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時論「戦争と平和――アフガニスタン、中東、そして日本」 小林正弥(千葉大学)

Posted: on 2:15 pm | 主張・意見・コメント(opinions), 平和問題

時論「戦争と平和――アフガニスタン、中東、そして日本」

1.対テロ戦争の世界的拡大という戦慄の恐怖――アフガニスタン戦争から中東戦争へ
戦況は大きく変化し、マザ―リ・シャリ―フ(11月11日)・カブール陥落(13日)・クンドゥス投降(25日)などにより、北部同盟が北部を占拠し、 ベール(ブルカ)を脱いで喜ぶ女性達の映像が流れています。ボンでは、現在、政権構成の協議が4派で行なわれており、皇太子妃の出産で湧く日本では、あた かも戦争は――南部で抵抗するタリバーンの残党を除けば――終わったかのようです。アメリカでは、「最も偉大な国の力」を自賛する声が、あちこちで聞かれ ます。

しかし、私の心は晴れません。アフガン国内は、北部といえども無政府状態で、マザリ・シャリーフ近郊でのタリバーン投降兵の反乱 と全員射殺という(アムネスティー・インターナショナルなどが調査を要求した)残酷な事件や、メディア関係者の死などが報じられています。そして、何より も、南部では、まだカンダハル周辺で抵抗を続けるタリバーン軍に対し、アメリカの爆撃が最大規模で激しく続いています。

報道量が減ってい るだけで、一般市民の死も勿論続いています。クエッタの病院には、連日民間人の犠牲者が運び込まれているようです(11月27日、朝日)。また、東部の ジャララバード近辺では、ビンラディン氏らが潜伏していると見て、連日集中的に爆撃を続けており、この文章の執筆中にも、2つの村で住民50人が死亡した と伝えられました(12月1日)。

アメリカは、遂に本格的な地上作戦を開始してしまいました。「迅速な自由作戦」と命名したそうです。カ ンダハル近郊の空港を制圧して前線基地を作り、特殊部隊約400人だけではなく、海兵隊約1000人まで投入して、計1500人で、カンダハルを死守しよ うとするタリバーンとの地上戦に突入しようという構えを見せています。

それどころか、ブッシュ大統領は、26日に、宿敵・イラクと、テロ組織の存在する諸国へと対テロ戦争の拡大を示唆しました。湾岸戦争が繰り返される危機、いわば第2次湾岸戦争が起こる危険が現実化してきました。

さ らに、イスラエルで、エルサレム繁華街(1日)・北部のハイファの路線バス(2日)で連続自爆テロが起こり、計27人死亡、200人以上が負傷という恐る べき衝撃的なニュースが飛び込んできました。昨年来の衝突の中で最大級の事件で、アメリカが特使を派遣して進めていた停戦仲介はこのため崩壊寸前となり、 パレスチナ自治区では全域に非常事態宣言が出されました。イスラエルは、既に同等以上の報復を宣言しています。

ブッシュ大統領は「正当化 できない殺人行為」と非難し、訪米中のシャロン首相と予定を繰り上げて会談し、シャロン首相はすぐ帰国しました。今回は、アメリカは自制を公式にはイスラ エルに求めず、ただ7日間の猶予期間を自治政府に与えるように求めました。この間に自治政府が、犯人の逮捕や支援組織の壊滅をしなければ、あたかも報復を 容認するかの如き態度です。

ブッシュ大統領が「正義をもたらす」というアフガニスタンについては聞きなれた句を使ったのが、非常に気にな ります。前観光省暗殺時にイスラエル首相が主張したような、対テロ戦争の論理を、ブッシュ大統領が用いているように見えるからです。その時には、アメリカ は――自分自身はアフガニスタンに対して用いた――対テロ戦争の論理に反対して、イスラエルに自制を求めました。そして「パレスチナ国家」案への支持を表 明して、和平の仲介を試みていました。これは、戦争開始後の、最も賛成出来るアメリカの外交的変化でした。然るに、自治政府がテロに責任があるとしてしま えば、自治政府は和平の当事者からテロ擁護政府という事になってしまい、議長や自治政府は、オマル師やタリバーンと同列の存在と見做す事になりかねませ ん。

こうなれば、むしろ自治政府自体が攻撃の対象となってしまいます。現に、イスラエル内部では、最早アラファト議長には期待できないと して、議長や自治政府をも攻撃の対象とするべきである、という議論がなされています。既にハマスら強硬派は攻撃の対象としており、今回の自爆テロは、ハマ ス幹部ら3人の暗殺(11月23日)の報復です。この攻撃をを自治政府にまで拡大してしまえば、後に残るのは、アフガニスタン同様の戦争しかないでしょ う。北部アフガニスタンで戦火が収まった途端に、パレスチナで戦争が始るわけです。これこそ、私の恐れていた事態に他なりません。

時評 で、「米、地上作戦開始」と「イスラエル軍のベツレヘム侵攻」という記事が並んだ日(10月20日)の衝撃を述べましたが、ここ数日に、この双方が共に拡 大された形で再現されているわけです。10月の段階では、地上作戦といっても特殊部隊に限定されていましたが、今回は海兵隊です。ベツレヘムなどパレスチ ナ自治区に侵攻した戦車は、その後アメリカの圧力で撤退しましたが、今度もこのようになる保証はありません。最悪の場合は、和平が破綻し、戦争がパレスチ ナで始まる危険も無視できません。

