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日韓公共哲学共同研究会所感

Posted: on 10:44 pm | 書籍・雑誌情報(Books, Journals, Magazines), 論文・書評・所感など

小林正弥(千葉大学)

私にとって、今回の会議は、初の韓国訪問であると同時に、初のアジアの国への旅であった。イギリスに海外研修に行った際に若干ヨーロッパ諸国を回っただけで、他に観光目的の海外旅行はしたことがないので、近年のアジア観光の盛行にもかかわらず、行く機会がなかったのである。それ故、今回の訪韓は、西欧諸国とは異なった趣きをもつアジア見聞の第一歩となり、非常に新鮮であった。と言っても、これまでアジア諸国や文化に関心をもたなかったわけではない。論文でも、「脱亜入欧」(福沢諭吉)の態度を批判しつつ、修辞的に「脱欧入亜」という逆説的表現を用いたこともあるし、アジアの文化、ことに宗教・哲学や、恩顧主義(クライエンテリズム、親分─子分関係)等の人間関係についても、若干調べたことがある。つまり、思想的ないし理論的にはアジアに関心を持ちながら、それは、現実的・経験的にはまだ直接の見聞をもたぬフロンティアだったのであり、貴重な体験をさせて頂いて、今回の会議には心より感謝している。僅か四泊五日の滞在ながら、従来は紙の上ないし映像としてのみ知っていた韓国に対して、帰国後には非常に親しみを感じるようになり、我ながら驚くほどである。
会議終了後の帰国日(23日)に、夕方の航空便だったので、半日観光して韓国文化の一端を垣間見ることができた(徳寿宮、曹渓寺、昌徳宮)が、何と言っても、今回の会議の密度と充実感が、素晴しい印象となって残っている。そもそも、山中に切り開かれたようなソウル大学自体の広大さに感嘆したし、会議や晩餐会の格式及びそこに参加された韓国側の方々の(しばしば日本思想史にも及ぶ)深い学識にも、驚くことが多かった。韓国に到着するまで、今回の会議の詳細については知らなかったので、率直に述べれば、これらは私の想像していた範囲を遥かに凌駕するものであった。
ここで、会議の内容に細かく立ち入る余裕はないので、総括的な印象を記しておこう。日韓の会議である以上、半ば必然的に歴史問題との関連が生じ、若干の波乱もあったものの、全体としてみれば、非常に友好的かつ建設的で有意義な会議だったと思う。ことに私自身にとっては、日韓の差よりも、公私問題に関連して日韓双方が共通して抱えている問題(意識)が浮かび上がった点が、非常に印象的であった。韓国側の各報告、ことに具範謨・李鐘殷氏のそれは、伝統思想と近代化・民主化過程との関連にふれており、日本政治理論とも共通性の多いものだったし、ケンブリッジで既に知己となっていた鄭允在氏の(茶山の「自作的」人間観についての)報告は、私に(近代政治思想における「作為」の重要性を強調した)丸山真男の荻生徂徠研究を連想させた。さらに、金弘宇氏の歯切れの良い韓国の(集団主義的文化に基づく)「輩政治=私事化」批判や「政治パン」(職業的政治屋による特異な政治)批判及び「疏通」による「実存的・民衆的公共性」活性化の提案は、私自身の(日本における)集団主義・恩顧主義・疑似政治批判や、交流による水平的公共性の実現という観点と、共通するところが多いように思われ、非常に共感した。私自身の報告にも若干の好反応が得られ、新しい知己を得られたのも喜びであった。
かくして、今回の会議を通じ、私は、かつて漠然と考えていた想像ないし夢が、急速に現実化しつつあるように感じた。それは、私がまだ研究を始めたばかりの頃(一九八六年)のことである。当時、韓国ははじめまだ全斗煥大統領の下にあり、やがて慮泰愚大統領の文民政権への移行が進行していく頃だったと記憶する。私は、恩顧主義研究の一環として、アジアの恩顧主義についても若干調べていたが、韓国のそれについては──軍事政権についてはあまた文献が存在するにもかかわらず──適切な邦語ないし英語文献があまり見つからず、それ以上の検討を断念せざるを得なかった。そこで、私は、「これは、韓国に(集団主義や派閥政治といった)日本と共通の問題が存在しないからではなく、軍事政権ないし開発独裁が当面の問題だからであり、民主化以後には、いずれ遠からず、戦後日本と似た問題が立ち現れ、その時にこそ、戦後日本政治理論と共通する視点から研究することが有効になるだろう」と漠然と想像したのである。(恩顧主義研究も含め)日本政治理論の蓄積は、いずれ韓国はじめアジア諸国の政治研究にも有用となり、(西欧諸国とは異なった文化的背景をもつ)アジア政治研究に有意なアジア(ないし非西欧的)政治理論が、そこから生まれて、アジアにおける知的・学問的・民衆的連帯へと寄与する──こういった夢想であった。
「地球的比較政治学」という私の展望(ヴィジョン)は、このような夢想に胚胎している。しかしながら、このような観念を結晶させた後、具体的なアジアないし韓国政治への興味はそれ以来あまり進展することがなく、夢想も半ば忘却の相の下にあった。それが、今回の会議によって、突然回想として甦ってきたのである。このプロジェクト(や溝口教授の提唱される「知の共同体」)が、今後いかに展開していくのか、私には知る由も無い。しかしながら、今回の会議が、上のような夢の実現への一里塚となり、アジアにも国家を越えた公共性が将来に実現することを祈りつつこの拙なき感想文を閉じたいと思う。
(『日韓で初めて語る公私問題ーー第8回公共哲学共同研究会(ソウル会議)--』将来世代国際財団発行、将来世代総合研究所編集、1999年5月9日、219-220頁)

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