時論「戦争と平和――アフガニスタン、中東、そして日本」 小林正弥(千葉大学)
金曜日, 12月 7th, 2001
時論「戦争と平和――アフガニスタン、中東、そして日本」
1.対テロ戦争の世界的拡大という戦慄の恐怖――アフガニスタン戦争から中東戦争へ
戦況は大きく変化し、マザ―リ・シャリ―フ(11月11日)・カブール陥落(13日)・クンドゥス投降(25日)などにより、北部同盟が北部を占拠し、 ベール(ブルカ)を脱いで喜ぶ女性達の映像が流れています。ボンでは、現在、政権構成の協議が4派で行なわれており、皇太子妃の出産で湧く日本では、あた かも戦争は――南部で抵抗するタリバーンの残党を除けば――終わったかのようです。アメリカでは、「最も偉大な国の力」を自賛する声が、あちこちで聞かれ ます。
しかし、私の心は晴れません。アフガン国内は、北部といえども無政府状態で、マザリ・シャリーフ近郊でのタリバーン投降兵の反乱 と全員射殺という(アムネスティー・インターナショナルなどが調査を要求した)残酷な事件や、メディア関係者の死などが報じられています。そして、何より も、南部では、まだカンダハル周辺で抵抗を続けるタリバーン軍に対し、アメリカの爆撃が最大規模で激しく続いています。
報道量が減ってい るだけで、一般市民の死も勿論続いています。クエッタの病院には、連日民間人の犠牲者が運び込まれているようです(11月27日、朝日)。また、東部の ジャララバード近辺では、ビンラディン氏らが潜伏していると見て、連日集中的に爆撃を続けており、この文章の執筆中にも、2つの村で住民50人が死亡した と伝えられました(12月1日)。
アメリカは、遂に本格的な地上作戦を開始してしまいました。「迅速な自由作戦」と命名したそうです。カ ンダハル近郊の空港を制圧して前線基地を作り、特殊部隊約400人だけではなく、海兵隊約1000人まで投入して、計1500人で、カンダハルを死守しよ うとするタリバーンとの地上戦に突入しようという構えを見せています。
それどころか、ブッシュ大統領は、26日に、宿敵・イラクと、テロ組織の存在する諸国へと対テロ戦争の拡大を示唆しました。湾岸戦争が繰り返される危機、いわば第2次湾岸戦争が起こる危険が現実化してきました。
さ らに、イスラエルで、エルサレム繁華街(1日)・北部のハイファの路線バス(2日)で連続自爆テロが起こり、計27人死亡、200人以上が負傷という恐る べき衝撃的なニュースが飛び込んできました。昨年来の衝突の中で最大級の事件で、アメリカが特使を派遣して進めていた停戦仲介はこのため崩壊寸前となり、 パレスチナ自治区では全域に非常事態宣言が出されました。イスラエルは、既に同等以上の報復を宣言しています。
ブッシュ大統領は「正当化 できない殺人行為」と非難し、訪米中のシャロン首相と予定を繰り上げて会談し、シャロン首相はすぐ帰国しました。今回は、アメリカは自制を公式にはイスラ エルに求めず、ただ7日間の猶予期間を自治政府に与えるように求めました。この間に自治政府が、犯人の逮捕や支援組織の壊滅をしなければ、あたかも報復を 容認するかの如き態度です。
ブッシュ大統領が「正義をもたらす」というアフガニスタンについては聞きなれた句を使ったのが、非常に気にな ります。前観光省暗殺時にイスラエル首相が主張したような、対テロ戦争の論理を、ブッシュ大統領が用いているように見えるからです。その時には、アメリカ は――自分自身はアフガニスタンに対して用いた――対テロ戦争の論理に反対して、イスラエルに自制を求めました。そして「パレスチナ国家」案への支持を表 明して、和平の仲介を試みていました。これは、戦争開始後の、最も賛成出来るアメリカの外交的変化でした。然るに、自治政府がテロに責任があるとしてしま えば、自治政府は和平の当事者からテロ擁護政府という事になってしまい、議長や自治政府は、オマル師やタリバーンと同列の存在と見做す事になりかねませ ん。
こうなれば、むしろ自治政府自体が攻撃の対象となってしまいます。現に、イスラエル内部では、最早アラファト議長には期待できないと して、議長や自治政府をも攻撃の対象とするべきである、という議論がなされています。既にハマスら強硬派は攻撃の対象としており、今回の自爆テロは、ハマ ス幹部ら3人の暗殺(11月23日)の報復です。この攻撃をを自治政府にまで拡大してしまえば、後に残るのは、アフガニスタン同様の戦争しかないでしょ う。北部アフガニスタンで戦火が収まった途端に、パレスチナで戦争が始るわけです。これこそ、私の恐れていた事態に他なりません。
時評 で、「米、地上作戦開始」と「イスラエル軍のベツレヘム侵攻」という記事が並んだ日(10月20日)の衝撃を述べましたが、ここ数日に、この双方が共に拡 大された形で再現されているわけです。10月の段階では、地上作戦といっても特殊部隊に限定されていましたが、今回は海兵隊です。ベツレヘムなどパレスチ ナ自治区に侵攻した戦車は、その後アメリカの圧力で撤退しましたが、今度もこのようになる保証はありません。最悪の場合は、和平が破綻し、戦争がパレスチ ナで始まる危険も無視できません。