つまり、現在は、始まってしまった「アフガニスタン戦争」が、――ブッシュ大統領の意思により――イラ クとの「第2次湾岸戦争」に、あるいは「世界対テロ戦争」に、そして――アメリカの意向さえ超えて――「パレスチナ戦争」へと拡大する危険を迎えている訳 です。第2次湾岸戦争とパレスチナ戦争が同時に始まってしまえば、これは「中東戦争」全体になりまねません。「第 次中東戦争」ということになるでしょう か。こうなってしまえば、「文明の衝突」ないし「文明間戦争」へと発展してしまう危険が現実化してきます。これは、戦慄の恐怖としか言いようがないでしょ う。この状態で、どうしてお祝い気分になれましょうか。

もし、このようになってしまえば、いわばアメリカの言う「対テロ戦争」は、アフガ ニスタンで終わるのはなく、むしろアフガニスタンは第1戦線であり、これに、イラクやパレスチナという第2・3戦線が続いていく事になります。これは、 「世界戦争」に他ならないでしょう。以下では、これらの危険を順に見ていく事にしましょう。

2.アフガン戦線:戦局転換における既視感――タリバーン「敗走」と湾岸戦争の「勝利」
振り返って見れば、現在のように、アメリカ軍が圧勝し、戦っていた反米側がたわいもなく敗れ去ったように見えたことが、かつてもありました。そう、湾岸戦 争におけるイラクの「敗北」です。その時、父ブッシュ大統領は、勝ち誇って勝利宣言をし、「新世界秩序」の到来を力説したのでした。あの時、皆様は、それ を信じ、そこに希望を託したでしょうか。

私は、信じませんでした。当初は、「独裁者」のフセイン政権も、アメリカの力により終止符が打 たれるように見えましたが、結局は生き残り、先に政権を去ったのは、ブッシュ大統領の方でした。そして、(湾岸戦争後にアメリカ軍が「聖地」・サウジアラ ビアに駐留を継続している事に憤った)イスラーム過激派が、9月11日に同時多発テロを起こし、全世界は、湾岸戦争の深刻な帰結に漸く気付いたのでした。 湾岸戦争でアメリカは、本当に勝ったのでしょうか?

ブッシュ親子は、そしてアメリカは「勝利」を信じたいのでしょう。ですから、その 帰結として生じた今回の事件でも、タリバーン政権を打倒し、アルカイーダを始めとして、テロ組織を根絶する「戦争」に勝利して、その「勝利」を不動のもの としたいのでしょう。しかし、歴史は、そのように展開するでしょうか。私には、むしろ、現在のアメリカの歓喜は、10年前の勝利宣言と重なって見えるので す。湾岸戦争の
時と同じように、いずれアメリカは、その帰結に直面せざるを得なくなると思えるのです。

以前、次のような点について、これらをアメリカが犯すと、アメリカにとっても危険だと警告しました(公共民9 時評など)。

①本格的地上戦突入
②イラクなどアフガニスタン以外の国への攻撃
③パレスチナ問題の発火
④無辜の民の犠牲者数

心情倫理からすれば、そもそもアメリカの攻撃は首肯し難いものです。結果倫理からすると、極めて限定的な攻撃の場合は別にして、大量報復攻撃は、アメリカ にとってすら危険な帰結を招くが故に、愚かなのです(拙論第2部参照)。そして、この4点を犯せば犯すほど、それは大量報復の発想に近づき、従って結果倫 理からみても誤りです。

空爆開始後4週間に及ぶ、タリバーンの予想外の抵抗によって、アメリカのメディアにおいてすら、一時、ベトナム戦 争のような泥沼化が懸念されました(時評?参照)。戦局が好転したので、一転して楽観論が圧倒的になっていますが、アメリカの友として、敢えてこの時点で 上の警告を再度繰り返したいと思うのです。

3.地上戦の罠――ベトナム戦争化の危険は未だ去らず
空爆に限定している限り、――倫 理的には非道であっても――アメリカ軍に大量の死者が出て、敗北することはありえません。逆に言えば、当初北部でもタリバーンが抵抗をした点については、 戦術的には疑問の余地があります。一方的に空爆を受けていれば、戦力の消耗が激しいのは、理の当然だからです。4週間の間持ちこたえたのを見て「一寸の虫 にも五分の魂」という言葉を思い出しましたが、――戦前の日本と同様に――精神力にも限界があるというものでしょう。タリバーン側の撤退は、人的・物理的 損害のために、軍事的に北部の拠点を支えきれなくなったことを意味します。

従って、戦術的後退とか民間人の犠牲を避けるための撤退とい う、タリバーン側の説明を鵜呑みにする事は出来ないでしょう。しかし、問題は、この先にあります。軍事的撤退の結果、戦勝気分に酔ってアメリカ側が地上に 降りれば、アメリカ軍にも生命の危険が生じるからです。もしタリバーンが現在の難局を軍事的に凌ぐ事が出来れば、地上戦の可能性が生まれ、逆にタリバーン 側にも勝機が生まれてきます。つまり、タリバーン側が主張しているように、結果として「戦術的後退」をしたことになるのです。

