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稲垣久和「温暖化問題と公共信託論」

Posted: on 3:18 pm | 環境問題

稲垣久和(東京基督教大学)「温暖化問題と公共信託論」
(1月25日 北海道新聞 夕刊 文化欄に掲載)

今年、七月に、洞爺湖で地球温暖化をテーマにG8サミットが開かれる。昨年末に福田首相は中国を訪問した。中国はアメリカに次いだ温室効果ガスの多量排出国である。

温室ガスの削減は、現代人のライフスタイルを変えないでは無理である。人間に一番難しいのは、ライフスタイルを変えることではない。ライフスタイルを変えるための「思想」を変えることの方である。思想を変えないでライフスタイルを変えた気になっても、また元に戻るだけであろう。思想が変わったときに、ライフスタイルもまた変わる。だが、現代人がその思想を変えることはきわめて困難なのだ。

温暖化問題に対処するということは、近現代文明を牽引してきた思想を変えることだから、まず出来ない相談だと考えてよい。近現代文明は人間の「欲望を解放する」ことが善であった。しかし今や「欲望を絶つ」ことが善だと言われているのである。欲望を絶つことができるのは「聖人」だけだろう。

しかし、生身の人間が、「聖人」になるのは不可能ではないのか。では、温暖化問題に対処するにはどうすればよいのだ。国家権力の力によって、強制的に「聖人」にさせられるということであろうか。これはブラックユーモアに近い。

一人ひとりが「聖人」になるとは、欲望をコントロールできる大人になれということだろう。このことは、実は、それほど突飛な考え方ではない。というのは、憲法前文にある「そもそも国政は、国民の厳粛な信託による」の部分の英訳は「Government is a sacred trust of the people」となっているからだ。ここで「sacred trust」とは「聖なる信託」という意味だからである。六十歳を過ぎた日本国憲法は、われわれ一人ひとりが欲望をコントロールできる「大人」になることを期待しているのである。東アジアの戦後史は、「五十にして天命を知る」(論語)の境地に入ったのだろう。互いの愛国心を抑え、国境問題でいがみ合うよりも、歴史認識を共有しつつ和解(和諧)を目ざせ、と。

「信託」も重要である。筆者は公共信託論という発想で環境倫理を見直したい、と考えている。現憲法にある「信託」の考え方を、国境を越えた「新たな公共」へと全人類的に拡大するとともに、それぞれの地域やNGO、NPOなど環境保全や生活のニーズに応じて、中間集団の持つ「領域主権論」を基本に据える。公共信託論によるサービスの担い手は「市民」であり、「行政」であり、「企業」である。立憲主義を尊重しつつ、しかし国民主権という抽象性に安住することなく、生活領域に委託された主権性を活かせ、という主張である。領域主権論は、何よりも、生活者がさまざまな領域で生じるニーズを大切にし、一人ひとりの内面の自我を磨き上げて、良心に基づいた実践を促していく。

市民一人ひとりの自立した磨かれた自我は、国境を越えて「他者」を配慮でき、徳性を備え、自分と異なる考えを持つ者に寛容な人格でありたい(これが「聖人」になるという意味である)。あくまでも市民の自発性と自治を重んじ、「よき社会」を作るために各領域がサポートし合い、国家はこれを補完する。

もともと日本の伝統は、古代から、このような多様な「他者」を受け入れ、共存させてきた多元的で、重層的な社会であったはずだ。古代の仏教、儒教、道教の受容から始まり、キリシタン、啓蒙主義、近代の新宗教、戦後のさまざまなイデオロギーの受容等々。もし、日本のアイデンテイテイーを確立したいのであれば、このような多元的な思想が共存できる、いや古くから共存させてきた、日本人の寛容な互助の精神に見出すべきではないか。

ちょうど半世紀前の一九五八年、敗戦後の指導的知識人・南原繁は戦時中に書いた「国家と宗教」の版を改めた。その「改版の序」の冒頭に次のように記した。「或る時代または或る国民が、いかなる神を神とし、何を神性と考えるかということは、その時代の文化や国民の運命を決定するものである」。続けて「真の神が発見されないかぎり、人間や民族ないし国家の神聖化は跡を絶たないであろう」と。国家ではなく国民の方が「聖人」になるべし、ということではないか。筆者が昨年末に上梓した「国家・個人・宗教-近現代日本の精神」(講談社現代新書)は、「国家と宗教」への今日的レスポンスを意図したつもりである。

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