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山脇直司著『経済の倫理学』をめぐって

Posted: on 10:25 pm | 書籍・雑誌情報(Books, Journals, Magazines), 論文・書評・所感など

山脇直司著『経済の倫理学』をめぐって

竹中英俊

手元に塩野谷祐一著『経済と倫理』(東京大学出版会、2002年4月)、金子勝著『経済の倫理』(新書館、2000年11月)がある。鈴村興太郎・後藤玲子著『アマルティア・セン 経済学と倫理学』(実教出版、2001/2002年)や後藤玲子著『正義の経済学』(東洋経済新報社、2002年6月)を含めると、経済と倫理をめぐって、日本人による日本語の著作が目白押しであることが分かる。邦訳の書物を含めるならば、もっと多くなるだろう。

そして、著者からの寄贈を受けて昨日読み終えた『経済の倫理学』がある。これは今年3月から刊行されている丸善の倫理学シリーズの一巻を構成するものとして書き下ろされたものである。読者対象としては、サラリーマンや学生など一般読者としているシリーズであるが、本書は、レベルを落とすことなく、現在の問題点を明確に示し、過去の知的遺産を手際よく示し、そしてこれからの新しい課題に果敢に挑戦しているものである。その意味で、一般読者のみならず、関連する分野の専門研究者にとってもぜひ読まれるべき本である。

現代の経済学においては経済を倫理的に捉えるという観点が消えてしまい、倫理なき経済の論理が一人歩きしている――これが著者の出発点である。しかし、過去を見るならば、古典古代以来のヨーロッパにおいても江戸期以降の日本においても、「経済の倫理的考察」は綿々と続いてきた。倫理と経済が別個に考察されるようになったのは、ヨーロッパにおいては、マーシャルを受け継いだ新古典派経済学以降であり、日本においても、戦後のマルクス経済学・近代経済学以降である。方法的には、科学主義ないし数学主義的な経済理解の浸透によって、経済活動(行為)や経済制度(組織)において重要な役割を担う規範の取り扱いが矮小化されたからである。

これらを踏まえ、著者は経済の倫理学の新しいパラダイムを打ち出す。それは、「義務・徳・財=善」という経済を捉える倫理の三つの観点であり、従来の公私二元論に代わる「公・公共・私」の相互作用的な三元論である。前者では、効率主義・効用主義・ベンサム主義と訣別し、経済倫理学を義務論・徳論・財=善論の観点から構築し、正義・基本的権利・責任・ケアという重要な倫理学的概念と関連付ける。後者では、「政府の公」「民の公共」「私的経済」という三元論を導入して、経済を捉える視点を鋭利にし豊かにし、さらにNPO・NGOの位相を明確化する。

そして、経済倫理学の学問横断的な役割を示すために、「進化する経済社会」の認識と倫理とのかかわりをめぐる争点、「好ましい経済秩序」をめぐる政治哲学・社会哲学的な争点、社会福祉・社会政策をめぐる倫理学的争点を取り上げる。最後に、「人間社会の活性化」のための倫理的思考のあり方、グローバル化時代における経済倫理学の役割と課題を提示する。

以上のように、本書は、現代的な関心のもとに過去の知的遺産を再構成し、新しい経済倫理学を構想し、さらに公共哲学につなげるという、壮大な構想をもって描かれている。個々の細部の議論については、専門的につめなければならない箇所があろうが、最も重要なことは、この著者の構想を参照して、読者自らの関心と問題意識がどこにあるかを洗い直し、そして、現代の閉塞状況を打破するために、人間社会のあり方を模索することであろう。この観点から本書を捉えるならば、本書は、豊かな鉱脈を掘り当てており、多くの示唆に富むものである。

HT 2002年10月20日(日)

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