純戦術的 に考えれば、タリバーン側は、初めからゲリラ戦を中心にした方がよかったかもしれません。現に、このような判断が指導部にあるから、マザリシャリフ陥落直 前に、カブール始め北部からの撤退を決め、一時はカンダハルの放棄までオマル師が宣言しました。パキスタンからの義勇兵に対して、カブール陥落直前に、 「今は地上に米軍はいないから、いったん帰国しろ。地上に来たらまだ応援を頼む」という指令がオマル師から届いた、という報道がなされています。

16 日には、カンダハルの後継支配体制(イスラム党ハリス派のバシェル司令官とイスラム協会のナキブラ司令官)まで決めて、オマル師らはカンダハルを放棄し山 間部に立て篭もってゲリラ戦を行なうつもりだったようです。ところが、「カンダハルを死守せよ」という預言者の夢をオマル師が見たので、翌日一転して「カ ンダハルを放棄するつもりはない。死ぬまで戦う」と方針転換した、という報道がありました(未確認)。それが成功するかどうかはわかりませんが、もしカン ダハルが陥落しても、タリバーン側が山岳地帯に立てこもって、執拗なゲリラ戦を続け、戦闘が泥沼化することは十分に考えられます。

アメリカは、既に戦争に勝利し、「これは、やはりベトナム戦争型ではなく、湾岸戦争型だった」と凱歌を上げているようです。湾岸戦争も、本当の勝利かどうか疑わしいと書きましたが、「ベトナム戦争化しなかった」と速断できるかどうかも、実は疑わしいと思います。

そ もそも、ベトナム戦争の場合は、まずホー・チ・ミンの下でベトナム民主共和国(北ベトナム)がフランスから独立を宣言し(1945年)、これに対して、米 仏が支援して南ベトナム(当初はゴ・ジン・ジエム政権)が樹立されました(1954年)。この南ベトナム政権と、それに対する南べトナム民族解放戦線(ベ トコン、1960年結成)との間の戦闘という形で始まり、政権を支援するアメリカ(南ベトナム援助軍司令部設置、1962年)が徐々に介入を拡大し、ベト コンを支援する北ベトナムの爆撃(北爆、1965年開始)などを行ったのです。これは、反米デモやベトナム反戦運動を激化させました。ベトコンの執拗な悩 まされて、戦局は悪化し、最後にはアメリカ撤退と南ベトナム政権の降伏で戦争が終結した訳です(1975年)。

この過程を思い出してみれ ば明らかなように、アメリカが本格的に介入してから10年以上がかかっており、この間には様々な戦局がありました。それ故、「第1次の目標は達成できた」 (ブッシュ大統領)と言っても、予断は禁物です。例えば、現在行なわれている暫定政権設立を南ベトナム政権樹立に喩えれば、カンダハル周辺の爆撃は北爆に 似てきます。南北は転倒しますが、南北が分断されてアメリカが片方を軍事的に支援する構図は同じです。ですから、タリバーンが南部の支配を維持できれば、 この戦争の構図は、むしろ全くベトナム戦争に似てきてしまうのです。また、仮にカンダハルが陥落しても、山岳地帯でゲリラ戦化した場合にも、やはり泥沼化 する危険が存在することは否定できません。

しかも、北部も決して安定してはいません。東部のナンガルハル州では、地元の反タリバーン 勢力がタリバーン軍を追放したものの、北部同盟にも対立しているなどという状態です。つまり、北部同盟は、北部の拠点は抑えたものの、その全域を統制する 力は持たず、全国が様々な部族の群雄割拠状態になってしまっているようです。さらに、寄せ集めの北部同盟内部の主導権争いも激しく、解体する危険すら指摘 されています。

このような状態を考えてみれば、ベトナム戦争のように泥沼に陥る危険は去ったと歓喜する事は出来ないでしょう。タリバーン は過酷な処罰によって秩序を維持していたのですが、タリバーンの「敗走」=撤退の後に来たものは、いわば混乱した無政府状態です。この無秩序からは、底な し沼のような危険が待ち受けているかもしれません。

それ故、アメリカは、この「戦果」で満足して、ここで鉾を収めるべきであり、地上兵力 の投入をすべきではなかったと思います。そうすれば、少なくとも、現時点では、湾岸戦争の時のように凱旋する事が出来たでしょう。しかし、残念な事に、ア メリカは、既に10月後半(19日頃)から開始していた地上作戦を拡大してしまいました。まず、北部同盟が、アメリカの制止を無視してカブールに入ってし まった事を苦々しく思い、「地上に部隊を置かないと事態を制御できない」と考えたのでしょう。

実際に、北部同盟は、治安維持のための欧州 軍の受け入れに難色を示しています。イギリス軍に対しても、100人の海兵隊は認めましたが、6000人の派遣には合意しませんでした(21日)。また、 北部同盟のドスタム将軍は、フランス軍の受け入れを拒否しました(20日)。他方で、カンダハルなど南部での抵抗はまだ続き、北部同盟だけでは勝てるとは 限りません。北部同盟がタジク人・ウズベク人・ハザラ人などの部族から成っており、その侵攻にはパシュトゥン人の反発が予想されるので、アメリカは、北部 同盟のみによって地上戦を行なわせる事を断念したのでしょう。

