戦局が好転したので、一転して楽観論が圧倒的になっていますが、アメリカの友として、敢えてこの時点で 上の警告を再度繰り返したいと思うのです。
3.地上戦の罠――ベトナム戦争化の危険は未だ去らず
空爆に限定している限り、――倫 理的には非道であっても――アメリカ軍に大量の死者が出て、敗北することはありえません。逆に言えば、当初北部でもタリバーンが抵抗をした点については、 戦術的には疑問の余地があります。一方的に空爆を受けていれば、戦力の消耗が激しいのは、理の当然だからです。4週間の間持ちこたえたのを見て「一寸の虫 にも五分の魂」という言葉を思い出しましたが、――戦前の日本と同様に――精神力にも限界があるというものでしょう。タリバーン側の撤退は、人的・物理的 損害のために、軍事的に北部の拠点を支えきれなくなったことを意味します。
従って、戦術的後退とか民間人の犠牲を避けるための撤退とい う、タリバーン側の説明を鵜呑みにする事は出来ないでしょう。しかし、問題は、この先にあります。軍事的撤退の結果、戦勝気分に酔ってアメリカ側が地上に 降りれば、アメリカ軍にも生命の危険が生じるからです。もしタリバーンが現在の難局を軍事的に凌ぐ事が出来れば、地上戦の可能性が生まれ、逆にタリバーン 側にも勝機が生まれてきます。つまり、タリバーン側が主張しているように、結果として「戦術的後退」をしたことになるのです。
純戦術的 に考えれば、タリバーン側は、初めからゲリラ戦を中心にした方がよかったかもしれません。現に、このような判断が指導部にあるから、マザリシャリフ陥落直 [...]

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「追悼 終戦への祈り――アフガニスタン・テロの犠牲者に捧ぐ」 小林正弥(千葉大学)

月曜日, 10月 8th, 2001

追悼 終戦への祈り――アフガニスタン・テロの犠牲者に捧ぐ

1.開戦の衝撃――文明の名の下の蛮行
遂に始まってしまった。10月7日――これが「開戦」の日である。
  9月末より、アメリカの対応に若干の自制心が働き、一度は攻撃を直前に中止して、国務長官らが中東・中央アジアを歴訪して限定攻撃を示唆していたので、いきなり大量報復という最悪の事態は避けられると少し安堵していた[i]。再構成したHPのトップ・ページの背景色も、これに合わせて、赤から藍色に変更した。今回の攻撃は、その意味では予想通りだが、やはり「開戦」という事態の意味は深刻である。
  アメリカ国防総省提供の映像で、出発する巡航ミサイルがテレビに映されている。しかし、その到着先では、何が起こっているだろうか? 画面には何も映されず、日本も含め各国首脳の戦争支持のコメントが次々流される。我々にはまだ、空爆の被害の大きさを知る由もない。
  まず間違いなく、何人ものアフガニスタンの無辜の民が既に亡くなっているだろう[ii]。そして、2-3日間は続くという空爆の間に、今からもさらに死んでいくだろう。如何にテロ組織と軍事的施設に限定した攻撃と言っても、民間人が誰も死なないという事は、まず考えられない[iii]。 湾岸戦争時には、国防総省の発表ですら、トマホークの的中率は約1割にしか過ぎなかったという。逆に言えば、それ以外の9割は、幸い誰にも当たらなかった か、罪なき民を殺したか、どちらかである。昨夜の攻撃では、ビンラディン氏やオマル師は、無事だったと伝えられている。つまり、第1撃では、「犯人」や 「敵国」指導者は死なず、民が亡くなった訳である。これは、「文明を守る」という名分の下の、殺人であり、「文明」の名の下の「蛮行」である。

