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小林正弥「平和憲法の灯火の輝き:その存在が証明された日」(08年4月19日)

Posted: on 3:21 pm | 平和問題

4月17日に名古屋高裁で、イラクで航空自衛隊が多国籍軍を空輸していること
について画期的な違憲判決が出た。

それによれば、イラク、特にバグダッドは、イラク特措法が自衛隊の活動を認め
ていない戦闘地域に該当する。空自の多国籍軍武装兵員の空輸は他国の武力行使
と一体化しているとみなされるから、戦闘地域における武力行使ということにな
る。だから、これはイラク特措法に違反し、さらには憲法9条1項に違反する活動
を含んでいる。

平和的生存権の侵害までは認めなかったが、これに具体的権利性を認めている点
でもこの判決は画期的である。

9条をめぐる違憲判決は、1959年の砂川事件1審、73年の長沼ナイキ訴訟1審以
来の3度目であり、実に35年ぶりで高裁としては初めてである。しかも、結論は
原告敗訴なので勝訴した国側は最高裁に上告できず、これで判決が確定する。

 メディアで、喜ぶ原告の様子が報じられ、天木直人元駐レバノン大使や「自衛
隊イラク派兵差止訴訟の会」の池住義憲代表、弁護団の川口創事務局長の言葉や
姿が伝えられた。これを見て、私も目頭が熱くなり、深く喜ぶとともに、しばし
感慨に耽った。私自身はこの訴訟に直接関わっているわけではないけれども、そ
の志を共有する者としてエールを送り連帯してきたからだ。

 2003年元旦に結成された地球平和公共ネットワークにとって、天木大使が辞任
されてからすぐに行われた、「日本外交と『反テロ』世界戦争――前レバノン大
使・天木氏を迎えて-――」シンポジウム(東京大学駒場、2003年11月2日)への
協力は、その初期の重要なイベントだった。天木氏にはその後も、私たちのシン
ポジウムにパネリストとして参加していただいた。

そして、初めての独自の具体的な平和アクションとして主催したものが、イラク
派兵訴訟説明会「イラク派兵差止め訴訟を参加・応援し、憲法9条を守ろう!―
―“おかしい事をおかしい”と国に言う池住義憲さんを迎えて-――」(2004年3
月21日)だった。今でも、旧HPに残っている。
http://global-peace-public-network.hp.infoseek.co.jp/index-j.html
(以下に付しておきます)

 天木氏も加わられたこの愛知の集団訴訟に、関東からも原告として加わる人を
募るべく、この説明会を開催したのだった。私自身は、「決定的違憲」という概
念を用いてくれた山梨の市民グループ(「派兵は決定的違憲」市民訴訟の会・山
梨)の違憲訴訟に原告として加わり、違憲訴訟の「同時多発」的な全国的展開を
願った。

 もともとこれらの訴訟で勝訴するとは思っていなかったから、山梨をはじめ各
地の訴訟で敗訴しても失望することはなかった。逆に、今回の違憲判決は大きな
嬉しい驚きである。私は「決定的違憲」という概念で、「裁判所はこと自衛隊イ
ラク派兵には統治行為論を使わずに違憲判決を下すべきだ」と主張したが、名古
屋高裁はまさにそうしたのだった。

 審理を担当した青山邦夫裁判長は、この判決の直前の今年3月に依願退官をさ
れ、後任の裁判長が判決を代読したという。その背景にある青山氏の思いの真剣
さは想像するに難くない。この判決には、一人の人間の生が凝縮している。天木
元大使の辞職もそうであったように。

天木氏らと平和憲法を救うために熱く語り合ったこともある。その後、天木氏は
国政選挙に2度出馬したものの当選はできず、これまでの道のりは決して平坦な
ものではなかった。判決は、明らかに天木氏を意識して、「(訴訟に込められた
)切実な思いには平和憲法下の日本国民として共感すべき部分が多く含まれてお
り、政治的敗者の個人的な憤慨、不快感、挫折感にすぎないなどと評価されるべ
きものではない」とまで述べている。「外務省を辞めて5年間、すべてがこの判
決で報われた」という天木氏の判決後の言葉(東京新聞、16日)には万感が込め
られていよう。

 天木氏も出馬された昨年の参院選で自民党が敗北するまで、平和憲法の生命は
空前の灯火であるように見えた。もし自民党が勝利していたら、今頃は安倍内閣
は改憲に向かって突き進んでいたに違いない。そのような状況であったならば、
果たしてこの判決がありえたかどうか。

 幸い、選挙の敗北によって安倍内閣はやがて崩壊し、平和憲法を一気に放棄し
ようとする動きは中断を余儀なくされた。そこで、平和憲法の灯火はかろうじて
保たれた。それでも、その理念とあまりにもかけ離れた現実が展開しているので
、その実際の機能を疑う人は少なくない。ところが、今回の判決によって、平和
憲法の存在とその意義が証明された。一度は消えかかった灯火が、突然、明るく
燃え上がったのである。

 折しも、チベットの弾圧問題で問題が生じているオリンピック聖火リレーに関
して、18日には長野県の善光寺が「チベットでの無差別殺人や、仏教者への弾圧
は憂慮される」という点も理由の一つとして挙げて、長野の聖火リレーの出発地
を返上した。これも、仏教徒としての国際的連帯に基づいて、権力の抑圧に明快
な意思表示をした点で、快挙であろう。平和憲法の灯火が輝いた翌日に、聖火の
灯火に関して理念に基づく決意が示された。

長期間にわたって尽力してこられた原告の方々に加えて、裁判官や僧侶の決断は
、この国にまだ気骨のある人びとが残っていることを感じさせてくれた。政治的
状況には様々な紆余曲折があるが、全体として見るとき、断末魔に見えた平和憲
法は一歩一歩生命を吹き返しつつあるように思える。 

司法がまだ生きていること、そして平和憲法がまだ生きていることを示したこの
判決によって、この裁判を戦い支援した全ての人びとの思いと生き様が日本政治
上に確かな意味を持ち、刻印された。これは、平和憲法史の金字塔となるだろう

 原告の方々の奮闘に感謝し、その実質的な勝利を祝福してその努力を讃えると
ともに、これが平和憲法の最後の輝きとならずに、この灯火がさらに明るく輝い
ていくように祈りたい。そしてこれが日本の平和だけではなく、地球的な平和を
も実現する一里塚となることを祈る。

                             2008年4月19日 

                              小林正弥

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