ラムズフェルド国防長官に至っては、有名な「生死を問わず」(ブッシュ大統 領)どころか、ラディン氏を殺したいとまで語っており、北部同盟が投降したタリバーン兵を恩赦する可能性を見せているのに対し、アメリカ側はアラブ兵は 「殺すか捕虜にする」としています。特殊部隊約400人に加えて海兵隊約1000人、合わせて1500人ほどの地上軍を投入し、カンダハル周辺に基地を 作ってしまいました。当初は反タリバーン勢力の支援と言っていましたが、反タリバーンのパシュトゥン勢力だけではタリバーンに勝てない状態なので、自らも カンダハル攻撃に加わる姿勢を見せ始めました。果たして、この地上戦への突入が、軍事的に賢明なのかどうか――もし、この戦争でアメリカが敗北することが あるとしたら、その軍事的失敗の原因はここに求められることになるでしょう。

4.イラク戦線:第2次湾岸戦争の危険――世界帝国の驕り
そ して、いよいよ現実化してきたのが、イラクなど他の諸国の攻撃という懸念です。「勝利」の確立を焦るブッシュ大統領は、何と驚くべき事に、21日には、 「アフガニスタンは始まりに過ぎない」と述べ、「テロ組織を支援する国家は他にもある、米国は全ての脅威をつぶすまでは安全とは言えない」と演説しまし た。そして、26日には、次の攻撃対象としてイラクや、アルカイーダの関連組織があるイエメン・スーダン・ソマリア、さらには(イスラム過激派アブサヤフ のある)フィリピンを挙げました。対テロ戦争の標的を早くも拡大しようとしているのです。

そして、他の諸国政府とは異なって、敵対的なイ ラクには、大量破壊兵器の査察要求を行ないました(イラクは拒否)。「拒否したら攻撃する」という、イラク爆撃の布石です。現在のところ、同時多発テロに 対してイラクが深く関与したという証拠は存在しません。そこで、「大量破壊兵器の存在自体が、テロ支援の可能性を持つから、攻撃を行う事ができる」という 驚くべき論理を持ち出しました。さらには、北朝鮮にも、同様の論理で査察要求を行なっています。

タリバーン攻撃の際には、「テロ組織を保護している政府も、敵と見做して攻撃・打倒する」という論理を用いました。今度はさらにエスカレートし、(現実にテロ組織を支援していなくとも)大量破壊兵器の所有自体が「敵」とされ、攻撃の対象となる、というのです。

大 量破壊兵器の保持が望ましくない事は自明であり、その放棄が全世界で同時に行なえるのならば、それは素晴らしい事です。しかし、世界で最大の大量破壊兵器 を所有している国家、そしてそれを現実に行使している国家は、アメリカでしょう。この論理からすると、何故、アメリカは、世界各国の攻撃の対象にならない で済むのでしょうか? ここには、驚くべき二重基準(ダブル・スタンダード)が存在すると言わざるを得ません。

イギリスを始め、対テロ 戦争を支持している友好国(欧州・中東諸国)からも、アメリカのイラク攻撃には流石に批判の声が続々と上がっており、これでアメリカが思い止まる事を祈り ましょう。私には、戦局の一時的な好転に浮かれて自己抑制を失うと、恐るべき反動が訪れる危険がある、と思えるのです。

そもそも、戦局 転換以前には、ラマダン(断食月)に攻撃を続行すると、イスラム教徒の反感を買う事が懸念されていました。タリバーンの撤退で、現在は反米デモは鎮静化し ているようですが、だからと言って、今攻撃をエスカレートする必然性があるでしょうか。南部に爆撃を続ける事ですら、この点で問題であるはずなのに、まし てイラクの攻撃を企てるとは、正気の沙汰とは思えません。勢いに乗って、父・ブッシュ政権以来の宿敵を打倒しようとしているとしか、見えないでしょう。こ れは、正しく、政治の巨大な私事化に他ならない、と思えるのです。

緊急論説第 ?部で書いたように、アメリカ政権内部に、パウエル国務 長官ら慎重派と、ウォルフォビッツ国防副長官らタカ派との対立が存在します。現在の軍事的「成功」は、前者が後者を基本的には制して、大量報復作戦を抑制 したからでしょう。しかし、ブッシュ大統領は、前者に完全に軍配を上げたわけではなく、とりあえずは限定的軍事作戦に止めるけれども、その後に拡大を検討 するという意向を示していました。

今、その拡大の時期が訪れたとして、パール元国防次官補(国防長官諮問委員会議長)ら政権内部のタカ 派は、イラクらへの攻撃拡大を主張しています。当初から目論んでいた大量報復作戦の遂行です。ある意味では、慎重派とタカ派との政権内部での角逐は、父・ ブッシュ政権以来の物語です。湾岸戦争終結時に、おそらく父・ブッシュ大統領はフセイン政権を一気に軍事的に打倒したかったのですが、やはり慎重な軍事作 戦を指揮した当時のパウエル司令長官(?)らは、それを制して戦争を終結させました。ブッシュ父子には、そのままフセイン政権を倒してしまえば、その後に 生き延びる事もなかったという思いがあり、今回こそ宿敵を打倒したいのでしょう。