  これは、ロシア ン・ルーレットのような世界である。アフガニスタンの人々の立場になって考えてみよう。この3日間ぐらいに、間違いなく、誰かが突然飛来するミサイルや、 爆撃によって死ぬ。それは、私か、あなたか、それとも同胞の誰かである。ここには、殺人の恐怖がある。これは、米英による国家的なロシアン・ルーレットで あり、――論説第2部で書いたように――国家的テロではなかろうか? これは、アフガニスタンに於ける米英の「国際的国家テロ」なのである。 
  アメリカ・テロ事件の犠牲者の時と同様に、アフガニスタン・テロ事件の犠牲者を追悼の意を捧げたい。既に、死者は出てしまった。せめて、アフガニスタン・テロ事件の犠牲者数が、アメリカ・テロ事件の犠牲者数を上回らない事を祈りたい。
2.失われた、生命と解決の可能性――「白鳥の歌」の危険性
私は、一切の「戦争」が起こらない事を願いつつ、NYテ ロ事件発生以来、全力で「論説」を書き続けてきた。報復の悪循環を繰り返す事なかれ――この倫理的観点からすれば、既に、この第1撃だけで、恐れていた事 態は起こってしまった事になる。アメリカは、既に殺人を犯し、これはイスラムの側に憎悪を引き起こしているからである。失われた生命は、最早戻らない。そ して、パキスタンのデモの激しさを見よ。ビデオに現れたビンラディン氏の訴えを聞け。これらは、将来に禍根を残すに違いない。  
  ビンラディン氏 は、「米国民が味わっている恐怖は、これまで我々が味わってきたものと同じだ。我々ムスリムは80年以上、人間性と尊厳を踏みにじられ、血を流してき た。」と言い、――「広島・長崎では何十万の人もの老人や若者が殺されたが、米国は犯罪だとは認めなかった」と日本への原爆投下にも触れて(!)――(イ ラク・パレスチナ・アフガニスタンなどへの「破壊行為」を糾弾しない)西洋の二重基準(ダブル・スタンダード)を非難した。そして、「米国民よ、私は神に 誓う。パレスチナに平和が訪れない限り、異教徒の軍隊がムハンマドの地から出て行かない限り、米国に平和は訪れない」と結んだ。この言葉を、テロリストの 正当化とのみ聞いて嘲笑すべきではあるまい。おそらくは死を目前にした「イスラム聖戦士」の「白鳥の歌」ないし「最後の言葉」として、イスラム教徒の中で 反響し、死後にますます英雄化される危険に目を向けなければならない。
  私から見てすら も、アメリカが――湾岸戦争以来――サウジアラビアに駐留を続けている必然性は、余り存在しないように思われる。パレスチナ問題の解決はすぐには困難であ るにしても、例えばサウジアラビアの駐留軍の撤退は、極めて容易な決定である。湾岸戦争の後に、アメリカ軍がサウジアラビアに駐留を続ける必然性など、そ もそもなかったのではなかろうか? その傲慢な決定が、ラディン氏らを怒らせ、今回の「テロ」事件を発生させたのだから、アメリカ政府当局者は、自国の民 の犠牲について、過去の政策を反省しなければならないはずである。パレスチナ問題ないし中東問題全体が、この反省の対象になるべき事は言う迄もない。
  アメリカは、反撃 によって、血で血を洗う争いに踏み込む事無く、むしろ自らの政策を見直す事によって、問題の根源を解決すべきであった。そうしてイスラム民衆の納得を得る 事によって、「テロリスト」への民衆の同情を殺ぎ、民衆を離反させる事こそ、テロ問題を抜本的に解決する道である。かつて――今のラディン氏のように―― 悪党視されていたアラファト議長を、今や自治政府の長として遇している事を思え。これこそ、問題の解決に至る唯一の方法である。サウジアラビアからの撤兵 を即時に決定し、中東政策の根本的変更=譲歩を約束する事が、何よりも必要である。過激派はともかくとして、原理主義的勢力一般が軟化し、イスラム民衆の 抑圧感が減少する事によってこそ、テロを根絶する事が可能になるのである。
  この根本的問題か ら目を背けて論じるテロ対策は、一切が彌縫策である。まして、「戦争」は、局面の悪化を招くだけであり、倫理的にも政治的にも、もっとも愚かな選択肢であ る。過去の政策の誤りを直視する勇気を持たずに暴力に訴える事によって、アメリカは、無辜の民を殺しただけでなく、抜本的な問題解決の可能性を失ってし まった。そして、今後のイスラム・テロとアメリカ・テロの報復で、さらに多くの人命が失われるであろう。失ったものは、実に大きい。しかし、だからと言っ て、絶望感に捉われるわけにはいかない。まだ残されている可能性を検討し、さらに危険な方途を回避すべく努めなければならない。
3.アメリカの選択――その不当性と最後の一線
アメリカが自らの誤謬を反省する態度を示さない以上、NYの「テロ」に対する直接の対応ないし展開には、次のような可能性が考えられた。
①国際法に則った犯人の拘束・裁判・処罰。国際的なテロ対策。
②国連安保理決議に基づく多国籍軍の限定的攻撃。