つまり、現在は、始まってしまった「アフガニスタン戦争」が、――ブッシュ大統領の意思により――イラ クとの「第2次湾岸戦争」に、あるいは「世界対テロ戦争」に、そして――アメリカの意向さえ超えて――「パレスチナ戦争」へと拡大する危険を迎えている訳 です。第2次湾岸戦争とパレスチナ戦争が同時に始まってしまえば、これは「中東戦争」全体になりまねません。「第 次中東戦争」ということになるでしょう か。こうなってしまえば、「文明の衝突」ないし「文明間戦争」へと発展してしまう危険が現実化してきます。これは、戦慄の恐怖としか言いようがないでしょ う。この状態で、どうしてお祝い気分になれましょうか。
もし、このようになってしまえば、いわばアメリカの言う「対テロ戦争」は、アフガ ニスタンで終わるのはなく、むしろアフガニスタンは第1戦線であり、これに、イラクやパレスチナという第2・3戦線が続いていく事になります。これは、 「世界戦争」に他ならないでしょう。以下では、これらの危険を順に見ていく事にしましょう。
2.アフガン戦線:戦局転換における既視感――タリバーン「敗走」と湾岸戦争の「勝利」
振り返って見れば、現在のように、アメリカ軍が圧勝し、戦っていた反米側がたわいもなく敗れ去ったように見えたことが、かつてもありました。そう、湾岸戦 争におけるイラクの「敗北」です。その時、父ブッシュ大統領は、勝ち誇って勝利宣言をし、「新世界秩序」の到来を力説したのでした。あの時、皆様は、それ を信じ、そこに希望を託したでしょうか。
私は、信じませんでした。当初は、「独裁者」のフセイン政権も、アメリカの力により終止符が打 たれるように見えましたが、結局は生き残り、先に政権を去ったのは、ブッシュ大統領の方でした。そして、(湾岸戦争後にアメリカ軍が「聖地」・サウジアラ ビアに駐留を継続している事に憤った)イスラーム過激派が、9月11日に同時多発テロを起こし、全世界は、湾岸戦争の深刻な帰結に漸く気付いたのでした。 湾岸戦争でアメリカは、本当に勝ったのでしょうか?
ブッシュ親子は、そしてアメリカは「勝利」を信じたいのでしょう。ですから、その 帰結として生じた今回の事件でも、タリバーン政権を打倒し、アルカイーダを始めとして、テロ組織を根絶する「戦争」に勝利して、その「勝利」を不動のもの としたいのでしょう。しかし、歴史は、そのように展開するでしょうか。私には、むしろ、現在のアメリカの歓喜は、10年前の勝利宣言と重なって見えるので す。湾岸戦争の
時と同じように、いずれアメリカは、その帰結に直面せざるを得なくなると思えるのです。
以前、次のような点について、これらをアメリカが犯すと、アメリカにとっても危険だと警告しました(公共民9 時評など)。
①本格的地上戦突入
②イラクなどアフガニスタン以外の国への攻撃
③パレスチナ問題の発火
④無辜の民の犠牲者数
心情倫理からすれば、そもそもアメリカの攻撃は首肯し難いものです。結果倫理からすると、極めて限定的な攻撃の場合は別にして、大量報復攻撃は、アメリカ にとってすら危険な帰結を招くが故に、愚かなのです(拙論第2部参照)。そして、この4点を犯せば犯すほど、それは大量報復の発想に近づき、従って結果倫 理からみても誤りです。
空爆開始後4週間に及ぶ、タリバーンの予想外の抵抗によって、アメリカのメディアにおいてすら、一時、ベトナム戦 争のような泥沼化が懸念されました(時評?参照)。戦局が好転したので、一転して楽観論が圧倒的になっていますが、アメリカの友として、敢えてこの時点で 上の警告を再度繰り返したいと思うのです。
3.地上戦の罠――ベトナム戦争化の危険は未だ去らず
空爆に限定している限り、――倫 理的には非道であっても――アメリカ軍に大量の死者が出て、敗北することはありえません。逆に言えば、当初北部でもタリバーンが抵抗をした点については、 戦術的には疑問の余地があります。一方的に空爆を受けていれば、戦力の消耗が激しいのは、理の当然だからです。4週間の間持ちこたえたのを見て「一寸の虫 にも五分の魂」という言葉を思い出しましたが、――戦前の日本と同様に――精神力にも限界があるというものでしょう。タリバーン側の撤退は、人的・物理的 損害のために、軍事的に北部の拠点を支えきれなくなったことを意味します。
従って、戦術的後退とか民間人の犠牲を避けるための撤退とい う、タリバーン側の説明を鵜呑みにする事は出来ないでしょう。しかし、問題は、この先にあります。軍事的撤退の結果、戦勝気分に酔ってアメリカ側が地上に 降りれば、アメリカ軍にも生命の危険が生じるからです。もしタリバーンが現在の難局を軍事的に凌ぐ事が出来れば、地上戦の可能性が生まれ、逆にタリバーン 側にも勝機が生まれてきます。つまり、タリバーン側が主張しているように、結果として「戦術的後退」をしたことになるのです。
純戦術的 に考えれば、タリバーン側は、初めからゲリラ戦を中心にした方がよかったかもしれません。現に、このような判断が指導部にあるから、マザリシャリフ陥落直 [...]