論説で書いたように、軍事的合理性に立脚するパウエル路 線に拠る限り、アメリカは軍事的には簡単には敗北しないでしょう。しかし、これを乗り越えて戦線を拡大する時に、軍事的な破綻の危険が忍び寄るのです。ベ トナム戦争の拡大を推し進めたケネディ政権の中心者達は、当時の輝ける知的エリート達、アメリカ・エスタブリッシュメントの「ベスト・アンド・ブライテス ト」(D・ハルバースタム)でした。たたき上げの軍人で黒人のパウエル長官は、このようなエリートではありません。しかし、タカ派の中心人物・ウォルフォ ビッツ副長官や、ライス補佐官は、輝かしい経歴を誇っており、正に現在の「ベスト・アンド・ブライテスト」です。それ故、そのような人達の主導する路線 に、私はアメリカにとっての危険を見るのです。

ここまでのアメリカの外交的・軍事的「成功」は、限定作戦の「成果」です。これに対して、 大量報復作戦こそは、アメリカの驕りの極みであり、アメリカ帝国主義の現われに他なりません。大量破壊兵器の保持を理由として爆撃を行う事が出来るのなら ば、殆ど無限に拡大適用が可能になります。テロ組織の存在は証明が難しいわけですから、アメリカが、テロ組織が存在すると主張するだけで、攻撃する事が可 能になってしまいます。

これでは、アメリカは自分に盾突く国は、悉く爆撃しても良い事になってしまいます。これを「世界帝国主義」と呼ば ずして何と呼べましょうか? これは、既にチャルマーズ・ジョンソンら慧眼の士が指摘している事ですが、それどころか、アメリカ国内のタカ派は、驚くべき 事に、自ら「新帝国主義」「新植民地主義」を主張しているのです。つまり、「戦後に、この地域の植民地支配を止めて間接統治(傀儡政権による支配)にした が、それが世よい結果を生まなかった。だから、直接統治に戻すべきだ」という驚愕すべき議論です。

社会科学では、この間接統治の実態を見 抜き、批判的に「新帝国主義」等と呼ぶわけですが、さらに直接統治、即ち「旧(!)植民地支配」そのものの回復を積極的に主張する論者がいるとまでは想像 していませんでした。これは、極端な主張であるにしても、アメリカの内部に巣食う驕りを端的に示しています。

イラク攻撃を皮切りに野放図 な軍事力の行使へと至るかどうか。これが、私が極力批判してきた誤りへと至る決定的な分岐点なのです。最早、イラク攻撃に踏み切れば、アメリカが「王道」 から遥かに逸れ、「覇道」を歩んでいる事が、万国の民に明らかになるでしょう。「戦勝」に奢って、次々と爆撃を行う時、これまでは同時多発テロの犠牲に同 情していた世界の人心が離反し、そこに「帝国」の危機が訪れることは、必定と思うのです。

5.パレスチナ戦線:中東戦争の危機――パレスチナのアフガン化・アメリカのイスラエル化・世界のパレスチナ化
あ る意味では、事態はイラク攻撃どころではないかもしれません。冒頭に述べたように、正にパレスチナ問題が再び発火しかかっているからです。アメリカの態度 で最も期待を抱かせたのは、この問題を無視する態度を改めてパレスチナ国家の実現への姿勢を見せたように見えた事でした。

私自身は、パ レスチナ国家の樹立というだけで、この問題の解決に十分かどうかは、自信がありません。そもそも、イスラエルという国家は存在しなかったわけですし、少な くとも戦後の国連決議までは戻って考える必要があるように思えます。しかし、そのような理想論を述べても現在の状況では、あまり現実性がありませんから、 パレスチナ国家の樹立という現実的目標が、イスラエルの最大の支援国・アメリカによって表明された事は、とても重要だと思えます。

毎日 のように、イスラエル・パレスチナ双方の犠牲者が報道されてきました。既に9月11日以来、100人を超えたようです。それにも拘らず、これまで『公共民 10』で述べた停戦崩壊の懸念が辛うじて回避されてきたのは、アメリカがイスラエルに交渉に応じるように圧力を加え、他方、パレスチナ国家への支持を表明 することによって、自治政府らパレスチナ側に一縷の望みをつながせているからでしょう。

勿論、シャロン首相に積極的に和平を進めようと する気がないのは、周知の事実です。それを押し切って、和平を進展させるには、国際社会、ことにアメリカの強固な意志が必要です。ここで問題になるのは、 アメリカに本当にその決心があるいのかどうか、という点です。現在、アフガニスタンにーーそして、もしかするとイラクに――戦争を仕掛けているから、イス ラム諸国の支持を取り付けるために、一時的に期待を持たせる言葉を述べているのではないか。このような疑念をまだ拭う事ができません。