③アメリカの自衛権行使(及び他国の集団的安全保障)による報復攻撃(以下同じ)――アルカイダに的を絞った限定攻撃、特殊部隊による身柄拘束作戦。
④アルカイダに限定した空爆と特殊部隊による作戦。
⑤アルカイダのみならず、タリバーンにも及ぶ限定攻撃。空爆及び特殊部隊による作戦。北部同盟支援などによる政権転覆と、北部同盟や元国王を中心とする新政権樹立。
⑥アルカイダ・タリバーン双方に対する地上軍投入。政権転覆と、北部同盟や元国王を中心とする新政権樹立。
⑦アフガニスタンのみならず、イラクなど他の諸国やその地の過激派組織への攻撃。
⑧イスラエルがパレスチナ過激派などを攻撃し、アメリカ軍事作戦とパレスチナ紛争とが連動する事。
  勿論、①が最も望 ましく、②―④がそれに次ぐ。アメリカの態度からして、①・②の実現は到底不可能だと思われたが、③・④には一縷の望みを持っていた。論説第2部で、タリ バーン打倒を目的とする事を激しく批判したのは、このためである。空爆を行なった場合は、民間人の犠牲者が相当出る事は避けられないから、アルカイダに的 を絞った③を望んだのであるが、空爆をしないとアメリカ軍の犠牲者が増える危険が高いので、この2つの中では、③ではなく、④に訴える事は間違いないと思 われた。
  しかし、ここまで ならば、――支持は出来ないにしても――あくまでテロ組織への反撃であり、テロ対策という大義名分が立つから、「戦争」が将来拡大し、例えば、世界戦争へ の導火線となる事はないと思われた。つまり、これまでもアメリカが数多く行なってきたような、(倫理的・法的には疑問の多い)一時的軍事的攻撃ないし紛争 介入が、拡大したような形になるであろう。勿論、心情倫理から見れば、これでもなお――合法的ではない殺人が伴う以上――認め難い。しかし、結果倫理の立 場からすれば、アメリカにとっても致命的な結果になるとは言えないであろう。
  然るに、アメリカ が当面実行したのは、大統領演説の通り、タリバーン政権をも打倒の対象とする⑤の選択肢であった。それ故、私の論説の批判は相当程度妥当する。タリバーン 打倒のために、空爆をはじめ攻撃が拡大すればすれほど、妥当するようになる。それが、大量報復と言えるような規模へと至らない事を祈るのみである。
  ビンラディン氏の 住居だけでなく、オマル師の住居を攻撃した事は、倫理的・法的に正当なのだろうか? タリバーンに抑圧されたアフガニスタンの人々を解放するため、と言う かもしれない。これは、アメリカの常套句であるが、そこには何らの国際的正統性も存在しない。これは、アメリカの自衛権に基づく「開戦」である事を想起し よう。抑圧からの解放は、断じて自衛権の問題ではない。それ故、そのような戦争目的を掲げるならば、アメリカは国際的な違法行為を行っている事になるので ある。
  空爆及び限定的な 特殊部隊の作戦で、ビンラディン氏が「生死を問わず」捕獲されれば、アメリカは軍事作戦を止めるだろうか? それとも、タリバーン政権が崩壊するまで攻撃 を続けるのだろうか? ビンラディン氏個人を捕まえるために、タリバーン政権を攻撃するならば、攻撃を停止しなければならない。しかし、アルカイダ組織の 全滅を狙うとすれば、タリバーン全体をも崩壊させなければ、アメリカは満足しないかもしれない。この時、ますます正当性は疑わしくなり、違法性が増す事に なる。
  ミサイルと同時 に、アメリカは食糧などをも投下するという。勿論、このような人道的配慮は、無いよりはましである。しかし、それが口実となって、攻撃を正当化する事は許 されない。如何に食糧を投下しても、ミサイルで死ぬ人を救う事は出来ないからである。食糧投下によってミサイルの犠牲を糊塗しようとするならば、それは憎 むべき偽善となろう[iv]。為すべき事は単純である。食糧だけを投下すればよいのである。タリバーンの地対空ミサイルが危険ならば、国際的援助機関に食糧を提供すればよいだけである。
  最後の一線とし て、この攻撃の直接・間接の被害者(飢餓や病気の拡大、難民としての死なども含む)の数が、NYテロの犠牲者数を上回らない事を祈ろう。もし、そこまで行 けば、英米軍の攻撃は、正に「報復=復讐」となり、それを超えた場合には、英米軍の方が邪悪なテロ組織という事になる。地球的ないし中立的な立場から見れ ば、最早、そこには、一片の正義も認められない事になろう。タリバーン政権を撃滅しても、テロの根絶は出来ないのだから、この攻撃によって、将来のテロの 犠牲者を助ける事になるという弁護も、不可能であろう。
  「目には目を」と いう論理を第2部で批判したが、「目」に対して顔や頭を吹き飛ばす事を認める「正義」など、古代アラビア以下である。国際法を純粋に適用すれば、アメリカ [...]

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