今 回の自爆テロは、和平進展の可能性が生まれてきたその時に起こりました。パウエル国務長官が、中東和平への積極的介入を表明し、パレスチナ国家支持を確認 する一方でイスラエルにも入植の停止を求め(19日)、ジニ元中央軍司令官が停戦確立のために特別顧問として派遣されている時です(26日到着、これでイ スラエルは唯一占領していた自治区ジェニンから撤退)。これは、ハマス幹部暗殺への報復で、ここには典型的な「報復の報復」という典型的な悪循環を見るこ とが出来ます。

今年6月13日の停戦発効以後の主なものだけを拾ってみても、「エルサレムでの自爆テロと、イスラエル軍の自治区侵攻(8 月9日)→パレスチナ側のイスラエル軍陣地奇襲と、イスラエルによるパレスチナ解放人民戦線(PFLP)議長暗殺(8月25日)→PFLPによるイスラエ ル観光相暗殺(10月17日)と自治区侵攻(死者20人以上)→パレスチナ警察によるイスラム聖戦幹部逮捕(11月14日)→イスラエルのハマス幹部ら3 人暗殺(11月23日)→イスラム聖戦によるイスラエル北部ハデラの路線バス自爆テロ(死者3人、11月29日)→イスラエルのジェニン再侵攻と、ハマス によるエルサレム繁華街の自爆テロ(12月1日)・北部ハイファでの路線バス自爆テロ(2日)」という事になります。

PFLP議長暗殺の 報復がイスラエル観光相暗殺、イスラム聖戦幹部逮捕の報復がハデラでの自爆テロ、ハマス幹部暗殺の報復が今回の自爆テロであり、それぞれに対してイスラエ ルも報復を行っています。これこそ、血で血を洗う報復の悪循環に他なりません。イスラエルが今回また大規模な報復を行なえば、またそれは将来のパレスチナ 側の報復を呼ぶ事でしょう。

ここには、私が反対してきた報復戦争の縮図があります。構造的に、イスラエルがパレスチナを占領しており、入 植活動を続けているからこそ、パレスチナ過激派は絶望して自爆テロに走っているのです。これに対して、イスラエル側は、自治政府に過激派の取締りと攻撃停 止だけを一方的に求めており、――パウエル長官がこれらの問題も指摘したのに対して――シャロン首相は、攻撃停止だけに限定する事を主張しています。しか し、この構造的要因を解消しない限り、完全な攻撃停止は不可能なのです。

だからと言って、前述のように、自治政府が過激派を保護している として、穏健派である自治政府自体を攻撃してしまったら、和平の崩壊と戦争の再開あるのみです。イスラエル観光相暗殺時にシャロン首相はアメリカの対テロ 戦争の論理を主張し、そして今回はブッシュ大統領までもが、その論理を匂わせました。1週間の間に犯人逮捕と支援組織壊滅を要求するというのは、ちょうど 同時多発テロ事件後にタリバーン政権に対してビンラディン氏引渡しとアルカイーダ壊滅を要求したのと全く同じでしょう。

それ故、自治政府 がこれらの要求を満たせなければ、タリバーンの場合と同じように、自治政府やアラファト議長自体に対して、イスラエルが「報復」攻撃を行なう可能性がある のです。こうして戦争に突入すれば、ここに起こるのは、いわば「パレスチナのアフガン化」であり、アフガニスタン戦争と同型の論理として、「パレスチナ戦 争」が起こる事になってしまいます。

他方、この報復の泥仕合は、アメリカの用いている報復の論理の行き着く先を端的に示しているのです。 アメリカ国内の炭疽菌問題やニューヨークの飛行機墜落は、どうもイスラーム過激派のテロではないらしいとされていますが、必ずしも原因が確定したわけでは ありません。そして、仮にカンダハルなども陥落して、ビンラディン氏も死に、アフガニスタン戦争が終結したとしても、アメリカは今後、果てしないテロの恐 怖に脅かされる事になるでしょう。アルカイーダの構成員は、ラディン氏を護衛する1000人を除くと既に多くが国外に脱出したという情報もありますし、そ の他にもイスラーム過激派は数多いからです。

アメリカで(反戦の)言論弾圧や大統領権限の強化、根拠の薄い拘束などの人権侵害が起きてい ます。つまり、アメリカは「テロとの戦い」の名の下に、既に兵営国家化_始めているわけです。そして、この最先端の例がイスラエルに他なりません。イスラ エルは取り締まりの厳しさで有名ですし、そしていつパレスチナ側のテロが起こるかわかりません。同様に、アメリカも国内の取締りが強化され、自由は抑圧さ れ、しかもテロの脅威に脅えて暮らす事にならざるを得ません。

これは、いわば「アメリカのイスラエル化」と言う事が出来るでしょう。考え てみれば、イスラエルの過激派暗殺は、紛れもない「国家テロ」でしょう。論説第2部で批判したように、アメリカはアフガニスタン攻撃によって、やはり「国 家テロ」への道を踏み出してしまいました。「テロ」と「国家テロ」との応酬という点に於いて、アメリカはイスラエルと同じ道を歩んでいると言わざるを得な いのです。

そして、アメリカが「テロ支援」とか「大量破壊兵器の所持」というだけで、ある国家を攻撃するようになるならば、前述したよう に、アメリカに反対する国家は、いつ「国家テロ」を受ける事になるかわかりません。つまり、イスラエルに攻撃されるパレスチナのような状態が、論理的には 世界中の諸国家に広がる事になってしまいます。いわば「世界のパレスチナ化」です。

これまでは、パレスチナの悲惨な状態は、特に日本では ごく僅かの注意しか引きませんでした。それが可能だったのは、この報復の応酬が、パレスチナという一地域に限定されていたからでしょう。しかし、世界がパ レスチナ化してしまう危険が生じれば、パレスチナ問題は最早人事ではなくなる事でしょう。

繰り返しておきましょう。パレスチナに戦乱が起 こる時こそ、世界戦争の危機が訪れる時です。かつての中東戦争は、いずれもパレスチナ問題が関連しています。それ故、この戦乱だけはどうしても回避されな ければなりません。そのために是非必要なのは、報復の応酬という復讐の論理から逃れる事です。アメリカがイスラエル化の危機に見舞われているのは、この報 復の論理を採用してしまったからです。一時的にアフガニスタン北部で「戦勝」しても、この論理に基づく攻撃は、結局は復讐を呼び、イスラエルと同型の論理 が、同じ帰結をもたらす事になるのです。

6.民の生命――原理主義の相克を超えて
ここで改めて一連の時論の不変の主題に立ち戻っておきましょう。改めて、問いを立ててみます。果たして、空爆開始以後に、何人の無辜の民が死んだのか。あるいは、戦士も含めて、この戦争では、一体既に何人が死んだのか。

正確な数字は誰も知りません。タリバーンが北部で抵抗を続けていた時には、タリバーン側や、アフガン・イスラム放送が犠牲者数を報告していましたが、その 数字さえなくなってしまいました。私達が知ることができるのは、テレビなどに映る死体の姿だけです。前述のカライジャンギ捕虜収容所でのタリバーン兵の反 乱では数百人が亡くなったと報道されています。「皆殺し」です。アムネスティー・インターナショナルや国連査察官が調査を要求するのも、無理はありませ ん。

この事件では、アメリカが公式に認めた初めてのアメリカ側死者が出ました。しかし、戦士も含めれば、既にアフガニスタン側では、数千人が死んでいるのではないでしょうか。あるいは、もう一万人を超えているかもしれません。この死者の比!

そして、アフガニスタン側の死者は、もう米国同時多発テロ事件の犠牲者数を超えているでしょう。民間人に絞れば、どうでしょうか。私には、わかりません。しかし、南部の攻撃を激化させ、イラクまで攻撃してしまえば、これを超えてしまう事は、火を見るよりも明らかです。

タリバーンの撤退は、前述した戦術的失敗の結果かもしれませんが、それでも、北部の空襲は止みましたし、そのお陰で、人道的援助も再開できるようです。こ れは、手放しで喜べる事です。もし、あのままタリバーンの抵抗が北部でも持続していれば、この冬に何百万(?)の餓死者などが出るだろう、と援助機関等か ら警告が発せられていたからです。アメリカは、その危険を無視して空爆を続ける姿勢でしたから、タリバーンの撤退だけが、人々の命を救う道でした。もっと も、南部の民に同様の危険が生まれているのではないか、と私は危惧しています。

タリバーンの撤退や、その兵士の犠牲は、哀れには思いま すが、それは自業自得という面もないではありません。バーミヤンの大仏の破壊に見られるように、やはりその原理主義は、硬直的に過ぎて時代遅れであり、非 寛容・非現実的という問題点を否定することはできないからです。アメリカの爆撃には反対ですが、思想的にタリバーンを擁護することはできません。その撤退 によって、人々の命が大量に助かるならば、それ自体は止む無しとされなければならないでしょう。

しかし、それを爆撃するアメリカの現政 権も、また、――論説第1部で書いたように――世界資本主義的公共哲学に立脚する以上、また「市場原理主義」とでも言うべきものであり、別の原理主義と言 わざるを得ません。一見、現代的な装いをしていますが、これも、精神の硬直性という点では原理主義的であり、今回の戦いは「(イスラーム)原理主義と(市 場)原理主義との戦い」ということができるのです。

実際、アフガン南部への地上戦力の展開や、イラク攻撃の可能性を示唆した時、ラムズ フェルド国防長官やブッシュ大統領の顔付きは、ただならぬものに思えました。ある人の表現では、「(最近のラムズフェルド長官は)死神のような顔である」 ということになりますが、正しく身の毛のよだつような鬼気迫る表情です。これと比較すると、実際に死が旦夕に迫っているかもしれないラディン氏や、オマル 師の表情の方が、死を覚悟しているせいか、遥かに落ち着いていて、澄んでいるようにすら思えるのです。

純粋に精神的次元で考えた場合、 アメリカ指導部とタリバーン指導部と比較して、どちらが高い精神性を持っているかというと、アメリカの側にそう簡単に軍配が上がるとは思えません。また、 これほどアメリカに好意的なメディアなのに、「タリバーン側が捕虜を残虐に扱ったとか、虐殺した」という報道は、殆どありません。柳田大元氏を始め、タリ バーンに拘束されていた西洋側のメディア関係者は、殆ど解放されたり脱出しています。それどころか、「拘束されて暫くすると、タリバーン兵はいい人達であ る事がわかった」などというコメントが、しばしば聞かれ、誰もタリバーン側の非道さを訴えてはいません。アメリカの爆撃により敗走する最中なのに、殺そう としなかったのには、感心しました。

これに対して、メディア関係者が死んだのは、北部解放後の混乱下であり、殺人者は特定されていませ ん。無政府状態・無秩序状態に陥り、ゲリラなどの武装集団による略奪や強姦が頻発していると報道されています。また、マザリシャリフを始め、タリバーン兵 の大量の死も、ささやかながら報道されています。BBCでは、カブール陥落の際の映像を流しており、そこにはタリバーン兵士の遺体が映っていました。ま た、学校に隠れていた無抵抗のタリバーン少年兵が、100人以上も虐殺されたという報道もありました。非人道性という点では、その典型的な例が、前述のタ リバーン反乱兵の虐殺です。これらは、一種の「ホロコースト(大虐殺)」ではないでしょうか。勿論、その下手人が北部同盟であることは、明らかでしょう。 かつてカブールを制圧した際に、非道を行い、人心の離反を招いた北部同盟です。

こう考えると、タリバーン=アルカイーダと北部同盟=ア メリカと、どちらが非道な殺人鬼なのか、よくわからなくなってきます。「テロ」集団・アルカイーダを擁護していたからタリバーンは攻撃されているのです が、タリバーンだけを取って考えると、厳格な規則(による処刑)や女性抑圧はあっても、悪辣非道という非難は、聞いたことがないからです。逆に、残虐な北 部同盟を支援して空爆を行なうアメリカは、アフガン人から見ると、悪辣非道に見えるのではないでしょうか。

今は、11月27日以来、ド イツのボンで4派の代表が集まって、アフガン代表者会議を開き、タリバーン後の政権構成を協議しています。しかし、北部同盟のラバニ元大統領は、そこで決 着を付けることに反対していますし、パシュトゥン人の代表は僅かです。イタリアで優雅に暮らしていた元国王ザヒル・シャーの支持派(ローマ・グループ、パ シュトゥン族)を始め、その多くは、内戦下のアフガンを離れて亡命生活をしていた人たちです。そのような勢力の樹立する政権は、傀儡政権と見られるのでは ないでしょうか。南ベトナム政権や、かつてのアフガニスタン戦争に於ける(ソ連の支援した)カルマル政権のように。

実際、4派の1つキプ ロス・グループ(ハザラ族)の中心であるヘクマティアル元首相(イスラム党)は、アメリカの攻撃に反対しており、タリバーンと連帯して反米抗戦するとして おり、代表者会議には招待されませんでした。そして、アメリカは傀儡政権を樹立しようとしている、と批判しています。また、北部同盟がパシュトゥン族を取 り込むためにNo.2としていた人(   )は、途中で帰国してしまいました。このような状態で、国民の信を得られるでしょうか。私は、懐疑的です。

それ故、タリバーンのイスラム原理主義が大きな痛手を蒙るのは止むを得ないとしても、一方のアメリカの市場原理主義が、全面的に勝利するかどうかは疑問です。タリバーン側が大打撃を受けた今、問題は、アメリカがこのままで完勝する事ができるかどうかでしょう。

私は、そのようなことは起こらない事に賭けます。ちょうどソ連の共産主義が崩壊した後にも、アメリカの資本主義的自由主義が完勝したと論じた人が大勢いま した。私は、それも信じませんでした。共産主義は、思想的・理論的にも組織的にも誤まっていたから、その必然的な結果として崩壊したのであり、だからと 言って、資本主義的自由主義が正しいという証明にはならない。資本主義的自由主義に、思想的な問題があるのなら、その問題はやがて浮上して、それに変容を 迫るだろう。そう考えたからです。

タリバーン政権が崩壊したのは、タリバーンにも思想的問題があるので、止むを得ない部分もあるでしょ う。しかし、だからと言って、アメリカの問題性が免責されるわけではありません。タリバーン政権の崩壊後に――従って、これからーーアメリカの問題が浮上 し、その世界帝国主義に変容を迫るでしょう。

パレスチナ国家の承認への変化は、その第1歩です。しかし、さらに、為すべき事は、山のよ うにあります。サウジアラビアからの米軍撤退、イラク制裁の解除、そして何よりも世界的な環境問題と貧困問題の解決です。これらは、いずれもアメリカの帝 国主義的権益と抵触しますから、痛手を蒙らない限り、アメリカが真剣に取り組む事は難しいでしょう。

今は、アメリカに、熟考の機会が与 えられました。ここで鉾を収めれば、名誉の撤退をすることが出来るでしょう。しかし、「戦勝」に酔って、深追いすれば、ベトナム戦争のような泥沼化が待ち うけ、敗戦の憂き目を見ることになるかもしれません。名誉の撤退と、世界の構造改革にアメリカは取り組む事が出来るでしょうか。

漸く拙論の執筆も再開できそうです。第八部では、この世界の構造改革を主題として論じたいと思っています。

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